ガラスの靴
参考文献『ペロー童話集』
大臣がガラスの靴が履ける娘を捜している、というのは国中のうわさになった。
これを聞いたシンデレラの継母は、おおよその事情を見通すことができた。
意地悪な継母も魔法は使える。
この前の舞踏会に、豪華な馬車で輝くばかりの乙女が現れたこと、そして急に帰ってしまった理由が分かったのだ。
とうとうシンデレラの住む小さな村にまで大臣の一行が来ることになった。
これこそ、自分の本当の娘を王子の嫁にする願ってもないチャンスだ、と継母は考えた。
やがて大臣が継母の家に来た。
継母の本当の娘は靴が履けなかったが、最後にシンデレラが履くと、ピタリと足が入った。
「おお、ガラスの靴が入った。あなたこそ探していた人だ」
大臣は大喜びした。
そこへ、継母が口を出した。
「おそれながら大臣さま」
「なんじゃ?」
「その靴が履けた者は、王子様のお后になれる、ともっぱらの噂でございますが」
「そのとおりじゃ」
「この前の舞踏会には、えもいわれるきらびやかなドレスを着た、とても美しい娘が来ておりましたが、あの娘を探しておられるのでございますね」
「さようじゃ。国中を探して、やっと見つかったわ」
「しかし、おかしいとは思われませんですか」
「何がだな?」
「あの日、あの娘は、真っ白な四匹の馬に引かせた、宝石で光り輝く黄金の馬車に乗っておりました」
「さよう」
「あのような馬や馬車なら、すぐにでも見つかるはずでございましょう」
「それが見つからないのじゃよ」
大臣は困った顔をして続けた。
「あの馬や馬車は王侯貴族でしか持ちえないもの。すべての貴族に聞いてみたが誰も知らないのじゃ」
大臣は、シンデレラが履いているガラスの靴を指さした。
「手がかりは、そのガラスの靴しかない」
継母は得意気に言った。
「馬や馬車は見つかるはずがありません。あれは魔法で作ったものでございましょう」
「なんじゃと。魔法、とな」
「はい、おそらく、白い馬は白ネズミ。馬車はカボチャではないでしょうか。きれいなドレスも、もちろん魔法」
「それは重大な事じゃぞ。国内で魔法を使うのが許されているのは、王様に仕えて未来を占うマリーン殿だけ。他に魔法使いがいるとなると、これは大事じゃ。重大な犯罪だぞ」
継母は、薄笑いを浮かべた。
「このガラスの靴が合ったということは、シンデレラが、もしかしたら魔法使い……」
「ううむ……」
大臣はシンデレラを見た。
シンデレラは、薄汚れた粗末な洋服を身にまとい、何も言わずに俯いている。
大臣が言った。
「だが、このシンデレラを哀れと思い、どこかの魔法使いが、魔法で舞踏会へ行かせたのかもしれん。それなら、シンデレラには何の罪もない」
「いえ、シンデレラは魔法使いでございます。その証拠がそのガラスの靴」
「なぜじゃ」
「魔法で馬や馬車やドレスを作ったとしたら、ガラスの靴も魔法のはずでございますよね」
「そうであろうな」
「そのガラスの靴だけ、魔法が解けてないのが何よりの証拠」
「どういうことじゃ。よくわからんが」
「どこかの魔法使いが行った魔法なら、魔法が解ければ、馬はネズミに戻り、馬車はカボチャに戻るとき、ガラスの靴も、元の物に戻るはずでごさいます」
「なるほど」
「ガラスの靴は、そう、朽ちた楓の葉にでも戻るはずでございます。だが、シンデレラが魔法使いなら、ガラスの靴だけ魔法がかかったまま、にしておけます」
「どうしてガラスの靴だけ魔法を解かないのだ」
「恋心とは、じらされるほど燃え上がるもの。舞踏会で一目惚れさせた後、真夜中にいなくなれば、王子様は夢中になって探しますでしょう。その探す手がかりに、わざとガラスの靴を残したのでございます」
「ううむ」
大臣は腕組みをした。
考え込んでいるのだろう。
継母は、よしもう一押しだ、とシンデレラの方を向いた。
「さぁ、白状してしまえ。おまえ、本当は魔法使いなんだろう」
継母は、シンデレラの足から乱暴にガラスの靴をはぎ取ると、シンデレラの目の前に突きつけた。
「この靴は、おまえが魔法で……。あっ」
継母の手の中で、ガラスの靴は朽ちた楓の葉に変わってしまった。
大臣は、それを見ると、納得したようにうなずいた。
「ガラスの靴が楓の葉に変わるとは、どういうことかな」
継母を睨む。
「おまえの言うとおり、真夜中をすぎたとたん、脱ぎ捨てられたガラスの靴は楓の葉になってしまった。それで、魔法使いのマリーン殿に頼み、またガラスの靴にしてもらったのじゃ」
大臣は、皮肉な笑いを浮かべた。
「別な魔法使いが触ったら魔法が解けるような魔法をな。おまえ、魔法使いであろう」
大臣は、後ろにひかえている従者たちにいった。
「おい、こやつを引っ立てよ」
そして、大臣はシンデレラの前にひざまずいた。
「王子様がお待ちかねでございます」