05.ニオの回想
〜ニオ・クレマー〜
昔、僕の家とティナの家は隣同士にあった。
両家の親は仲が良く、同じ年で産まれた僕とティナは兄妹のように育てられた。
僕の親は共働きで、ティナの母親は専業主婦だった。
以前ティナの母親がチャイルドシッターをして働いていた経歴もあったことから、彼女にはよく預かってもらい面倒を見てもらっていた。
今ではその時期の記憶はほとんどないが、ティナの母は子供を楽しませながら家事や勉強を教えるのがとても上手だったようだ。
上流階級の子供と関わった経験があるのか、ちょっとしたマナーや立ち居振る舞いはゲーム感覚で教えてくれていた。
僕らはただの川遊びのつもりだったのが、気づけば洗濯を覚え、生き物の名を覚え、数を数えることができるようになっていたり、
誰かの誕生日やイベントのたびにカードを制作するので少しずつ字が書けるようになっていたり、
おやつや食事の支度を一緒にすることで、知らず知らず手順を覚えていたりもした。
そうやって幼いながらも身につけた知識や家事は、思いもよらぬ事態を迎えて役立つこととなる。
6歳の冬、ティナの両親であるフォスター夫妻が流行り病にかかり、町から外れた施設に隔離された。
ティナが感染していなかったのは不幸中の幸いだったが、引き取ってくれるような親戚はいなかった。
僕は、ティナの両親のことは勿論案じていたけれど、それよりもティナが心配で堪らなかった。
親が共働きで寂しいとき、必ず傍にいてくれたティナ。
おしゃべりで好奇心旺盛なティナ。
食べることが大好きなティナ。
それなのに、おやつを分けるときには迷わず大きい方を渡してくれる、優しいティナ。
そんなティナが、誰もいない暗い自宅の片隅で何も食べず、何も飲まず、やつれた姿でひたすら両親の無事を祈り続けていた。
咄嗟に僕は彼女の腕を掴んで家に走り、気づけば両親に直談判していた。
「おねがい、ティナをうちに住まわせてあげて!ティナのパパとママが治るまで!」
そうして僕はたどたどしい手つきでスープを作った。塩を入れ忘れていたので、今思えばかなり薄味な仕上がりだったのではないかと思うけれど、冷ましながらティナに一匙一匙すくって飲ませれば、「おいしい」と呟く小さな声が聞こえた。と同時に、無表情だった顔は歪んでいき、次から次へと彼女の目から涙が溢れてきた。
僕がオロオロしながらティナの背中をさすってあげていると、
「ニオ。あなた、いつの間にお料理できるようになったの?」
そう驚いた表情の母に聞かれて
「うんと、いつからかな。ずっと、ティナのママに教えてもらってたんだ」
と答えた僕を、母はティナとふたりまとめてギューッと抱きしめてくれた。
父は
「本当にお世話になっているもんな、フォスター夫妻には。しばらくうちにおいで」
と、ティナの頭を撫でた。
それから数日後、フォスター夫妻の訃報が届いた。
家にも慣れ、拙いながらも家事が出来たおかげもあるのか、両親はティナを本格的に引き取ることに決めてくれた。
お葬式の日、泣き叫ぶティナを支えながら
「僕がこの子を守っていこう」と誓った。
だからどんなに美青年と呼ばれる風貌に育っても、どんなに男らしい格好をしていても、僕にとってティナはいつまでも、“守るべき女の子”でしかないのだった。