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 あの後、いつも通りに巣に帰った筈なんだけどさ。


 てか、ミオの家を出る時は、既に頭はしっかりしていたのに、こんな事になる訳がないんだよな~。なんか、もう訳が分からない。


 いつも通りの道を飛んだはずなのに知らない場所に居るのだが。バミューダトライアングル的な何かですかこれ。


「ああもう、サイッアク! アタシに起きる事、起きる事なんでみんな上手くいかないのよもう~~~!」


 天空目似穴のどこかの地点に流れてしまったらしい。一度、地面に下りる。


「しっかし、やけに暑いな……」


 薄暗くて地面の様子がよく見えない。

 狭い路地を歩いていくと、おかしな物が目に入った。



 空調設備の室外機。



「え、エアコンのやつ……?」


 おかしい。こんな物が冥界にあるはずがない……。

 さらに、妙な臭いが鼻を突き始めた。


「あら……?」


 視界が少しずつ晴れていく。立ち並ぶ料亭や居酒屋のネオン、大勢の人間、喧しい自動車のクラクション、耳をつんざくサイレン、高く聳えるマンション。



 ここは――地上だ――



「嘘でしょ!? まさかアタシ、落ちてきた!? そんな馬鹿な!! そこまで正気無くしてないのに!!」


 でもここは間違いなく地上だ、どっからどう見ても現実世界だ。


 東京だよな?


 下北沢だよな?



 え~~~~~!?



「まずい。ちょ、ま、いよいよまずいぞこれ……!」


 生きてる連中に見つかると厄介だ。

 あからさまに死神を見たとか言って逃げてくれるのならまだ御の字。

 何がまずいって一番キツイのは、こんな格好だからレイプやナンパに遭ってしまった場合。

 上手く切り抜けられずに、向こうからアタシの身体に触れようものならたちまち魂を吸い取ってしまう。


 本来死ぬべきでない人間を手違いで死なせてしまった場合、アタシみたいな下っ端は秒速で解雇だ。そのうえ、冥界全体にとんでもない大混乱を起こしてしまう。無関係な他の神々にまで迷惑が――

 そうするとつまり、アタシの行く末は……。

 

 んみゃ~~~!!



「草……じゃなくて森は無いのか森は? デカイ山とか無かったけ? 答えろ流行の発信地! 下北!」


 路地裏を一人会議しながら時速八十キロで突っ切っている最中に、脳裏にピンとある場所が閃く。


「青木ヶ原樹海ッ!」

 いや無理だろミスターマイセルフ、今は地図が無い。さすがにそこまでの地理はわからない。

 今は勤務中じゃないから、透明効果も使えない、早くどうにかしないと生きてる連中に姿が見られちゃうよ。写真を撮られてもまずい事になる。

 明るい東京の夜ってのは、暗い所にこそ面倒な連中が多いから……。

 ………………。


「あれ!?」


 壮絶なかっくんブレーキで以て足が止まる。

 

 今見たのは、間違いないよな。

 すぐに来た道を戻る。


「マ・ジ・で・か」


 アイツだ。


 そう、アタシにとって初めての部下。今日の今日に着任したばかりで、まだ死神業のいろはの「い」を教えたばかりのアイツが、暑くなり始めた地上の気温をものともしない厚着で生きてる人間に成りすまし、とぼとぼと街灯の下を寂しげに歩いているではないか。


「……何やってんだあの馬鹿が……!」


 この時期に冬服とか明らかに不審者だろ。警察から職務質問、まして身体検査でもされたら一巻の終わりだぞ。そういう危険予知もできるようになれよ! 

 着任初日に解雇される神なんていないぞ!

 

 とにかく冷静だ、冷静。

 落ち着け……


 アイツの先輩であるアタシは、責任を負わなければいけなくなる。それは困る。今までの苦労が……いや、そうはさせない。

 尾行に徹する。アイツ、生身の人間の間をスイスイと普通に歩いていく。肩でもぶつかったら大惨事なのに、何もわかっていないんだ。

 

 その時だった。

 

 人を避ける事に気を取られ過ぎたアイツは、路上に違法駐車されたオートバイにぶつかり、あろうことかそれを倒してしまった。


「うっわ、最悪だよもう、バカ……!」


 生きてる時からドジなの全く変わらないじゃん。


 見ていられない。予想外の緊急事態に、いよいよ自分が出て行こうと思った直後、がさつな手付きで倒れたバイクを起こしていたアイツが何かに気付き、振り返る。


 ――まさか。


 アタシは更なる接近を試みて、ゴミコンテナの陰に潜り込んだ。

 やはり。不良少年グループに目を付けられたんだ。ガラの悪い連中が肩を揺らして現れる。

 これは本格的に絶望的にヤバイ。


「おいおいおい、うーわ! ちょっと何してくれてんのよ俺の単車ぁ!」


 一番背格好の小さい、だけどリーダー格らしい少年がオラオラを利かせて詰め寄る。

 年の頃はアタシらと同じ十六、七くらいだな。変な剃り込みの入った短い金髪に、ピアス大量の両耳。普通なら絶対にかかわりたくねーっすねーほんと。 


「さーません。スマホ見てました」


 うわ、やっぱ謝るの下手くそアイツ。棒読みじゃん。


「すいませんで済んだら、拳骨は要らんわぁ!」


 危ない!


