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 魂の受け渡し場までは徒歩だ。

 

 男の霊魂はここに来た時の消耗具合がまるで嘘のようにすっかりふくよかになって、アタシの五歩くらい後ろを浮かれ気味に(浮いてるけど)ついてくる。


 アタシは好きじゃない、こういう感じ。

 どうにも生ぬるいというか、芋臭いというか。

 生乾きというか、不完全燃焼というか……。


「おいあんた、何歳希望なわけ?」


「……え?はい……?」


「何歳になりたいのかって、聞いたの」


 怪訝な顔をされる。


「それってあの、ね、年齢の話……ですか?」


「そうだよ年齢の話。極楽に爺さん婆さんはいないもんね。始めに自分がなりたい年齢を希望するのが、死後の世界、極楽の決まりなの。福利厚生ってやつかな? 希望の年齢で過ごせますよっていう。ほら、早く決めて。今のヨボヨボの状態が好きっていうのならそれも好みだから止める気はないけどさ別に」


 圧の強い溜息を吐きつつ催促オーラを出してみる。

 おちゅぼねスキル。草。


「……じゃあ、あの、十歳くらいでお願いします」


「アホなのアンタ?」


「えっ」


「何も考えずにものを言うとね、後悔するんだよ。生きてても死んでても」


 男の魂は、相変わらずぼやけきっている。


「なにが、なんですか」


「おっと。あんた、まさか本物の馬鹿?」


「え、だから、なにがって?」


「十歳って言ったよね? そんな餓鬼に戻ってどうすんの」


 アタシは体ごと振り返り、後ろ向きに歩いて男と向き合う。


「いや、あの、何がおかしいんですか? 子供になれば働かずに毎日遊んで暮らせるワケだし、楽しい事ばかりだろうと思っての選択だったんですが、問題ありますか?」


 なんでちょっとキレてんのこのチーズ載っけ牛丼。


「う~わ、最悪。モノホンの馬鹿だ。いいか? あんたは、最高に運良く極楽へ行かせてもらう事が出来た贅沢な身分なんだよ。極楽の住人に労役を課す訳が無いだろうがっつーハ・ナ・シ! 察しろよ。ちょっと堅苦しく考えすぎだぞってハナシウケるでしょおっけ花丸百点サンダーバード」


 死神の仕事を始めて最初の発見は、たいてい共通する。人の内面は死んでも変わらない、という事だ。

 生きていた頃の価値観を引きずる人間の多さには、まったく驚かされる。

 って、自分もそうなんだけどね。


 それだけ〝生きる〟という事には重大な責任と負担が伴うという事に、大多数の馬鹿は死んでからようやっと気付く。無理はないけどね。

 それで往生際わるく、泣き落としを図る輩もいるには、いる。こうした生来の根性無しというものは見ていて非常に気味が悪い。

 個人的に、馬鹿は結局、死んでも馬鹿のままだ。

 厚生なんてしない。

 清算なんてされない。


 人は0で生まれ、己次第でそれを10にも100にも出来たというのに。


 目の前に現れたケーキを食べる寸前に没収されるような屈辱的な経験を、死んでから引き続きしたいというのなら、どうぞ、怠けた一生をお過ごしください。


 ここに、議論の余地ナシ。テスト出るからねここ。


「ま、まさか……働かなくてもイイんですか?」


 男は酔った様に頬を紅潮させた。

 説教された事に対して興奮したんじゃないといいけど。怖い怖い。


「いや、そんなに驚く事かなぁ。だってほら、あんたがこれまで散々口にしてきた〝天国みたいだ〟とか〝この世の天国〟とか……その天国に、今から行くんだからさ。もう少し当事者意識を持ちましょうぜ、せっかく死んだんだし? 勝ち組だぜ、一度死んだら失うもの無いんだから無敵ピーポーいぇあ」


 うーむ、自分でもこんな事を言うなんて、なんだかビックリ。

 アタシってば、こう見えて仕事はきっちりやるタイプらしいですわね。

 きえぇありあらぁうぅまんってやつかな。


「やったぁー!! っはっはっは、自由だ! 素晴らしい、若返る事が出来て、その上働かなくても生きていけるなんて! 天にも昇る気分だ! ひゃっほぅ! ぶぅお、ぶふぉおおっ!!!!」


