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■4.火魔局本部

 インスラは、中央通りを南下し、第3層へ続く南門へ辿り着く。

 開いた門の先の西側に軍港、東側に漁港が見える。その先の海は、朝日を乱反射した海面が輝いて見える。

 南門は、12mほどの東西の監視塔に挟まれる。東塔の下部は膨らんで、2階建ての建物とくっついている。

 建物の周囲は、小石の混じった漆喰塗りの白塀が囲み、入り口の門柱には「火竜・魔王捜査局 本部」の文字が小さく彫り込まれていた。

 インスラは、扉の前に立つ。

 認証魔法が反応し、引き戸が開いた。


 ――王都イズォ市には、警察機構は2つ存在する。

 1つは、王都内を警備する、近衛隊所属の「城内警邏隊」、通称「王都警察」。

 そしてもう1つは、王国軍所属の城壁警護隊下「火竜・魔王捜査局」。通称「火魔局」である。

 火魔局は、200年前の「統一戦争」末期、治安維持のため結成された。

 イズォ市は、統一戦争末期、勝利が濃厚となったイズォ連合王国が、王都とするために漁村を再設計した都市国家である。

 その際、人類社会に組み込まれながらも馴染めない魔族や、戦災で故郷を追われた人間も、安価な労働力として受け容れた。

 平和な時代の到来を信じ、王都の発展のため働いた者達もいたが、文化の違いや種族特性などから王都に馴染めず、居場所をなくす「はみ出し者」も少なくはなかった。


 はみ出し者達は、それぞれのコミュニティを作り、「魔王軍」を名乗り始めた。

 これは、力を持った構成員に魔族が多かった事、伝説的な魔族指導者が名乗った称号であった事などから、自他いずれもが自然に呼び始めたものである。

 当初は、構成員の生活を守る組織だったが、やがて犯罪に手を染める魔王軍も出始めた。

 組織化され、時に他の都市国家と跨がる犯罪や、反連合王国的行為を繰り返す魔王軍へ対抗する為、軍としての機動性を持つ、火竜・魔王捜査局が組織された。

 犯行前を含む自市民への軍事力行使について是非を問う議論もあったが多数派ではなく、連合国王も火魔局を支持した。

 火魔局が活動可能な魔王犯罪と、そうでない一般犯罪の間に、法的に差を設けた事も、受容された要因と言える。


 魔王犯罪とはすなわち、

・容疑者が、連合国王により魔王指定されている

・容疑者が、6名を超えて徒党を組んでいる

・2戸を超える、同一犯による放火

・正当な目的のない火竜、火蜥蜴サラマンダー火精霊イフリートの所持

 以上のうち、いずれかを満たす場合である。

 それ以外の犯罪の兆候を見つけたとしても、半日以内に警察に通報する事しか許されていない。


 大規模凶悪化した魔王軍も、本物の軍組織である火魔局には勝てず、治安は急速に回復していった。

 残った魔王軍は、はみ出し者の取りまとめという本来の存在に戻った。その後、合法と非合法を併せ呑みながら、マフィア組織として王都や近隣の都市国家に定着していったのである。それに応じて、火竜・魔王捜査局も、出動機会が減っていった。

