11.花が咲いた
『僕から離れるなよ』と言われても。な状況に私はあった。
サラ様が住んでいた場所は、チキューのニホンという国だそうだ。
そこの人々は殆どが黒髪黒目、ニオと同じ色ということで、懐かしさを憶えたサラ様は、ニオをよく傍に置かれるようになった。
それまでどちらかと言うときらびやかな男性を集めていたサイモン様も、サラ様が黒髪黒目を好まれると知り、追加で何名かの黒髪黒目の男を雇用したが、彼らは余りお気に召さなかったようだ。
ニオいわく、
『ティムは綺麗すぎて近づきがたいしチャラそう。遠目から見てる分には眼福なんだけどね。他の黒髪黒目の子たちはもう、普通にチャラい』
と仰られたとのことだ。
チャラそう、とは何だろう。
他の黒髪黒目群とニオの違いを見る限り、頭が悪そうに見えるということだろうか?
だとすれば心外だ。
用無しと追い出されるよりはマシなので、サラ様の遠目にあたる位置で、大人しく仕事をしていた。今日で7日目。
サラ様から遠目でこちらが見えるということは、私からもサラ様とニオの様子が見えるわけで。
ふたりで何か話しては軽く笑う姿が目に入るたび、ズキリと胸が痛んだ。
未だ奇跡は一つとして起こっていないことが、国にとっては不幸、私にとっては幸だった。
サラ様の心が潤っていないということはつまり、ニオとまだ心を通わせてはいないという証だからだ。
ふたりのことはひとまず気にするまいと一心不乱に掃き掃除をしていると、トマさんに声をかけられた。
「よ、ティム。元気にやってるか?」
「まあ、ボチボチ」
よほど不貞腐れた表情になっていたのだろう。
トマさんは面白そうに、私の頬をツンツンと突付いた。
「やさぐれてんなぁ。まあ馬車のときの様子じゃあ、まさかニオの方が気に入られるとは思ってなかったんだろ?」
「……サラ様に見る目があるってことですよ。アイツ、本当にいいヤツだし」
ふーん、とトマさんが私を見て目を細める。
「友達をそうやって褒められるお前も、外見だけじゃなくイイ男だと俺は思うぜ」
そうしてトマさんは、私の前髪についていたホコリを取ってくれた。
私は思わずしみじみと言った。
「トマさんもイイ男ですよねぇ。性格も、よく見ると顔も。ああそうか、だからここにいるのか!サイモン様のお付きだからってだけじゃなかったのか!」
合点がいって手を叩くと、トマさんは「止せよ、恥ずいじゃん!」と照れ笑いを浮かべ、私の頭をワシワシとかき混ぜるとそのまま去って行った。
大の男が照れてる姿をなんだか可愛く感じて、トマさんが去った方向をしばらく微笑ましく眺めていると、離れた場所から大歓声が聞こえた。
そちらを見遣ると、サラ様の隣で、お偉い様のひとりが挿し木の入った花瓶を掲げている。
「花が咲いた…?」
目を離した隙に、まさか。
頬を紅く染めながら花に触れるサラ様に、私は一抹の不安を覚えた。