 ……ドン引きだよ。ドンビ・キホーテだよ。


「だから、その天の上ですよ、ここは。てかあんた……どんだけ辛い人生を歩んできたんだよ……しかも〝生きていく〟という表現はあんまり使わなくていいよ、ここでは。言葉には気を付けような。身だしなみはもうバチ当たってるレベルで悲惨だからせめて」


「あ、そうか。はっはっははははは」


 男は、それはもう、水を得た魚のように活き活きとし始めた。

 この人、生きてた頃に心から喜んだ事あるのかな。


 ……いや、余計な事ばかり考えるのは、よそう。アタシもプロなんだし。


「でさ、話の続き。もう一度聞くけど、本当に十歳でいいの? 一度決めたら変えられないよ」

 

 イライラしてきて思わず爪先を遊ばせてしまう。これも乙骨っぽいよね。草。


「はい。それでも私は幼い頃に戻りたい。この気持ちは、強くあります。実は自分の人生はあんまり恵まれてなくて、幼少の頃からずっと苦労ばかりの人生だったんですよね。家庭環境が良くなくて経済的にも余裕が無い事が多かったんです。だから、きっと、人様よりもその思いが強いのでしょうね。ああ、辛い一生だった。その点は一人の生涯を全うした人間として、真摯に受け止めたいと思います。ところで死神さんは、どうしてそこまで念を押すのですか?」


 そうか。こいつは馬鹿なんじゃない、間抜けなんだ。今気付いた。

 悪い人じゃないんだけど~……ちょっとね~……って言われる人の正体はこの属性だ。


「あのな。ここだけの話。アレ、出来なくなるぞ、そんなちんちくりんの餓鬼になると」


「アレ……?」


「エ・ロ・ジ・ジ・イ」


 腐った干し柿みたいに萎んでいく顔が、面白い。過去の事情を知っているだけに、これがどうにも、哀れに見えてしまうのがまたいいダシ利いてますね。


「あぁぁああっとちょま、そ、それはダメ、ダメ! あの、じゃあ、あの、十八! 十八歳に変更で!」


「へいへいかしこまりんこ~」

 

 書類に記入して、終了。

 

 実はコレ、こいつみたいに餓鬼を選んだ奴らが揃って後悔している事で、あまり低い年齢を希望した者にはお達しをする事がマニュアル化されている。


 ほんと阿保らしい。きっしょ。


「生来の変人って訳ね。変人として()きて()た訳ね」


「え、えぇまあ」


「キモいから照れてくれるな。こっち見んな」


「は、はい。失礼しました」


「……ま、何でもいいんだけどさ。死んでるから。はい、じゃあこれで手続き用の書類は全部揃ったから安心していいよ。それじゃあそこの木棺に入って、ベルが鳴るまで目を開けずに待ってて。わかった?」


 送棺車の発着所には、白く飾られた豪勢な棺と、それを載せた高級感のある霊柩馬車、白馬が正装で控えている。なんだか結婚式のアレみたい。


「はい、わかりました。へえ~。こっちの世界でも棺に入るのですね。おもしろい」


 男は終始浮かれ気味に馬車を眺めて、そわそわした。

 楽しそうでいいですねぇ、極楽に行ける人たちは。アタシはこれに乗れないんだよ。目の前にあるのにさ。

 客である渡冥者に対してはそれこそ天使のように優しく接するのに、冥府は従業員である死神に対しては殺生なもんだなあ、まったく。


「はいはい。いいからさっさとしなさいよ」


「すいません……あの、ここから私一人で行かなきゃならないんですかね?」

 

 男は不安げな視線を着払いで送りつけてきた。


「当たり前でしょうが! こっちも忙しいんだからずっと一人に構っていられないの。まだ他にも対応しなきゃいけないんだから。もしかしてアタシと行きたいってか? え? どうなんだロリコン」


「いや、そんな訳は別に……あ、でも、良かったらぜひご一ッ」「喜んでないでさっさと入れや」


 尻を蹴飛ばして木棺の蓋を落とし、札に名前を記入……よし。


「は~い極楽へ参りや~っす」


 掛け声と共に天使がやって来て、極楽へ運ぶという段取りだ。ここで死神のアタシはひとしごと終了というカタチ。


「なんだかなあ」


 生きている人間なら誰しもが一度は考える、『死後の世界』。

 そこで働く事は、こんなにもつまらない。

 ……ねえ、遊園地のバイトって、やった事ある人いる?