 だが平和な時代の訪れと共に、寿命は伸び子供は減り、労働力不足から、近隣都市国家からの移民や奴隷の導入が奨励されるようになった。

 彼らは全てが王都市民として馴染んだ訳ではない。新たな「はみ出し者」となり、徒党を組む者も、また現れ始めた。

 近年に入り、治安は悪化の一途を辿り、「魔王」を名乗り、凶悪犯罪を繰り返す者も出始めた。

 このため、王都議会は、有名無実化していた火竜・魔王捜査局の増強を決定した。

 それが15年程前の話であり、再編に尽力したのが王国軍参謀本部副司令サウザ・ノース子爵であった。


 火魔局敷地内に入ると、すぐ先に入り口のドアがあり、両側に歩哨役の局員2名が立っている。彼らは、インスラを見て敬礼した。

 局員達のエンブレムの入った革鎧は、強制捜査時と同じもので、武器も使用可能な状態で携帯している。左の男が鋼の手甲鉤、右の女が小剣だった。

「アリイ、ウヌイ、ご苦労様」

「インスラ様こそ。強制捜査後、休まれていないのでしょう」

「遠話で指示頂ければ、何でも代わりましたのに」

「なに、良い剣魚がありましてね。あなた方も後でどうぞ」

 インスラは、焼き魚の包みと酒瓶を見せる。

「お気遣いありがとうございます」

「畏れ入ります」

 インスラは局内に入る。

 石積みの壁に、漆喰の壁だが、魔力強化されているため、隙間風はなく温かみもある。

 監視塔や城壁の大きさから比べると小さく見えるが、中はかなり広々としている。

 インスラは廊下を進み、仮眠室を覗く。中では、昨晩の強制捜査に参加した局員達のうち3名ほどが、眠っている。

 上り階段の前を通る。

「あ、副長、昨日はお疲れ様デス。出勤でしたか?」

 階段を下って来た妖精族の女の局員が敬礼する。道着姿で、小脇に入浴用具を抱えている。

「すぐ帰ります。今日は頼みますよ」

「ザンネン、型を見て貰えるかと思ったのに」

 喋りに大陸訛りがある。

「3日後なら勤務が合いますから、昼飯前に声かけて下さい」

「やった!」


 執務室の前を通り過ぎると、廊下は階段に突き当たる。

 下りだけの狭い階段で、かなり近くに寄るまで、存在に気付かない。

 暗い階段を降りきったインスラが鉄扉を開けると、弱々しい灯りと、血と香草が混じった匂いが漏れ出て来る。

 インスラは部屋に入る。

 鎖が吊され、様々な工具が並び、人を固定出来そうな台が置かれている。

 拷問部屋だった。


 ――王国法においても、連合国民の人権規程は存在しており、犯罪捜査の尋問時の傷害、脅迫、犯罪者死体の尊厳を傷付ける行為は禁じられている。

 だが、軍属である火魔局は、捜査権限が与えられた凶悪犯罪を、「外患に類する脅威」と解釈する。

 このため、取り扱い相当事件に関連する現行犯逮捕者に限り、「交戦時捕虜相当」として、拷問や、アンデッド化による死者尋問、死体解剖などの執行権を与えられている。

 これが、火魔局に高い機動力を与え、魔王の犯行を先回りし得る強みであり、政治的な立場を危うくする弱みでもある。

「副長、直帰なさらなかったのですか」

 部屋の傍らで、捩れ角の魔族が、鉛筆を動かす手を止める。

 口調に悪魔訛りと、教会イントネーションがあり、首からはホーリーシンボルのペンダントをかけている。

「延長勤務お疲れ様、ホルネ副局長補。ノース子爵から、直ちに王都警察に引き渡せ、との指示を頂きました」

 インスラは苦笑いを浮かべながら、指示を伝える。

「で、しょうな」

 ヘレ・ホルネ副局長補はノートを閉じて立ち上がり、口ひげを撫でる。

「首の斬り口は、あまり調べられたくはありませんな」

「子爵の命令は、決定事項です。たとえ、細切れで潰された練り肉になっていても、消し炭になっていても、混ざっていても、すっかり全部引き渡せ、との事です」

「そいつぁ、困りましたなぁ。こぼれたものも拾わないといけませんや」

 ホルネは、聖水樽に漬けてあった白夜の魔王の死体を引きずり出した。

