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■5.王都外れにて

 イズォ市の最外層に当たる第3層を囲む外周城壁は、石垣が30kmほど、残りは河川と海が代替する。

 城壁の石垣は、低い部分では高さ2m程で、忌避魔法が刻まれていなければ家猫でも飛び越えられる。

 建設時、既に統一戦争は末期であり、外周城壁は戦争目的より、獣や小中規模の魔物の侵入を防ぐためのものだった。


 その外周城壁間近の林の中に、朽ちかけた木造の小屋がある。

 城壁の監視用詰め所として作られたものであるが、傀儡ゴーレムによる無人監視や、遠視術で充分と判断されて以降、その全てが空き家として放置されていた。

 そんな小屋に、やけに小柄な人影が近付く。

 垢じみたチュニックとズボン、バッグを1つぶら下げ、目深に帽子をかぶる。有り触れた下級市民の風体ながら、足運びに隙はない。

 小屋の扉に手をかけ開く。蝶番は僅かな音も立てず開いた。

 小屋は、がらんとして何も置かれておらず、調度品も生活用具もない。

 人影は重力呪文を確かめるように唱え、四角い床石の1つに手をかける。

 空箱を掴むかのように、軽々と石が持ち上がった。

 その下には、ぽっかり空いた縦穴があり、梯子が据え付けてある。

 3m足らずの深さで、手を伸ばす隙間もない、狭い縦穴だった。

 底まで下りた人影は、土の壁に向かい、真っ直ぐ踏み出す。

 土の壁に衝突する次の瞬間、急に周囲が明るくなる。

 土と見えたのは幻で、すり抜けた先には、広い地下室が広がっていた。

 地上の小屋の2倍ほどの空間で、壁は土のままだが押し固められ、土、木、光の魔法印が規則的に刻まれている。

 土と木が構造を支え、木と光が呼吸出来るよう空気を浄化し、光が照明と熱を生じさせる。簡易地下室から、本格的なダンジョンまで、様々な場面で使われる魔法だった。

 光に、顔がはっきり照らされる。

 茶色の髪、薄い髭と灰色の瞳、顔立ちはヒューマンの男だが、ハーフリングと見間違える程度に背が低く、手足のバランスは奇妙に歪んでいる。

 肌の色艶は良いが、所々色が斑になっていた。

 テーブルを囲み、何やら話している4名にちらと目を向けてから、彼は地下室の奥へ歩く。

 地下室の奥の壁沿いに、4畳ほどのスペースが衝立で区切られている。

「――戻りました、魔王様」

 彼は声をかける。声変わり前の少年のような声だった。

 声に反応するように側面の衝立が消え、奥が見えるようになる。

 衝立で区切られた「部屋」には、小さいテーブルとベッドがあり、男が独り、肘をついて座っていた。

「入れ」

 「魔王」と呼ばれたその男は、背が高く痩せ、肌は蝋のように白く滑らかで、瞳は金色の虹彩の中に、縦長の赤い瞳孔がある。

「白夜の魔王の件、間違いないようです」

 小柄な男は、一礼して報告する。

「どの部分だ、カロト」

「当日まで、やはり王都警察の所轄でした。これに火魔局が噛み付いて、捜査権を共同にしたのが0の刻」

「強制捜査の時間を過ぎている。後先逆じゃねえか」

「噂のアイゼンとかいう局長、えらく思い切りが良い野郎です」

「ふうん」

「ですから、素早くやれば逃げ切れるとか、そういう生半可な計画では――その」

