■7.怯懦
隠れ家で、魔王アルセアは四つ折りにされた紙を広げる。
2階建ての大きな建物の間取図で、線は所々曲がっている。大工の図面には遠く及ばないが、細々と書き込みがあり、それぞれの部屋の配置や役割は余さず確認出来る。
ケレタが描いた、ガル商店の見取り図だった。
「……これなら、大丈夫だな」
「そうでしょう」
カロトはやや自慢げに言う。
「あいつ、昔から絵だけは得意で。煤を爪に付けちゃあ色々描いてました」
「……ここか」
通りに面した店舗部分と廊下1つ隔てたところに、小さな部屋があり、「金庫室」と注釈が付いている。
「裏口からは、遠回りですね」
「鍵の置き場も描かれている。誤差の範囲だ」
「なるほど、じゃあ誰も生かしとく必要もないんですね」
「火魔がどんなに早くても、夜の完全な『闇の帳』には気付けねえ。朝に灰になった死体と、空っぽの金庫室を見つけるだけだ」
「ふふっ、鬼のアイゼン形無しだ」
「あのガキは、庭に待たせておけよ。暗闇がりで見分けなんぞ付かねえからな」
「ええと」
「なんだ」
カロトは声を潜める。
「あの野郎、どうも面倒な事を言ってやがりまして。『保険』が必要かも知れません」
「ほぉ?」
魔王アルセアは、じぃっとカロトの目を見る。
「あいつは、『固い絆』で結ばれた、大事な弟分、じゃあなかったのか?」
「それは、その……あいつからは、そうってぐらいの意味でして」
カロトは、やや口ごもる。
無論――「固い絆」は、カロトの保身による誇張である。
こう言っておけば、ケレタとの窓口はカロトが独占出来る。カロトの手柄は大きくなり、少なくともクエスト開始まで自分が切り捨てられる事もなくなる。
だが今や、クエストは決行間近。
更に今回、王都の治安は安定しており、集められた手下は、最底辺の不良移民や、ならず者が大半だった。その中では、殺しに慣れたカロトは貴重な戦力であり、切られる可能性はまずない。
カロトは、そちらより、ケレタが裏切る可能性を恐れている。結果はどうあれ、自分も裏切り者と見なされるのは、避けたかった。
「あんな野郎、どうなっても構ぃやしません」
カロトは、人を信じられぬ男であった。
今回のクエスト終了まで、アルセアは自分を切れない。そう確信したカロトは、落ち着きを取り戻している。
「あいつは、さっさと背が伸びたせいで、あんな小綺麗なところでのんびり暮らしてやがる小狡い野郎だ。便所や娼館で腐り落ちたモノを見る度、腸が煮えくりかえるんでさぁ」
「ほう」
アルセアはやや驚いた顔をしていたが、やや俯いて唇を歪めた。
「そういうのはさぁ、早く言ってくれよ」
彼の唇からは、牙が覗いていた。
「そうしたら、今日、済ませられたのに」
「も、申し訳ありません、魔王様」
カロトは慌てて頭を下げる。
「買い出しに行け。向こうで落ち合う」
「明日までの分ですか」
「余らせて構わんが、酒は小瓶で人数分だけにしておけ。クズどもは酔えば喧嘩しやがる」
「買い出しついでに、隠れ家に集めておきますか」
「また指示する。急げ、闇の帳も使いすぎれば感づかれる」