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一休とんち話

夜郎自大やろうじだい

  自分がいちばん偉いと思うこと

              出典 『史記』

 将軍足利義持は、板の間に控える若い僧侶を見ると何となく不快になった。

 ここは京都北小路室町。

 広大な邸宅にある謁見の間で、足利義持は、最近評判の若い僧侶を謁見しているのだ。

 高名な武将たちが並び、いちばん奥に足利義持がいる。

 一休という名の若い僧侶は、その満座の席の真ん中に座っている。

 型どおりに大人しく座っているのだが、その顔は神妙ではなかった。

「将軍、なにするものぞ」という覇気を隠していない。

 僧侶ならば、もう少し謙譲があってもいいのではないか、と足利義持は思ったのだ。

 だが、その感情を顔に出すことはない。

 さすがに、武家の棟梁、人の上に立つ人物なのであった。

 足利義持は静かに聞いた。

「そのほう、一休、とな?」

 一休は、わずかに頭を下げて肯定した。

 そのぞんざいな動作が、足利義持の心証を、また悪くした。

「当世、まれにみる学才の持ち主、と聞いておる」

「それほどではございません」

「ほう?」

「一心に修めれば学は身に付くもの。昨今の者たちは、修行が足りないだけです」

「そうか……。だが、学べば誰でも学が成就する、というものでもあるまい」

「それは、そうでしょうね」

「五山の老師の方々が、そのほうは衆に秀でた才がある、と申しておる」

「あえて、否定はいたしません」

「さりながら、人の話ほど不確実なものもない。わしは武人じゃ。この眼で見たことしか信を置かない」

「よいお心がけで」

「そのほうの才を見せて欲しい」

「されば、『碧巌録』の神髄につきまして講義を申し上げます」

「そういう難しいことは分からん」

「では、臨済禅の成り立ちから。そもそも……」

「あ、待て待て。禅の話では退屈じゃ。もそっと面白い事はないか。そちの才が分かればよいのじゃから」

「私の才覚をお見せするのは簡単ですが……、そうですね……」

 一休は、しばし考えた。

 自分の才知を見せるのは簡単だが、どうせなら、あっと驚くような演出をしたい。

 それを考えたのである。

 周囲を見回し、これでいこう、と思い付いた。

 一休は、将軍を指差した。

「あれを……」

 足利義持は驚いた。

 将軍を指差すとは、無礼にもほどがある。

 だが、よく見ると、一休の指は足利義持の後ろを指している。

 将軍足利義持の席の後ろには大きな衝立があった。

 衝立には虎の絵が描いてある。

 竹林を背景に、周囲を睥睨している虎なのだ。

 将軍の後ろを飾るにはふさわしい衝立だ。

 一休は、得意げに言った。

「あれを捕らえましょう」

「うん?」

 足利義持には、何の事か分からなかった。

「あの衝立の中の虎を捕らえてごらんに入れます」

「絵に描いた虎を? それは面白い」

 足利義持は笑顔になった。

「つきましては、虎を縛る縄を貸していただきとうございます」

「そうだな。おい……」

 足利義持は、部下に指示した。

 すぐに、丈夫な縄が運びこまれた。

 一休は、たすきがけをし、裾をはしょった。

 縄を両手に持ち、仁王立ちとなる。

「殿様。用意が出来ました」

「よし、では捕らえてみよ」

「それでは、虎を衝立から出して下さい」

「え?」

「絵に描いた虎を縛ることは出来ません。虎を衝立から出して下さい」

「だが、そちは、衝立の中の虎を捕らえる、と申したぞ」

「ですから、衝立の中から虎を出していただければ捕らえます。衝立の中のままでは出来ません」

「しかし……」

「衝立の中の虎を捕らえる、という言葉で、衝立から虎を出す、まで解釈されたのは、殿様の勝手」

「だが……」

「私の言葉には、虎を衝立から出す、はありませんでした」

「そ、それは、詭弁ではないか」

「違います。勝手に解釈された方が悪い」

「ううむ……」

「絵に描かれた虎を捕らえることなんて出来るはずはない、これは馬鹿でも分かること」

「馬鹿……」

「それなのに、捕らえるのか? どうやるのだろう? どうやって虎を絵から出すのだろう? と勝手に思いこんでしまった」

「思い込みか……」

「いかがですか、殿様?」

 一休は薄笑いを浮かべた。

「どうも納得がいかんのう」

「納得がいく、いかない、の問題ではありません。言葉の正しい理解です。これが、才覚というものですな」

「わ、分かった。では、一休よ、衝立から虎が出れば、その縄で捕らえるのだな」

「御意」

「念のため、もう一度確認しよう。虎が出れば、縄で捕らえるな?」

「殿様、くどいよ」

 足利義持は無言で頷いた。

 そして、両手で十字を切り、印を結ぶ。

 密呪を低く唱える。

 衝立が揺れた。

 虎の目が動く。

 咆哮が謁見の間にとどろいた。

 虎が衝立から出た。

 たちまち、その身体が二倍に膨れ上がった。

 巨大な虎は、足利義持を見ると、咽を鳴らして甘えた。

 足利義持は虎の顔を撫でてやる。

「この衝立は、韃靼だったんの魔道師から頂戴したもの」

 巨大な虎は一休を見つけた。

「身に危険が迫ったときだけ、虎を解き放つ約束であったのだが……」

 虎は、唸りながら一休へ近づいて行った。

「そのほうが縄で虎を捕らえると言い張るから、虎を出してやることにした。さ、捕らえてごらん」





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