将は泥濘に足を浸ける
首都を守る最終戦力に裏切られた議会に抵抗する力は残されていなかった。
数時間後には、ザキの軍は議事堂を制圧した。
しかし、既に主要議員たちの姿はなかった。
「それで良い。手筈通りに、な」
ザキは冷たい表情で手を振って、指示を出した。
敢えて首都の包囲に隙間を作り、そこを議員たちの脱出ルートに選ばせたのだ。
財産を持ち出す時間もなく、ほとんど身一つで逃げ出した議員らと、その家族が平原を越えて岩山に入ったとき、ザキが事前に配置していた伏兵の部隊に包囲された。
中央政府から過酷な徴税を受けていた藩軍や、政府の失策で職を失った者、貴族ずれ議員の親族に家族を殺された者、そういった深い恨みを持つ者ばかりで編成された部隊だった。
罠にはまった議員と僅かな手勢は全方位から徹底的な集中攻撃を受け、壊滅した。
ザキの作戦通り、ごく僅かな議員だけを捕虜とした。
「ま、戦後処理の手間を省いたというワケじゃ」
制圧した政府軍の指揮所で、ザキは作戦完了の報告を受けた。
その司令官として冷徹な一面に、サハジ副官は恐怖した。
「降伏も許さず……ですか」
「連中が今までやってきたことの因果応報じゃの。それに、この状況でわしらに投降せずにコッソリ逃げ出すような連中じゃ。真っ黒くろで、マトモに裁判してたら何年も拘留するハメになる。それこそ無駄というものじゃ」
実際、貴族化した中央議員らの門閥の処分は裁判だけでも膨大な時間がかかる。
まともに裁判をするとして、拘留、告発するための犯罪の捜査、証拠集め、弁護人の手配から始まり、全ての裁判が終わるまでに一体何年かかるだろうか。
民衆に政府の腐敗を示し、怒りの熱を保ったまま新政府を打ち立てるなら、分かり易い悪は早々に処刑するにこしたことはない。
時間をかければ民衆の怒りも関心も薄れ、裁判自体が政治的意味を失う。
「しかし、それでは無法ではないですか……」
「法とは統治のための建前でしかない。綺麗事だけで勝てるほど、戦は甘くないのじゃ」
誠実すぎるサハジの弁を、ザキは老獪さでいなした。
中央府占領後の戦後処理も、ザキの指示通りに進んだ。
貴族化していた議員たちの生き残りには、表向き温情をかけて流刑とした。
だが島流しの行先は、中央府に特に搾取されていた僻地の藩だった。
「財産は全て没収。身一つでの島流し。だが行く先の住民は全て中央議員らに怨みを持っておる。ま……どんな結果になるかは自明じゃの」
公にはザキの寛大な処置が宣伝され、実情は現地民に処刑を任せるという、残酷な采配だった。
ザキの執務室で事務補佐を行っていたサハジ副官は表情を曇らせた。
「先生……何もここまですることは!」
「我が弟子よ、心せよ。綺麗ごとだけで仕置はできぬ。根切りにせねば、民の怒りが薄れた二十年後、三十年後……連中の子孫はいつか再び国を蝕むじゃろう。家柄を盾に被害者面をして同情を集め、また議員になるかも知れぬ」
「可能性の問題では……ないですか!」
「その可能性を摘み、国家を安泰に導くのが政である。慈愛だけで国は統治できぬ。病の源は小さい内に、迅速に切り取るのじゃ」
ザキが酷薄な面をも露わにするのは、己の全てを教授したいという、弟子を思ってのことでもあった。
「サハジよ……。人間はな、家柄という分かり易い権威に弱いのじゃ。大衆は家柄に投票し、商人は家柄を信用の根拠として投資する。それを100年以上も続けた結果……ガンダルヴァ中央政府は腐敗した」
「人物や実績ではなく、家柄という情報を信じた結果が腐敗……。だから貴族化した議員たちを根切りにして、家柄を断った。先生はそう仰りたいのですか?」
「我がガンダルヴァの民に共和制は……早すぎたのかも知れんな」
ザキの言葉には、ガンダルヴァ人への諦めが滲んでいた。
サハジ副官は、納得し切れない感情を押し殺して黙り込んだ。
ザキは、彼が何を考えているかは察しがつく。
ガンダルヴァ人の精神が幼いというなら、政府が変わったところで急成長するわけでもない。
いずれ同じことの繰り返しになる。つまりザキがやったのは、新政府の足場を固めるだけの生贄の儀式で、根本的には無意味な殺戮ということになる。
では、どうすれば良いのか?
ザキとサハジ副官が議論して、なにかしらの答に到達できたとしても──それを無学なガンダルヴァの民に理解させる術などあるのか。
ガンダルヴァ人の半数は学校に行ったこともなければ、未だ文字すら読めないというのに。
(だから……戦などやりたくないのだ)
ザキは辟易していた。
戦えば戦うほど、人間同士の不理解と不寛容を思い知り、厭世の感は強まるばかりだった。
国を統治する勝者としての責任は──今後二年間、ザキを中央府に縛りつけることになる。




