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「ハーデースさぁん、連れてきたぜ~。起きろおら~」


 現世、つまり生きている者が暮らす世界の解釈によれば、死後の世界は天上にあるとされる。


 実際はどうかって?


 これがちゃんと当たってるんだ。どこの誰が言い伝えたのかは分からないけど、ちゃんとお空の上、雲の上、お天道様の真下にありましたね。


 はいよくできました。


「おっきしろ~おこだぞ~アタシ~」


「ここはどこですか? すごい明るい場所ですねえ。でも眩しくない」

 男が感心したような声でブツブツ言ってる。


「審議台っす」


「審議?あら。ひょっとして自分、今から裁判にでもかけられるんですか?」というあまりにも引け腰な男に吹き出してしまう。飛沫感染万歳。


「ちゃうちゃう。ここは死者が一番初めに連れてこられる場所。みんな一回はここに来る、冥界のエントランスみたいなもんよ。まあ、受付的な」


 自分の雇い主たる主神は玉座にふんぞり返って何をしているのかと思えば、ネットフリックスで韓流ドラマの鑑賞リレーときた。デデーン。


「おい。起きろってのこの名ばかり管理職!」


「ぬくぬくぱぁ~……あ~ねむ」


「おい! ちょっとほら!」


「ん~……起きたわ。えっと、はい。えー、罪歴は?」


 こちらをチラリとも見ず、寝言のように、というか寝言で定型文の質問を寄越す。


 いや待てよチェリーガール。寝ながらでも仕事ができるという事は限りなく神に近い神ってコレもう禅問答すら超越してるやないかジーザス!

 

 そして、死者を前にして大あくび。


 キマシタワー。

 怠惰ぶりをいっさい包み隠しもしない。そのあまりの無頓着さゆえ、質問者に当事者意識を抱かせないという死の大権者たる恐るべきクソ……魔力。

 何が言いたいかというと、神様なんて肩書でも思春期の娘にシカトされる父親程度の存在感しかないということで、むしろ加齢臭の方がその薄っぺらい存在感よりも臭うありさまで、思ってたようなお花畑感も無いし働かされるしダサイ仕事ばかりだしでこんなんなら別にわざわざ死ななくても生きてて良かったんじゃねっていう死後の世界のガッカリ口コミはここに書いていていいでしょうか?


「…………」


 案の定、男の霊魂はぷかぷかしたまま反応を見せない。

 やがて、男は生前の姿になった。

 冥界へ入ると、魂は生前の姿を投影される。


 仕組みは知らん。

 そんなもん以下略。


「おい」


「  」


「ちょい」


「……」


「おい、おーい!」


「はいっ?」


「おい、ジイさん。答えてやれよ。アレでも神なんだよ」


「えっあ、わたし、でした?あっ、げふっ」

 じじい、百人居れば百人ともするような反応すんじゃねぇ。


「アンタしかいねぇだろっての。そのノートだよ、早く見せな」


 腰の辺りに見えている帳簿に目をつけて急かす。

「あれ、何だこれ? あぇっ」


「貸してみっちゅーに。えーっと、十二歳の時に近所の家の塀に傷を付ける、十七歳で自転車を盗る、二十三歳で無銭飲食三回、三十歳の時に自分の仕事のミスを部下になすり付ける、三十二歳で五歳下、四十二歳で十九歳下の女と不倫、四十七歳で当て逃げ、スピード違反……」

 

 あれ。

 待てぇい。

 なんやこいつ。


「ハーデース、こいつ不合格だよ。不倫歴アリ! そんで盗人で変態で詐欺師でスピード狂! あかんわ! ていっ」


「いたっ!? な、なぜそれを?」


 顔面に自分の〝恥〟を叩きつけられた男は、ただでさえ白い顔をもっと白くして取り乱した。それと、さっきから胸元を見てるの、バレてるから。制服がこんなだから仕方ねえけども。


「ここにちゃあんと書いてあるからだよ、スケベじじい」


「それ、一体なんですか? どこからそんな情報を? 何がどうなって、ええええ?」


 今にも消えてしまいそうなくらい萎えてしまって。

 ここには逃げ場は無いぞよ。たっぷり真っ白に絞ってやるぞとか言ってみたりしちゃうサービスは無期限休止中なので悪しからず。


「だって、アタシら神だもん。こういう神みたいな事が出来ちゃうのは当たり前なの、神だから。すごいでしょ? だって神だもん。ふはっははは、楽しいこれ。神ってる! げっへっ!」


