遠山彼方 16歳
あーあ。また、つかまっちゃったなぁ。
早く跳びたいんだけどなぁ。
遠山彼方は一人、そんなことを考えた。
現在彼の周りには、新体操部の女子が、黄色い声で彼に話しかけている。彼は、それが恵まれているということに気づいていない。
誰もが虜になってしまうようなルックス。
どんなスポーツもこなしてしまう軽やかなボディ。
皆に慕われる輝かんばかりの笑顔。
親しみやすいフレンドリーな性格。
冷静に考えられる明晰な頭脳。
皆に憧れられる成績の持ち主。
彼は、いわゆる「完璧」なのだ。
そして、どんなことにも真っ直ぐに向き合う「努力家」でもあった。
「彼方せんぱ~い!あのっ、明日空いてますか?」
「誕生日いつですか!?」
「告白されたことありますか?」
「もらったチョコの個数って何個!?」
「あんたは、後輩としても完璧だよなぁー」
「先輩、今日もめっちゃかっこいいですっ!!」
彼の周りには、今日も色々な言葉が飛び交う。
僕、聖徳太子じゃないんだからさぁ。全部に答えるなんて無理だよ。
まあ、そんなことは言わないけど。
彼が体育館に来る理由はただ一つ。
トランポリンを跳ぶことだけのなのだ。
「彼方先輩、もう部活行っちゃうんですか?」
「まだ部活始まってないし、もうちょっとここに居てくださいよぉ」
そんなこと言われてもなぁ。
トランポリンが僕のこと呼んでくれてるのに、無視するなんてかわいそうでしょ?
早く跳んであげなきゃ。あの子の中にある欲求を、早く取り除いてあげなきゃ。
彼は、トランポリンを見るたびにそう思うのだった。
「ごめん、もう行くね!また明日!」
少し強引に話を終わらせ、彼はトランポリンに向かって一直線に駆け出した。
彼は、自分を見つめる視線があるのに気がついた。
あっ、波野だ。佐藤もいる。
あの二人、入部してから少ししか経ってないのに、ほんと仲いいよなぁ。
波野、ずっと僕のこと見てない?どうしたんだろ。
僕の顔になんか付いてる?いや、付いてないよな。
考え事してるのかな?ぼーっとしてるから、たぶんそうなんだろうな。
手、振ってあげよう。
そんなに真っ赤になってびっくりする!?
相当、ぼーっとしてたのバレたのが恥ずかしかったんだろうな。
それにしても、あの二人、結構跳ぶの上手いよね。
追い越されないように気をつけなきゃ。
そんなことを考えながら、彼方はトランポリンに上がった。
うん、やっぱりこの感触がないと生きていけないな。早く、早く跳んであげなきゃ。
彼は、何かに急かされるように基礎跳びを始めた。
楽しいなぁ。やっぱり、呼んでくれてたんだね。
僕、ずっとトランポリンに呼ばれてた気がするんだ。今、トランポリンを跳んでることが、運命だったような気がする。
遠い日の記憶。
たぶんあれは、生まれる前かな。
まだお母さんの体の中にも、入ってないとき。
青くて遠い空を捕まえたくて、お姉ちゃんと一緒に跳んでた。手が届いたと思ったのに、空はもっともっと高くて。
優しいそよ風にふかれながら、二人でコロコロ笑ってた。草むらのうえに寝転んで、空を見上げて思ったんだ。
いつか、空を捕まえてみたいなって。
だから、今こうして跳んでるのは、運命なんだよ。
今なら、空を捕まえられるかな。いや、現実を知っちゃったからなぁ。
でも、捕まえられそうなくらい、空って近いよね。トランポリンで跳んだらなおさら。
彼は、いきなり高難度な回転技を繰り出した。
体がフワッと宙に浮いた。視界が歪み、天井と床が反対になる。
でも、着地したら不思議なくらいに元どおり。
やっぱり、好きだなぁ、この感じ。
最初はすごく怖いけど、慣れてきたら何てことない。ただ、すごく奥深くて、面白い。
そう、トランポリンは奥深い。
どれだけ出しても中身がなくならないおもちゃ箱みたい。
そんなことを考えながら、彼は再び、宙を舞った。
「空を舞う」第二話を読んでくださり、本当にありがとうございます!
次話も、どうか何卒よろしくお願いします!