 いきなり殴り掛かるんだから、危ないったらありゃしねぇ!(少年の方が)触れたら俗に言う即死なんだから。加害者側が一瞬で被害者になるんだぞ!


 ――が、アイツも流石にそこは心得ているのかいないのか――生きている時とはまた違った危機感でそれを避けた。いいぞ! 今は生前とは立場が違うんだからな。


 すると、見事に取り巻きの連中が色めき立った。

 一人に対して六、七人で攻撃とは、これは卑怯だ。こんなの喧嘩なんて言わんでしょうに!


 ところが、避ける。


 すいすい避ける。


 息切れしているのは少年達の方だ。尋常でない格闘(逃げ)技術を駆使された挙句に息が上がらない(というか呼吸の必要がない)相手に、少年らの間に次第に動揺が見え始めた。


「なあ、コイツおかしいだろ。格闘技でもやっとんのかよ? 全然バテねえじゃん……」


 いやいや、全くですよコイツは。ペットボトルよりも重いモノ持てない子よ。


 取り巻きの一人が、金髪に何か耳打ちしている。見た目からして中学生丸出しの少年は、すぐに金髪に怒鳴られた。修行僧並みの気苦労ね。


「アホ、そんなワケねぇだろ。おかしいもクソもあっかよ、俺の単車と同じだけの傷をつけておあいこにしねぇと、不公平だろーが! はっきり言って、アンタ一人ボコって潰すのとかマジ三分もかかんねーからー!」


 どういう理屈だよ。お前が不公平そのものだろガイ。


 てか一分じゃなくて三分なんだ。微妙な脅し文句じゃない……?カップ麺作れるくない?ウルトラな人呼べるくない?


「おいてめぇ、どうするつもりなんじゃ、おお? どうしてくれるのかなーあー?」


 少年は敵意を剥き出しにして詰め寄った。いったいどんな教育を受けてきたのかねこういう連中は。今すぐにでも審議台で主神に説教してもらいたいですわよ!

 主神にラー油でも点眼されて改心してほしいですわねえまったくもう。


「僕の不注意でした。今回は見逃して下さい。あの、どうか」


 あちゃ~。


 そこはさ、普通に謝るもんだよ。見逃してくださいとか逆切れフラグ建設しなくていいからっしゃいませ!


「ざけぇんなっては・な・し!」


 アッパーを避ける。

 正拳突きを避ける。

 蹴りを避ける。

 なんかよく分からない攻撃も避ける。

 自分は何一つ攻撃なんて出来やしないけど、避けるのだけは一人前だ。これじゃ終わりがない。

 ドッチボールしてた時もそうだった、相手に攻撃せず逃げてばかり、ボールを避けてばかりで最後のひとりになって、全く終わらないまま時間を迎える事ばっかりだった。周囲からヤジが飛んでもアイツ、全く相手に攻撃するという事をしないの。


「兄貴、兄弟全員つれてきた!」


 取り巻きの一人が余裕綽々の顔でやってきた。

 まずい、敵方の応援がやってきたっぽい。てかこんな何もしてこない奴相手になんでそんな大勢で相手するのかね。肝っ玉の小ささはこの不良たちの方が勝ってんじゃないのかしら。