 アイゼンが斬首した断面は滑らかで、「詠唱中に斬られた」なら当然付く筈の、魔力の暴発痕がない。

 ホルネは、白夜の魔王の身体と頭、それからもう2体ほど死体を重ねて、呪文を唱える。

 空気の膜が死体を包んだところに、インスラが自分のナイフを抜き、放り込む。

 激しい風圧が膜の中をかき回し始めた。それぞれがぶつかり、時にナイフのアダマンティンの刃と触れ、次第に肉体が粉砕されていく。

 フードプロセッサーにかけたかのように、数分経たないうちに、死体はバラバラになった。

「消し炭にはしましたかね」

「そこまでやっては、オーバーキルが過ぎるでしょう」

「ククク、ごもっとも」

 ホルネは、樽の聖水を開けて、ミンチになった死体を入れた後、新しい聖水をふりかけ、神性魔法で防腐処置を施した。

「では、王都警察に届けてきます」

「副長、そいつはにお任せを」

「帰るついでですよ」

「強制捜査にも参加して、寝ておらんのでしょう。まずは休んで下さい。副長をきちんと休ませろってのは、局長から言われとるんですよ」

「局長から、ですか」

「さあ、帰った帰った。寝不足で書類間違いなんかされたら、こちらが副局長補としての存在意義を問われます」

 「しっしっ」という感じに、ホルネは手を振ってみせる。

「分かった分かった。じゃあ、局長に伝言を1つお願いします」


 火魔局から退出したインスラは、真っ直ぐ貴族区画のアパートに帰って来た。

「――ただいま」

 カーテンの隙間から差し込む朝日は、かなり明るくなっている。

 貴族区画の土地は狭く、爵位最下級の男爵に過ぎないインスラが一軒家を持つ事は出来ない。

 設備はともかく間取りに限れば、選択の幅が広い市民階級の方が遙かに恵まれている。

 インスラはダイニングに入り、肖像画に手を合わせた後、アパート作り付けの冷蔵庫を開ける。

 冷蔵庫は、水魔法と神聖魔法の複合で、冷却と殺菌が行われているため、保存効率は高く冷やし過ぎる事がない。

 中から、作り置いたサラダと、魚の切り身を取り出す。

 それからインスラは、コンロの灰を落とし、残った成形炭に火魔法をかける。

 成形炭はすぐさま赤くなり、燃え始めた。

 魚の切り身に塩を振り、水魔法で水の移動を促し、余分な臭みを抜いてから、金串を打ち炙る。

 一連の動作は手慣れている。


 ――神の恩寵たる魔力が濃く満ちた空間では、因果律が人の意識に連動する。つまり、起こりうる物事の中で、「最も望む事」が起きる。それを現象の発生まで集中させたものが、魔法である。

 つまり魔法は、想像力1つで決まるものだが、長らく積み上げられた魔法理論、その成果たる印や呪文は、魔法という現象への確信となり、術に確実性を与える。


 ――炎は理想的に揺らぎ、魚を香ばしく焼き上げた。

「よしよし」

 インスラは目を細め、切り身を皿に載せ、端に壺から取った魚醤を少々溜めておき、サラダと並べる。傍らにカップを置き、瓶詰めされた黄金色の果実酒を注ぐ。

 箸を手に取り、魚醤を少しつけ、焼き魚を口へ運ぶ。

 適度な火加減で焼かれた焼き魚は、香ばしさがありながら、ほろりとくずれる。それをソースの発酵香と塩気、旨味が引き立てる。

 追いかけるように、酒を一口。

「……ぷふぅ」

 仕事中の半ば無表情にも見える顔と打って変わって、穏やかな表情となる。

 ひとしきり食べ、飲み終えたインスラは、房楊枝で歯を磨き、顔を洗う。貴族住宅だけあり水回りは品質の良い素材が使われ、水道水も浄化済みの水がふんだんに出る。

 顔を拭きながら、ぐらり、と頭が揺らぐ。

「っと……」

 気の抜けたインスラを、急激な眠気が襲う。

(年々、徹夜が辛くなるな)

 インスラは隣の寝室へ入り、整ったベッドに横たわると、すぐさま寝息を立て始めた。

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