 両手にぬいぐるみ持ってさ、いってらっしゃ~~~い!って餓鬼を送り出した後に「ねえ○○さん、休憩時間どうする」「今日夜勤だ……」「時給安すぎだよなこの暑さなのに」「なんだよあのバカップル」って言ってるんだぜ、それが現実だぜ、それと何も変わらないんだぜ、死後の世界もさ。

 死後の世界も生きている時の世界も同じ現実なんだぜ。

 

 異世界じゃない。

 

 どっちも、現実だ。


 世の殆どの人間達が思いを馳せると言われるこの場所の真相は恐ろしく平凡、これなら近所のレンタルDVDショップへ行く方が楽しいのよと生きている奴らにタレコミたい今日この頃。


「おい、そいつエロジジイだから取り扱いには気を付けろよ。あと、お前らいい加減に服着ろよな。いつまでドレスコード通りにやってるんだよキモイなぁ~ほんと~怖いな~おえっ!」


 裸で翼を生やして飛び回るなんて、冥界にはモラルもへったくれもありゃしない。天使は裸でないといけない……? 

 それっていったいどこの国の法律よ。


「よう下っ端。なんだっけ、ライだっけ? あんたのそのダサイ鎌もいい加減捨てたらどうだ。なかなかにイタいぞそれ、子供っぽい」


 可憐な容姿とは裏腹な、汚い言葉を吐く天使。


「これはブランド物。黙って働け露出狂」


 こいつら、所詮は超軽微な罪でここに配属された、俗にいうバイトに過ぎないクセしてさぁ。納得いかないよね。

 背負ってるものがアタシみたいな死神と比べると随分と軽いんだから分かり合えるわけない。

 まぁ、いいさ。こうした天使らとの口喧嘩はいい暇つぶしになっているし。


 ――そう。こんな感じがアタシの日常。毎日毎日膨大な数の死者を仲間の死神と裁き続ける、無機質で機械的な日々。

 つまらないし大変だし気持ちの良いものでもないし……人様の世話を焼くのが心底好きだとか、奉仕に絶対的な価値を見出せる人ならいいかもしれないが「死んだら楽になれる」とか平気で宣う連中を見るともう、鼻で笑いたくなる。

 というか、鼻で笑う。


 死は救い? ぶっひゃあ!! 鬼草!!

 オニクサ、バカをディスって!! くっそウケ、はっはぁボンバイエ。オエッ笑い過ぎた……。


 一日の仕事が終わると、主神に報告をしてから自分の巣へ帰る。


「こんなもん貰ってもなあ」


〝万両羽根〟だか何だかっていう名前の羽を三枚、これがアタシの一日の稼ぎになる。

 この冥界の貨幣のような物は娯楽目的に使われる事は無く、然るべき経費に消えていく交換切符のような位置づけで、要は生きていたころのバイト代のように華やぐものではなかったり。

 因みにこの世界は現世とは違い、食事は必要が無いため食費という言葉は無い。

 それじゃあ、一体どうやってこの世界でやっていくのかと問われれば、『自分を保つこと』が唯一の回答だ。これに限る。

 これが出来なければ、下級生物として現世で三度の生を全うするという過酷なペナルティが課される。

 これをやらかす者はかなりの数が居り、年に数兆もの冥民がこの罰を食らい、泣く泣く生の世界へ下ろされていくのが現状だ。

 ゴキブリやハエがどこにでもいる上に全く絶滅しない理由は、生きている者達には永遠に分かりようがない。


 あれは要は、極楽へ行ったり神になったりするはずだった死者らが、生前世界でいう刑務作業のようなものに従事しているのだと思ってもらえればもう少し慈悲の心が持てるのではと思う。