「はぁ、はぁ、よし、やれ」


 スタミネ切れの少年に代わり、更に七人ほどの仲間が加勢する。いよいよ相手を本気にさせたくさい。


 こりゃ、ダメだ。

 そう思った次の瞬間には、アタシの体はもうゴミコンテナの陰から飛び出していた。


「待った! そこまで!」


 奴らの前に瞬時に立ちはだかり、漆黒の翼をバサーッと一杯に広げる。

 途端にどよめきが上がり、連中は後退った。


「うわっ、何だ!?」「コスプレ女だ! なんだよ、こいつの彼女か!?」


 金髪リーダーが見下した目でアタシと奴を交互に見比べた。


「軽々しく見てんじゃねーよ! 一人相手に大勢で立ち回るなんて女々しい真似、よく出来るわね! そんなの本物の不良とは言わねぇんだよ!」


 うむ、自分でも何を言っているのやら。カオスになってきたよ。誰かアタシを供養して。


「うっせぇメンヘラ女! おい、こいつら二人とも潰そうぜ。いかれてるわマジで。放っとけませんねえ」


 嘲笑しやがって。神もほっとけもありゃさーせんねえとかは言わないけど、金髪の指示で居合わせた連中が一斉に攻撃態勢に入った。


「この人と関わると面倒よ。喧嘩はまるで出来ないけど別の意味で面倒よ」


「じゃあその面倒ごと俺らが潰してやればハナシ早くね~?」


「あっそ。警告無視するのね。おーけー」


「うおあっ!?」


 アタシは傍にあったゴミバサミを手に取り、連中の身体に直接触れてしまわないように細心の注意を払って立ち回る。


「いや~死神が地上のゴミ掃除とは、一体どこの国の冗談だか」


「おらあっ!」


 おおぅ、釘バット!


「随分と粋な物使ってるじゃない」お姉さん感心。寒心、寒心。


「かかってこいよブス」


「女子にそんな物使うなよ。そんな言葉のナイフをさ」


「面白くねえんじゃ」


 下っ端の蹴りと正拳突きを躱して相打ちさせたところで、上手く囲い込まれてしまった。

 これって計算された動きなのかしら? さすが、こんな所でゴロついているだけはありそうだ。

 身を退いたところにしっかりと網が張られている訳か。二歩先まで読まれているっぽい。

 通り過ぎる野次馬たちも、ほんの数秒間だけ足を止めては、さっさと行き過ぎていく。誰も止めたりしようとなんてせず、関わりたくないからさっさと逃げていく。警察すら呼ぼうという発想にならないのが都会人の冷たく煙臭い性だ。


「おい。二人とも、覚悟せぇよこらぁ。容赦せんからな」


「その変声期特有の声で言う台詞じゃないな。お母さんが聞いたら泣くぜ、それ」


「うっせえ! 彼女に守ってもらわなきゃやってけない男と居て楽しいのか、こんな情けないひょろひょろの男と付き合ってて満足なんかよ、おまえ」


「はて。女を苛めるヤツよりはマシかと」


「人の物を壊して誠意を見せないヤツがか?こりゃいかれてるぜ」


 相手はやけに楽しそうだ。

 何というか、こいつらは根っからマトモじゃなさそうだ。話の通じる不良と完全にイっちまってる不良がいるが、こいつは後者確定みたいね。ウシジマ君に出てきそう。


「おーけー。その償いもついでにしてあげる。どっからでもかかってきな。その代わり、天罰が下るのはあんたらの方だから」


 言っておきながら、小さく首を傾げる。

 果たして、こちらの正体を明かさずしてこの言葉は有効なのか。

 リーダー格は呆けた顔になる。


「あっそ、天罰ね。へーへー。じゃあ、まずは俺の単車に傷を付けたお前らからだな」


 身を捩ってパンチを繰り出してきた、それをひらりと躱して古紙回収ボックスへ頭から突っ込ませる。

 物理世界は慣性の法則を味方につけるだけで楽々勝てるからいいよね。冥界にいくとそうはいかないんだなこれが。生きてるうちに身に着けとけよ、ラップバトルスキル。


「クソ女がぁ!」


 お次の選手は掴みかかろうとしてきたので、これも相手の勢いを殺させないようにして放置自転車の山へ叩き込む。


 ――生きている人間は動きが遅い。

 重力の影響を受けているからだが、肉体ってこんなに重いんだって驚かされるくらい遅い。死んでからじゃないとこの気持ちは共感してもらえないだろうな――。


「はいはい~、整理券を取ってお並びください~順番抜かし禁止~」


「黙れ! 殺してやる!」

 

 次は側溝へ、その次は室外機へ、その次はドン。


「あれ。あれれ。なによなによちょっと。全く相手にならないじゃない。それでも人生これからの若者なの?おばちゃん退屈~」


 立っている頭数が減ってきたな。戦意喪失? 残りの奴らは動向を見守っているのかそれとも怖気づいたか、何もしてくる気配がない。


 潮時かな。これ以上は面倒な二次災害を招く恐れがあるから、またのお楽しみにするとしましょうか。

 引き揚げるにもちょうどよさそうだし。


「よし。それじゃアタシらコスプレイベで忙しいんで、これで失礼しゃーす」


 華麗に振り向くと、アレがあれっ!?


 居ないじゃんかちょっとぉ。


「どこ行ったんだ、あの馬鹿……!」

「逃がすかー!!」


 やばい、アタシは遂に、生きてる連中の前で翼を使って飛んでしまった。咄嗟の回避行動でうっかりしてしまった。


「飛んだ!?」「コスプレじゃないのかよ!?」「か……かっけぇ!!」


 この世ならざる姿を見られてしまった。けど、この際仕方ない。背に腹は代えられん。

 全力でその場から飛び去った。



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