庭師の恋
短編集で書いた同タイトル作に手を加えました。
お嬢様は旦那様の子では無いのだろう。輝く銀色の髪である旦那様と艶やかな金色の髪である奥方様の子のお嬢様は黒髪だった。瞳の色は奥方様と同じ青である。
それでも、母親に似たお嬢様は大変美しい少女だった。父親に似たのは髪の色のみなのだろう。
「お前が母に似ていれば」
旦那様はよくそう呟いている。その真意は分からない。ただ隠しきれていない感情がそこにあった。
苦々しく顔を歪める旦那様は複雑な思いを抱えた事だろう。しがない庭師である自分には旦那様の苦悩を解消する事は許されなかった。
如雨露に映った自分の黒髪は傷んでいる。理想的な美しい姿のお二人には遠く及ばない貧しい姿だ。
何故、こんな者を彼女は愛したのだろう。物珍しさだろうか。それとも、憐れみを感じたのか。自分には何一つ分からない。
何故、ここに居るのか。
「お嬢様、お戻り下さい」
「あら、どうして?」
「ここはお嬢様の居る場所ではありません」
自分の言葉にお嬢様は首を傾げた。奥方様ならばしない仕草だ。可憐なお嬢様には似合いであるのだが。幼さを感じる仕草をした・・・いや、実際にお嬢様はまだ幼い所が多いと感じる。周りに同じ年代の存在が居ないのが原因だろうか。それとも、他に理由があるのだろうか。
「そう・・・でも、貴方は居るわね」
庭師の分際でお母様の恋人になった貴方は、ね。
「ねぇ、お母様と結ばれた時はどんな気分だったのかしら?」
下々と同じようにパパと呼び掛けるお嬢様は笑顔だ。甘えるような声でこちらをめった刺しにする言葉を使う。何時から知っていたのだろうか。知られないように気を付けていた筈だった。それは自分だけではない。旦那様もそうだったのだ。
愕然とする自分にお嬢様は笑みを深める。それは先程とは違い、温かさを感じるものだった。
あぁ、似ている。
「ふふ・・・ねぇ、お父様はお母様を愛していらっしゃるのかしら」
旦那様は知らないだろう。お嬢様と奥方様の同じ所をきっと見た事が無い。それは温かく優しい目。奥方様が自分の整えた庭を見つめる目と同じ目でお嬢様は旦那様を見つめるのだ。
お嬢様、貴女は手を伸ばすだけで良いのです。それを伝える事は出来なかった。去年亡くなった奥方様にも、実の父親である自分にも無理なのだ。
「いつか、あの方があの子の気持ちに気付いたら教えて頂戴ね」
彼女は死の三日前に自分にそう言った。その言葉に頷くと彼女は嬉しそうに青白い顔を和らげたのだ。無理をして庭に出てきたらしい彼女を探したように見える侍女に連れられて最期の逢瀬は終わった。
冷たくなった彼女に会う事さえ許されない自分だったが、彼女の墓前には自分が整えた庭の花が供えられる。そして、今日は良い報告が出来るのだ。
あの日から庭の花が様変わりしたある日、旦那様とお嬢様は珍しく口論していた。間に入るなんて身分を弁えない行動は出来なかった。祈るだけだった。祈るしか許されない。
だが、祈りというのは思っていたよりも通じてくれるようだ。知られてはいけない、許されない秘め事ではあるものの、屋敷の人間は祝福していた。その祝福も密やかではあるが。
「あの子は幸せになるよ」
だって、君の娘だ。自分自身に正直過ぎる君にそっくりな忘れ形見。
「お母様、わたしね、お父様が大好き」
もうすぐ死ぬ運命のわたくしに恋しい人と同じ黒髪の娘が言う。あぁ、わたくしが信頼は出来ても愛する事が出来なかった夫を可愛い娘は真っ直ぐに愛してあげられるのだ。嬉しさのあまり、娘の髪を撫でる。
「そうなのね」
いつか、伝えてあげなきゃね。
大丈夫。
だって、あの人の娘だもの。わたくしの大好きな庭を生み出す時の真っ直ぐな目が恋しかった。その目とそっくりだわ。