「うわ~、また羽根並が乱れてる。ど~したもんかな~これぇ」


 浴場にて羽根の手入れをしつつ一日を振り返る、これが日課になっている。唯一、この瞬間が自分と向き合える貴重な時間だ。


「万年ブスウィークつらいわぁ」


 この冥界へきて、何の因果か死神の職を得てからというもの、羽根が生え変わる度に黒染めしなきゃならんのは煩わしきことこの上ないんだな。

 なんか、ダサいよなぁ。

 下の世界じゃ誰も彼もが髪を茶色だの赤色だのに染めて身も心も華やいでいるというのに、死神は黒一色。心も体もマッドブラック、カラス貝よりも真っ黒。

 だからこけしみたいなボブカットで我慢の子。でも本当は伸ばしたいの、髪。だってだって、女の子だもん。


 草生え。


「あーあ。ひー。どうしてこうなっちゃったのかな~。ひー。ひー。ふー」


【悩みは尽きねんだなぁ。生きているんだもの】という、相田みつをの詩を聞いた事がある。っていうかお祖母ちゃんの家の玄関に掛け軸があった。


 あれ、間違ってます。


 死後の世界にも、悩みはある。

 少なくとも、アタシみたいなポンコツは、ね。


 ……そりゃ、恵まれている事は分かってるさ。

 主神の気まぐれか何かで死神の職に選ばれたアタシは、他から見ればとんでもなく妬ましい存在なのだろう。だって、あの時一緒に審議を受けた他の連中とはペナルティの形が明らかに違うんだから。自分だけ、ただただ運が良かったからこういう事になっているだけ。まあ、もし運がよかったのだとしたら、なぜ生きているうちにもっとこう、どうにかならんかったのかね、とも思うんだけどそれはもう後の祭りってやつね。

 アタシなんて他の神々連中からは、快適な温室でぬくぬくとしている、太った芋虫くらいに思われていそう。


「……分かってるけどさ。甘ちゃんの小娘だけどさ、アタシ。それでも一生懸命……」


 ……分かってるよ。そんな事くらいさ。

 アタシ、バカだけど腐ってはいないから。


 一緒にその場で采配を待っていた者の中には、無情にも心霊写真に写り込んで〝生計〟を立てていくしかなくなった者や、下の世界で怪奇現象を起こし、霊能力者に化けてそれをピタリと言い当てる自作自演みたいな事をしていくしかなくなった者もいた。それさえ定員オーバーになって、貧しい国や、紛争地帯に再び人間として生まれさせられた者だって……。

 それを考えりゃ、自分がどれだけ甘いかなんて。

 けども、アタシのこの気持ちを分かってくれる奴は今の場所には居ない。



 贅沢は言いたくない。


 だけど。


 傍でただ、話を聞いてくれるだけでいいの。

 声を聴いて、頷くだけでいいから。

 この乱れた羽根を撫でてほしい。

 この悪い頭をそっと撫でてほしい。

 この冷たい肩を抱いてほしい。

 アタシは……。


「……」


 頭がズキズキ痛む。


 死んでいるはずなのに、なぜか頭が痛い。

 

 いけない、人間臭くなってきた。

 臭い。臭い臭い臭い。



「くそっ……くそっ!」



 人間の匂いが、全身から。


 思い切り、湯船の中に潜る。自分を沈める。


 何もかもが自分の頭を押さえつけ、浮き上がる事を決して許してはくれないみたいだ。


 これが、これこそが、まさに自分にお似合いなように思う。


 こうしてみじめに泡を吐きながらもがく事が……生きてても、死んでからも。

 

 ――あれ。

 あの時を思い出すな。


 いけない事なのに。


 悪い事なのに。

 なのに、してしまう。

 分かっているのに。

 つい、ふらっと。

 ふわっと――


「ぷはっげほ、げほごほごっほ! うえええっ!」



 自分は、弱い。



「はぁ、はぁ、はぁ……うっ……」


 弱いクセに、仕事は死神。



 ふふっ。惨めだぜ。


 笑えよ。


 弱いクセに。出来ないクセに。分かってるクセに。死神のクセに。神のクセに。


「あ~あああ、もう! うざい! うざいなあ! クソかよ!!」


 浴場を出て新しい制服を着ると、再び外に飛び立った。



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