 報告しながら、男は魔王の目を見て言葉を濁す。

「どうした続けろ、カロト」

「あ、はい。その……皆で、限界ギリギリまで急げば、何とか皆、逃げられるでしょう」

 男――カロトは愛想笑いを浮かべる。

「いや、逃げられねえだろ」

「は……」

 魔王は緩慢な動作でカロトを人差し指で呼ぶ。近付いたカロトの襟元を掴んで引き寄せ、耳に口を近づける。

「逃げる必要はねえんだ。俺とお前以外はな」

「へ、へへ。じゃ、残りの連中は、足止めって事で」

「それで考えたらどうだ」

 魔王は手を放す。

「今の計画で充分、です」

「よし」

 魔王はベッドから立ち上がり、カロトの肩に触れる。

「素早い組織は統制が取れている分、頭が1つに集まり過ぎる。アイゼンさえ出し抜けば、残りの局員は指示待ちで動けねえ。隙だらけよ」

「ごもっともです」

「カロト、お前は俺の魔王軍に入って半年、1番の古株だ。俺は、お前を1番あてにしている」

「勿体ないお言葉で」

「他の連中のほとんどが、言葉も怪しい、裏派遣屋も値引きする難ありのゴミ共だ。俺だから『恋人』にして使えるが、さもなきゃいるだけで害だ。ああいうのは、灼かれた方が世のため人の為だ。慈悲を気取る王や貴族がやれねえ事を、俺たちがやってるんだ、感謝して貰いたいぐらいだ」

「仰るとおりで」

 魔王は笑い、カロトも追従笑いする。

「――あのガキ、上手くやってるか」

「はい。そろそろ出来上がるそうで」

「店の仕事が忙しいか」

「いえ、俺が言えば無理も通すでしょう。何しろあいつとは、固い絆で結ばれてますんで」

「頼むぞ。本当なら、今日のクエストにしたかったところだ」

「今日は……白夜のせいで、警戒が厳重なのでは?」

「火魔の局長が鬼だろうが化物だろうが、寝ずに仕事は出来ねえ。ヤツが疲れてる時、他に目が向いてる時が狙い目だった」

「す、すみません……」

「あ? カロト、お前ぇ、白夜のクエスト、何か知ってたのか」

 魔王の目がギラリと光る。

「い、いえ」

「じゃあ知らなくて当たり前だ、機嫌取りで謝るな。弱みを見せれば付け込まれるだけだ」

「もっともな事で」

「知らなくても仕方ぁねえが、今後は任せた仕事は最大限早く終わらせろ。質が足りなけりゃあ、また指示する」

「はい」


 隠れ家から出たカロトは、来た時と色違いの服、形の違う帽子をかぶり、第2層の市民区画へ続く土の道を歩く。

 監視塔に挟まれた南西城門が見えて来る。

 城門の扉は開放されており、番兵は座ってちらりと視線を向けるだけだった。

 カロトは城門をくぐり、城壁通りを東に進む。幅広な通りで、壁沿いに行商人向けの竜宿が建ち並ぶ。

 竜留めには、竜はおらず、馬や雑馬が繋がれ、のんびりまぐさを食べている。扱いの難しい竜を使う行商人はほぼいないが、縁起をかついで竜の名を使うのが伝統的な習慣だった。

 駐車場には荷車が並び、中には人力用の魔力アシスト付きのものもある。

 カロトの横を、汚穢おわい屋がすれ違う。

 いわゆるトイレの汲み取り業者で、農業地区の重要な肥料供給源になるため、高額取引されている。

 汲み取ったものは蓋付きの桶に収められ、荷車で運ばれる。上級浄化魔法がかけた荷車は、一切の悪臭をもらさず、むしろ走り去った後は、甘い花の香りに満たされ、瘴気も浄化される。

