35.贅沢
『私の幸せは、ティムが幸せでいてくれること』
サラはそう言った。
最近の暴走っぷりは目に余ることもあるけれど、彼女は私とニオを救ってくれた。助けてくれた。想いを通じ合わせてくれた。
大好きな友達であり、恩人だ。
もうすぐ、2本目の枝も満開になる。
「やっぱり帰っちゃうの?」
私が尋ねると、
「あのクソ神が1年に1回しか行き来出来ないって言うし、それならたまにこっちに遊びに来る方が自然でしょ」
と笑っていた。
それなら最後は思い出になるようなことがしたかった。いつもどおりでもきっとサラは喜んでくれるけれど、“サラとの思い出”が欲しかった。
「パーティーかな?」
夕食時。
私はニオに食堂で相談を持ちかけた。
「そうなると、きっと過程を経るうちに大規模になるから、サラとの思い出作りとしては微妙かも。上層部出てきてもややこしいし」
「確かに。あ、3人で外出とかは?」
「ああ。いいんじゃない?」
「だね、明日サラに話そ」
ふたりでどこに行こうか考えていると、トマさんが横を通りがかった。
「お、ティムにニオ。なんの話?」
トマさんと話すとニオが機嫌悪くなるんだよな……と警戒したけれど、意外にもニオは自分の隣の席を勧めた。
「サラ様を外出に誘おうと思ってるんですけど、どこかおすすめの場所あります?」
「んー、そうだな……馬車で行けるとこなら。そうだ、俺が御者してやろうか?」
「え、いいんですか?」
「枝ももうすぐ満開だろ?思い出作りにちょうどいいとこ思いついたし、連れてってやるよ」
任せろ、とトマさんは言ったあと、私達ふたりの頭を同時にワシワシと撫でた。
「サラ様がご帰還されたら、お前らも帰っちまうんだな。賑やかだったのに寂しくなるわ」
「「あ、」」
「そんな顔すんな。最後に一緒に楽しもうぜ。じゃあそろそろ行くわ、またな」
二カッと笑ってトマさんは立ち上がった。
あちこちに声を掛けながら歩くトマさんを見ながら、私はニオに尋ねる。
「トマさんも一緒で大丈夫なの?」
「嫉妬してただけだよ。トマさんイイ男だし」
「そっか」
「面倒見いいんだよな、あの人」
「うん」
「誰にでもそんな感じだ」
「うん」
トマさんが『黒髪黒目二番煎じクンたち』と「チャーっす」「ウィーっす」「ウェーイ」などと絡みながら去っていくのを、ニオと私は目を細めて見送った。
✽
翌日、私はサラの部屋に行った。
外出を伝えると、
「めちゃくちゃ楽しみ!」
と喜んでくれた。
「トマさんがオススメのところ連れてってくれるって」
「トマと?え、ニオ大丈夫??」
「大丈夫みたい。嫉妬してただけって笑ってたし」
そう言うと、
「自信ついたんだねぇ。誰かさんのおかげだ」
ニマッと笑って撫でられた。
そのまま黙って撫でられているそばからポコポコと咲く花を見る。
「スピード上がってるよねぇ、絶対」
「満たされてるんだよ。こんな贅沢に慣れちゃって、ちゃんとあっちに戻れるかなぁ」
サラの言葉を、不思議に思う。
「贅沢?そんなに贅沢してる?サラはあちこちの町村に乙女のための備蓄倉庫開放してたし、宝飾品買ったりとかもしないでしょ?
あ、オレとニオ用の『コスプレ衣装』揃えたり、劇とか小説作ったり、画家呼んだりみたいなのはしてるけど」
「それは潤うための必要経費だね。趣味にお金かけさせてもらってるから、それも贅沢のうちに入る。でも……」
サラは私の手を握った。
「ティムだよ。ティムが私の一番の贅沢。推しがこんなに傍にいる贅沢ってない。
“ティナ”、幸せをくれてありがとう」
挿し木を眺める。本当にもう最後だ。
「私も……、大好きなサラとニオに毎日会えてるの、物凄く贅沢。こちらこそ、本当にありがとう」
泣いてしまって、またナデナデされた。
泣き虫を治すという誓いはまったく守れなかったけれど、お父さんもお母さんも許してくれているといいな、と思った。