夢の花
昔はこんな事あったんじゃないかな、と思って書きました。
暑かった昨日から、突然肌寒さを感じるほど気温を下げた秋の気候に舌打ちをして、布団に潜った。
中を探っても触れない肌に気づき、目を開く。
そこにいる筈の女は窓を開け、まだ薄暗い明け方の光を見ていた。
【夢の花】
通りで寒いと思いつつ起き上がると、脇に置いた煙管に手を伸ばす。
「おはようございます、相馬さん」
振り返った女は柔らかく笑い、乱れた豪奢な衣装を肩に掛け、昨日の情事を匂わせた。
肉欲を商売の道具にする場所では、女も道具として扱われている。
その美貌だけで花魁となった女の、雅な衣装とは程遠い実情の姿。
知りながらも、俺は金で一夜を手に入れていた。
目の前の女は儚げで、今にもそのまま窓から身を投げてしまいそうな危うさも感じる。
──想う男が他にいると、痛い程よくわかっていた。
火を付ける事なく煙管を置いた手で近づいた女を引き寄せ、また褥に沈ませると悲しみを帯びた瞳は、俺と交差するなりゆっくりと瞼を閉じた。
「重ねてでもいないと、生きていけねぇか?」
睦事の最中に必ず目を閉じる女に問うと、ゆっくりと瞳を上げた。
抑えた両腕は折れそうな程細い。
俺が通うようになって二年の間、女は変わらずここにいたが、情事の間視線を交わす事はついぞ無かった。
「重ねられるのは、嫌ですか?」
先程までとは掌を返すよう、皮肉げに笑う。
この女に、固定客のつかない理由だ。
俺を除いて。
「……別に構いやしねーが」
顎を掴むと、女の吐息を呑み込むよう口づける。
言葉を交わさぬ舌を絡めてから、紅の広がった唇を離した。
「俺は、お前を身請けしたよ」
女は驚いて目を見開く。
身請けとは、女を遊郭から金を積んで買い取ったという事だ。
一夜の相手などではなく、俺の所有物として。
「どう、して……」
絞り出した女の声が掠れている。
顎を掴んだまま寄せた顔に
「これからお前は俺だけに抱かれてりゃいい」
脅すよう唇の端を上げた。
暫く言葉を失った様子ではあったが、掴んだ腕から諦めたように力が抜ける。
「……何年も、こうして来ない男を待つ女の何がそうさせたんですか」
自嘲し吐き捨てた女に、また再び唇を寄せ
「…………そういう所だ」
呟いた。
花魁としては失格だとしても、女としては最高だろう?
ここまで一途に想われたなら、男冥利に尽きるってモンだ。
金でそれを手に入れようだなんて、馬鹿げた事だとわかってる。
愚かしい俺を笑うなら笑え。
目を閉じ別の男を想う女でも、俺はお前が欲しいのだから。
「相馬さん」
慣れた遊郭を離れる日、女は艶めいた唇を震わせ言った。
「女は恋しい相手でない方と、肌を合わせれば合わせる程、心はどんどん荒んでいくものなんですよ」
女はここに五年いたという。
その心は、どれだけ荒れ果てたのだろうか。
これから、先も……
「好きなだけ、重ねればいい」
女を抱きしめ、目を塞ぐ。
零れた涙を、見ることのないように。
俺も、流した本人ですらも。
手に入れた虚無感に、絶望を浮かべる位なら
せめて
重ねられる面影として触れさせてくれ
いつかその心に
花が咲く日までは…───
読んでいただきありがとうございます。
ごく短いものではございましたが、いかがでしたでしょうか。
何か感じていただければ幸いです。