 しばらく城壁通りを歩いた後、南門、すなわち火魔局本部が近付く。

 カロトは火魔局本部を避ける形で北に2ブロックほど進んでから、中央大通に出る。

 中央大通は、南に卸売り業者や加工場、北上して城方向へ向かうに連れ、小売りの商店が混じっていく。

 露天で焼き団子を買ったカロトは、食べ歩きながら、西の枝道に入る。

 裏通りを過ぎ、その裏手。西の2丁目通り。

 彼は串をくわえたまま、商家の裏口の扉を叩く。扉の支柱についたシンプルな表札には、「ガル商店 お客様は表へお回り下さい」とあった。

 呼び鈴はあるが、触れずに扉を指先で3回。立て続けに叩き、また3回。

 少しして、金属鍵が動く音と共に、ドアノブ部分に掘られた彫刻が、僅か魔法光を発した。

 ドア向こうにいたのは、背が高いが、痩せて顔色の悪い男――使用人のケレタ・ノ・ガルだった。

「兄貴」

「行くか、ケレタ」


「――らっしゃっせー、お好きな席へどうぞ」

 2人は少し離れた区画の居酒屋に入る。

 居酒屋は広めの店内で、正午を回り食事時とずれているためか、客は他に3組だけだった。

 物品も奴隷労力も充実している王都では、1日3食が習慣化している。このため、昼営業の飲食店は多く、夕食を日没後に採る者も多い。

 カロトは奥のテーブル席を選び、入り口ドアの見える向きに座る。

「ご注文は」

「長耳鼠の漬け焼きと、米酒の良いのを頼む。お前は?」

「僕は焦がし茶で」

「はい、お待ちを」

 ノームの女の店員が立ち去る。

「茶って、お前、休みだろう。好きなもの飲めよ」

 言いながら、カロトは銭入れのザルに銀貨を1枚入れる。

「酒は、後で咳が出るんだ」

「あんなしみったれた店にいるから、上級回復術も使って貰えねえんだよ」

「いや、でも……」

「――お待たせ」

 店員が料理と飲み物を置く。手慣れた調子でザルから銀貨を取り、釣り銭の白銅貨と銅貨を戻す。

「あ、らっしゃっせー」

 新たに入店してきたゴブリン男の接客のため、店員はそそくさと立ち去った。

「ま、そんな生活ともおさらばだ。まとまった金があれば、身体を治して、もっと実入りの良い仕事も出来る」

「うん……」

 カロトはつけ焼き肉の串焼きを食べる。

「やけに早いと思ったが、こりゃあ蒸してあるな」

「そうだね、柔らかくておいしい」

「……ならいいけどよ」

 暫し、2人は食べ、飲む。

「出来たな?」

「うん」

 ケレタは、周囲を見渡そうとする。

「おい。キョロキョロするな」

 ケレタ以外、誰にも聞こえない小声で、カロトが言う。

「警戒は俺がしている。お前は何も気にするな」

「う、うん」

 ケレタはポケットから4つ折の紙束を取り出し、銭入れのザルの陰を通してカロトに差し出す。カロトはそれを受け取り、指先で僅かに広げて覗くと、すぐにポケットにしまう。

「ええと」

「なんだ」

「お嬢様は、その」

「しつけえよ。うちの魔王は、本物の魔族で、正真正銘の本格派だ。頼まれたって殺さねえし犯させねえ。ただ、余ってるところから奪う。外からの悪い魔王を追い払い、貧しい者を助ける良い魔王だ。お前に渡す金だって、本来の正当な取り分ってヤツだろ」

「それにしちゃあ多いよ」

「バカ、ガキの頃から数えてみろ。俺たちの稼ぎから、あの野郎にどんだけ取られた」

「取ったのは親方で、うちの旦那じゃないよ」

「同じ事だ。お前の店にだって、煙突あるだろ」

「……そうだけど、でも、本当、お嬢様は、傷付けないで」

「……ちょっと、出るか」

 カロトはザルの釣り銭を掴み、席を立った。


「――っ! このっ、糞っ!」

 カロトは、ケレタを路地裏に連れ込むなり、平手で殴りつける。

「いつからお前は」

 倒れ込んだところに、馬乗りになって平手で殴り続ける。

「俺に意見出来るようになったっ!」

 ケレタは殴られるままで抵抗しない。息が荒く、顔も青ざめている。

「お前だけ抜け出した後!」

 ケレタの鼻から血が流れる。

「残った俺らがどれだけ、あの野郎から!」

「ごめん、ごめんよぅ……兄貴」

「お前は、黙って俺の言う事を聞いてりゃいい!」

「分かった、分かったよぉ……」

「いいか。上手く行けば血なんて一滴も流れねえ。だが、不安そうにしてりゃ、そこからバレる。お前がしょっ引かれ、口を割る。そうなりゃ、俺も魔王様もお縄だ。お前は恩を仇で返す事になるんだ」

