10.「離れるなよ」
初日、サラ様と別れたあとは、トマさんによって宮殿を軽く案内され、部屋を割り振られた。
使用人用に大部屋をいずれは用意するつもりとのことだが、私たちは先駆け採用ということでベッドひとつがやっと入る程度の小さな部屋を、しばらくは個々に使ってほしいとすまなそうに頼まれた。
大部屋が出来てもこのままで良いと熱く語る私を、トマさんは変わったヤツだなと笑った。
雑用の仕事は、サラ様のプライベートエリア以外の掃除や、先に宮殿入りしているお坊っちゃま方の衣類の洗濯など、とのことだ。
食堂で夕食を摂りながら説明を受けて、解散となった。
部屋までニオと黙々と歩き、「じゃ、また明日」と手をあげて自室に入り扉を閉める直前、ニオが同じ部屋に滑り込んできた。
何しろ狭い、から、近い。
馬車でも近かったが、それとこれとは状況が違う。
「な、なに?」
動揺する私に、ニオは低い声で「座って」と促した。
叱られるんだろうな。
大人しくベッドに腰掛けた私の左隣りにニオも座り、ハーーッと大きな溜息を吐いたかと思うと、ベッドに上半身を投げ出して倒れ込んだ。
「つっかれたーーー」
そっちか。
ずっと畏まってたもんな、と今日のニオの様子を思い返した私は、「そうだね」と言いながら、右手を伸ばしてニオのバラけた前髪を直す。そのまま頭を撫でていると、ニオがこちら側に体勢を横向け、私の手首を掴んで上目遣いで睨んできた。
「ふたりのときティムって呼ぶの何か気持ち悪いから“お前”って呼ばせてもらうけど。……、殆どお前のせいだからな」
ニオは頑なに私を名前で呼ぶタイプの人間だったから、“お前”は“お前”でちょっと新鮮でキュンとするのだけれど、今はそんなことで喜んでいる場合ではない。
「ごめんなさい」
やはり叱られる方だった。
しゅんとして見せれば、いつものニオならこれ以上詰めては来ないけれど、この日は違った。
「謝ってほしいんじゃなくて。本当に何で来たの?早々に銃向けられるしさ……。
結果サラ様があんな感じだったし、個室貰えたから良かったけど。もしもサラ様がお前に一目惚れでもしてて、しかも積極的なタイプだったらどうするつもりだった?脱ぐよう命令されたら一発だよ?部屋も大部屋だったらどうしてたんだよ?」
「その時は胸に大きい傷があるから見せられないとでも言えばなんとか」
「そういう傷とかさ、男は逆に見たがるヤツもいるんだって」
呆れ顔のニオに、もう一度謝る。
「ごめん。でもさ、もし……サラ様が積極的なタイプだったらニオも誘われてたかもしれないよね。そしたら、行ってた?」
「……凄く嫌だったけど、ここ来るときは少し覚悟してたな」
ニオの左手が、私の手首から掌に移動した。
その指が少し震えていたから、私の掌で握りこむ。
「トマさんがさ、お前の横だと僕が霞むって言っただろ?」
「ウ、ン」
ドキッとして、相槌を打つ声がひっくり返った。
「災難だとか言われたけど、僕は逆に安心したんだ。霞んだ方がいいなって。でもそしたら、今度はお前がターゲットになるんじゃないかって気が気じゃなくて……。だから、よかった。サラ様が想像と違ってて」
「うん」
今度は素直に頷く。
手を一度強く握り返してきたニオは、いつもの笑顔を見せると、勢いをつけて身体を起こした。
「絶対隠し通して帰るんだ。僕から離れるなよ」