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百合と夕顔

百合の花ことばは〈虚栄心〉 

夕顔の花言葉は〈はかない恋〉 

「ねぇ、おとうさん、夕顔の花の話をしてよ。約束したじゃない」

「なんだ、おまえ、まだ覚えていたのか」

「もちろん。私が高校生のとき、おとうさんが、夕顔の花を見て思い出し笑いをした。何なの、って聞いたら、おまえがお嫁に行くようになったら教えてあげるよ、と答えたわ」

「あのときは、女の直感の怖さを知ったね。かわいい娘も、やはり女だったんだ、と思ったもんだよ」

「来月は私の結婚式。もう、話してくれてもいいでしょ」

「そうだな。話してあげよう。だが、おかあさんには内緒だよ」

「いいわ」

「実は、おかあさんと結婚する前、恋人がいたんだ」

「まあ、初耳」

「ここに移って来る前、霞ヶ関で役所に勤めていた頃の事だよ」

「どんな人だったの」

「ずばり、美人。なんで女優にならなかったんだろう、と思うくらいの美形だった。花にたとえれば百合だったね」

「へぇ、おとうさんに、そんな人がいたんだ」

「ある議員の娘でね」

「結婚していたら、役所で出世して、そのうち政界へ進出……」

「そうなったかも知れないね。でも、その女性、顔が派手だが、振るまいも派手だった」

「おかあさんと逆ね」

「そろそろ正式に婚約をしたらどうか、という話が出た頃、夢を見た」

「その女性の夢?」

「そうだ。彼女が舞台に立っているんだ。スポットライトを浴びて、客席からは拍手喝采。それで、彼女、何をしたと思う?」

「分からない」

「お客様へのプレゼントです、と言うと、真っ赤な百合の花を客席に投げるんだ。何本も、何本も」

「……」

「スポットライトを浴びて、得意気で、きれいに咲いた花を、無造作に投げる……。何か、その女性を象徴していたね」

「おとうさんの気持ち、分かるわ」

「その夢で決心がついたね。その女性とは、つき合うのを止めたんだ。役所にも居づらくなって、東京を離れることにしたんだよ」

「そしてこの土地に来て、ここで、おかあさんに会ったんでしょう?」

「そう。おかあさんは、夕顔だった」

「また、夢を見たのね」

「今でもはっきりと覚えている。おかあさんと知り合って、ちょうど半年目。夢を見たんだよ」

「どんな夢? 聞きたいわ」

「二人でバスを待っているんだ。なかなかバスが来ない。退屈したおかあさんは草地の奥へ入っていく……。そして、あら、って声がした。どうしたんだろう、と近寄ってみると、花が一面に咲いている……」

「夕顔、ね」

「そうだ。おかあさんは、花にかこまれてうれしそうだった」

「おかあさんらしい」

「そのまま、花の中に寝て、目を閉じてしまった。全身で花を楽しんでいるんだな。幸せな表情が顔からあふれていたよ。おとうさんも、座った」

「すてきね」

「そこに、バスが来た。おかあさんは、目を閉じたまま、どうぞ、バスに乗って下さいな、わたしはここにいます、と言った」

「おとうさんも……」

「そうだ、バスに乗らなかった。そのとき、おかあさんと結婚しよう、って決心したんだよ。そして、おまえが生まれた……」

「おとうさん」

「ん?」

「ありがとう」

「夢のおかげだな――」

「あれ、なによ、その薄笑い」

「ま、いいじゃないか」

「おとうさん、まだ、何か隠しているわね」

「ううん……、実は……、いいかい、おかあさんには言うなよ」

「もちろん、内緒にしておくわ」

「夕顔の中で眼を閉じているおかあさんに近づいて、キスしちゃったんだ――」

「まぁ、すばらしい」

「この夢の話、今まで誰にも話したことはない。おとうさんが、おまえに送る結婚祝いだよ」

「うれしいわ。ね、もう一つ、教えて。ついでに」

「何だ?」

「夢の中じゃなくて、本当におかあさんと最初にキスしたのは、いつ、どこで?」

「そ、それは……、そ、そういうことは……、お、おかあさんに聞きなさい」




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