49.ティムとサラ
私がティムとして最後の挨拶に選んだ衣装。
それは以前サラとした会話に起因したものだ。
「あっちではね。同じ年の子供が勉強しに毎日通う学校っていうのがあって、そのうちの『高校』に私は通ってるの。学力が合う中から制服で選んだんだ!パンツスタイルもスカートスタイルも人気なんだよー」
それからも『高校』の話は時々出てきた。
馬車の中で感情が爆発したときも、『高校』の不安を挙げていた。
『高校の制服』。
見知らぬそれを、絵が得意な侍女さんが、あちらの服装に単純に興味があるふりをして仔細に聞いてくれた。
聞き慣れぬ言葉はシーグル検索を使って教えてもらった。
「パンツスタイルはね、グレーのブレザーに金の二つ釦。ここにポケットがあって、金に黒地のエンブレム。中は薄手の白いシャツで、エンジ色ベースの黒ストライプが入ったタイ。ネクタイはさ、ちょっと緩んでたら萌えるんだよね!シャツの第一ボタン寛げたりしてると最高!!それから黒地に白い細いチェックのパンツ。ああそう、そんな感じ。本当に絵うまいよね、再現度すごいなぁ!」
全員と挨拶を終えるのを見計らって、サラの前に立った“ティム”を、サラは呆然と見つめた。
「なん、で?、うちの制服……」
「こんな感じであってた?よかった」
「待って?待って?頭どうにかなりそう」
パニックを起こしているサラを見つめて微笑む。
「サラ。オレが友達になろうって言ったときのこと、覚えてる?」
サラは言葉を発しないままコクコクと肯く。
「オレ、此処に来るのすごく不安で。サラがどんな人かもわからなくて、ここがどんなところかもわからなくて、ニオしか頼れる人がいなくて。
でもあの時に気づいたんだ。サラはもっと不安なんだって」
「オレにはニオがいたけど、サラには誰もいなかった。知らない場所に突然放り出されて、知らない大人に囲まれて、重い責務負わされたかと思えば、勝手に男充てがわれて。だから烏滸がましいとは思ったけど、オレだけでも味方になってあげたかった」
「……」
「偽善じゃなかったかな。オレはちゃんとサラの味方になってあげられてた?幸せをくれたサラに、少しでも幸せを返せたかな?」
「もちろんだよ……ティムがいなきゃ私は何も出来なかった。とっくにダメになってたよ」
「そっか、それならよかった。
サラはさ、すごく頑張り屋だよね。こんな訳わからない環境で、立派にやり遂げたんだ。求められた奇跡以上の奇跡を起こして。でもサラは、それは神様の力があったからだって思ってる?『私はただの人間』って言ってたよね」
「……うん、ティムを生き返らせることができたのも、国を復興させたのも、大勢の死者の魂を呼んだのも、全部モジャモジャの力だもん。シーグル検索だってそう。私はただ、ティムに全力で潤ってただけ」
「与えられた力をどう使うかも資質だよ。サラはその大部分を人のために使ってきた。
それに、神様の力が無いところでも頑張ってきたでしょ?備蓄倉庫の開放に政務もだし。オレには難しくてよくわからなかったけど、部屋に行くといつも、山ほど計算式の書いてある紙が積んであったの、あれ心配だったんだよ。ちゃんと寝てるのかなって。
それに覚えてない?オレとニオを護るための演説。即、対応策を練って企画して実行して、実際に皆を説得した。あんなの普通は出来ないよ?
『推し活』の行動力とかその普及力も凄まじいよね。サラの言葉には力がある」
「ティム」
「だから大丈夫。サラがサラである限り、何処でも何があっても乗り越えられるよ」
「ティム──……ッ」
「サラ。オレはこの数ヶ月、本当に幸せだった。オレを傍においてくれてありがとう。友達になってくれてありがとう。忘れてないよね?オレはずっと傍にいる。サラが今の“オレ”を作ったんだ。だから、」
そう言って私は『第二ボタン』を千切った。
トマさんから、前期の乙女様の記録で第二ボタンに纏わる話があると教えてもらった。それを聞いたとき、絶対に渡そうと思ったんだ。
「オレの心を持って行って。ティナはもう、ニオを縛るためにティムになる必要はないから。
『高校』に戻っても、オレがサラの傍にいるって感じてほしくてこの服を選んだんだ。
“ティム”の全てはサラのものだよ」
「ティム……、私ガチ恋勢じゃなかったはずなのに……!!ティムがイケメンすぎて、私もう一生リアル恋愛出来ない……ッ」
サラは泣き腫らした顔で第二ボタンを受け取ってくれた。すると創世神の計らいか、サラの服も『高校の制服』に変わった。
「へへ、同級生」
スカートを軽くつまんで持ち上げ、照れくさそうにはにかんだサラは、一度ギュッと私にしがみついてからパッと離れる。
「ありがとう。もう怖くない!じゃあ行くね!」
サラは広間の中央に立って叫んだ。
「創世神!!」
サラの身体が光り輝く。
「みんな、またね!」
全員の再会を望む声を浴びながら、今まで見た中で一番明るい、まるで太陽のような笑顔を残して、サラの姿は消えた。
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「さっきのサラ様、超絶可愛かったですね」
侍女さんが言った。
「そうだな、凄く晴れやかな表情してた。ナイス、ティム」
トマさんが私の肩を叩いた。
「なんか不思議な感覚なんだけど。私の中のティム、サラと本当に行っちゃったみたい。“ティム”、ちゃんと話せてた?」
隣に来たニオに確認すると、ニオは頷いて私に笑いかけた。
「あれだけティムとしてサラと一緒にいたんだ。そうなるのも当然だよ。ちゃんと“ティム”は、サラの心を救えたと思うよ。それにほら、見てみな?」
ニオの指し示す先には、ここに居る全員の、満面の笑顔があった。
「みんな、こんなに笑ってる」
和気藹々と話す彼らに、私とニオも混ざった。
3月30日には何をしよう?
私たちの心はもう前を向いている。
次回本編ラストです( ^ ^ )