 カロトは立ち上がり、ケレタの腰を蹴り飛ばす。

 平手で殴られたケレタの頬は、赤くなっているが、怪我として残る程の部分はない。慣れた殴り方だった。

「手荒な事をして悪かったな。だが、弱腰が一番危ねえんだ」

 がらりと口調を変えたカロトは、ハンカチ代わりのボロキレで、ケレタの鼻血を拭い、手を曳いて立たせる。

「お前が下手を踏んで、警察や、火魔なんぞに嗅ぎ付けられれば、俺たちは生き残るために目撃者を殺さなきゃならない場合だってある。気を引き締めてくれよ」

「うん」

「そんな顔するなよ。お前は一緒に煙突掃除をした、世界に独りの弟みたいなもんだろ」

 ケレタの表情が和らぐ。

「ちらと見ただけだが、丁寧な見取り図だ。流石だよ。後、もう1つやってくれるだけで、安全、確実、丁寧にクエストは終わるんだ。お前だから、頼める仕事だ。本当にお前と再会出来て、良かった」

「そうかい、えへへ……」

 涙目になりつつ、ケレタは微笑む。

「じゃ、俺は先に行く。同時に出ると、誰かの印象に残るかも知れねえ」

「うん。分かった」

「万一、アザが残ったら、魔法か化粧で隠しとけ」

「化粧なんか買えないよ」

「炭汚れでも付けときゃ、目立ちゃしねえよ」

 言い捨て、カロトは路地から出ていった。

 独り残されたケレタは、服の土埃を払ってから、小さく頷いた。


 ケレタは公共井戸で服に付いた鼻血を洗い、ガル商店へ戻る。

 通用口のドアノブに呪文を呟いて触れる。

 昼間用の簡易な施錠魔法が解除され、ドアが開く。

 裏庭に入ったケレタは、振り返り、今通ったドアを見る。

 木材をオリハルコンで加工したドアで、金属部分に呪文が刻まれている。壁と屋根に連続的に金魔法の呪文が繋がる事で、夜間は鋼の障壁にすっぽり覆われたのと変わらない強度になる。城壁ほどではないが、破る事は非常に困難で、この裏口が唯一の敷地の出入り口となる。

 裏庭を横切ったケレタは、勝手口から商家の中に入る。

「――おや、ケレタじゃないか」

 広いキッチンには、かまどと作業用のテーブルが置かれている。

 テーブルでは、ディアーネがナッツを砕いて中身を取り出していた。

「すみません、ディアーネお嬢様、やります」

「言ったろ。休みの日は休んでな」

「その……ありがとうございます。でも、ここにいる方が落ち着くんで」

「そうかい。じゃ、手伝い、頼むよ」

「はい」

「先にホコリ流して来な。そんな薄汚れたままじゃ、食中りしちまう」

「あ、はい」

「で……」

 洗面所に向かおうとするケレタの背に、ディアーネは声をかける。

「顔が腫れてるけど、誰に殴られたんだい」

 ケレタは口ごもる。

「無理には訊かないよ。あんたにはあんたなりのやり方があろうさ。ただ、早まるんじゃないよ。仕事ぶりが認められりゃ、あのケチオヤジも、上級浄化も受けさせてくれるだろうからね」

「はい」

「あんたは呑み込みも早いし、読み書きも計算もできる。胸さえ治りゃ、すぐ一人前に働けるようになるさ」

「……ありがとうございます」

「すまないね。オヤジが買っておいてさ」

「いえ、見かけ倒しな俺が悪いんです」

「ケレタ」

 ディアーネはケレタを睨む。

「悪くないのに謝るなって、言ってるだろ。心を歪めるよ」

「あ、はい、そうでした」

「っと、いけない。休みの時に小言もないもんだ。引き留めて悪かったね」

「いえ。ありがとうございます」

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