 目の前で個人情報丸出しの脅し道具を弄んで見せる。楽しい。

 ハーデースの死んだ魚のような目が、せっかく久しぶりに上がったテンションを地獄の底まで引きずり降ろしてくれて大暴落。


「そ、それはいいとして、そのノートは何ですか! あなたが持ってるそれ!」


「これ? これは〝生績表(せいせきひょう)〟っていうんだよ。死んだ人の人生が自動的に評価されるようになってて、嘘偽りなく記録されてる。人生の記録だな。ここのシステムはすごくてさ。どんな小さな嘘もすぐ分かるようになってるの。興信所の比じゃない。小細工も小賢しい言い訳も同情買いの泣き言も何もかもぜーんぶお見通し。おーけー?」


「人生の記録……そんなシステムがあったなんて……」


 ここで、ハーデースがようやくスイッチが入ったようだ。身体ごと向き直る。



「あんた。奥さん放っぽって、そのあいだ何やってたの」


 ほう。珍しく真面目な目ぇしちゃって。やっぱり愛妻家は怖いねぇ。

 後姿は冴えないおっさんでも、前から見れば五十年代のテールフィン時代のアメリカ車並みの厳つい貫録だ。

 まあ貫録と言っても、怖いというより濃い方だけどね。ひたすら顔が濃い。顔面スタッドレスタイヤとは彼の事ね。

 その如何にも神!という顔に睨まれて硬直しない者は居ないだわさ。


「ほ、ほんの出来心だったんです! 妻の事は、心の奥の方でちゃんと愛していましたとも! ええ、本当にもう」

 

 肩を引き上げながら、精一杯の陳述をする。すまん、今の「ぶげひ」って噴き出したのは書かないでおいてくれ。オトメだからさアタシも。

 これ読んでるイケメンからよく見られる為にぶりっ子してる努力が便所の泡になるのは避けたいなっしー。

 あ、あんたのことじゃねぇから。草。


「……本気で言ってるのかな? ファイナルアンサーかな?」


「ほ、本気です、信じてください! なんなら、命でも何でも懸けますんで!」


 だめだ、また噴き出しちまった。

 なんか鼻から七色の汁出ちゃった衛生兵~。


「いやいや、アンタもう死んでるから」


 ハーデース、睨み付けてるよ。シャッターチャンス。

 怒ってるんだよあれ、一応。そうは見えなくても。


「貴様の何ぞや等いらん。ワシは、貴様のその穢れ果てたみすぼらしい魂に激しく嫌悪感を抱いた。いらないんだよ、本当に」


「けがれ……果て……!?」


「あーあ。哀れな老人よの、からがら人格者として生を全うした者が、まさか冥府で痴話を咎められるとは。これだから人類はみんな失敗作じゃって毎回会議で言うんじゃ。見とってわかるじゃろライ」


「すんませんこれ残業代出るっすか」「くたばれ貧乳」


 アタシの反論の言葉を遮るようにして男の泣き声が響いた。


「かか、か、勘弁して下さいなぁ。血圧が上がったら死んでしまうって医者から言われているんです、ご勘弁を」


「「だからあんた死んでるってば」」


 いやん。ハーデースとハモった。くっさ。もうお嫁にいけないだわし。


「年老いた妻を一人残して死ぬなんて出来ませぇん!」


「だから死んでんだよお前は!」

「僕は死にましぇ」

「そのへんにしとけ」


 胸ぐらを掴まれんと意味が分からんか?こいつは。


「うぅっふ……」


「こら、ライ。よしなさい」


 あぁ、いけない。

 また悪いクセが。


「わ、悪かった。抑えられなくってさ、毎度の事ながら」


「うむ、気持ちは分かる。じゃがさすがに今度やったらお仕置きじゃぞ。――さぁ、老人よ。もう年貢の納め時ってもんじゃ。いい加減諦めんか。しっかり、腹を括れ。人として生きられただけでも有難いんじゃわ。こんな事、いちいち恩着せがましく言いたくないんじゃがな。お前が人間として生まれる事を認可してハンコを押したのはワシじゃ。つい昨日の事のように覚えとる。最近は、猫も杓子も人間にされるようになったから手に負えないけど、間違いなく人間に送られる魂はレベル下がっとる。この辺で一回、人間制度は廃止せにゃいかんな、やっぱり。割に合っとらんわ」


「ハーデース。さすがにそれはまだ待ってくれ。人間界はもうあとちょい伸ばしたい。最近はペナルティも出し過ぎだ、これ以上罪のない犠牲は出さない方が」


「ああ。この議論はまた別の機会にせにゃならんな。ここだと話しが長くなりすぎる」


「ってかハーデース、いつも審議が長いっつってんだろうが、早くしろよ! お蔭で作業効率悪化しっ放し、ノルマどころか最低限の納期すら守れない奴が多発してんのはアンタのせいでもあるんだよ! 末端の死神の頭数が足りてないのに効率妨げられたらたまらんのよホンマに!」


「おうおう。すまん」


「どうして冥府までブラック企業化しなきゃいけないのか、誰か説明してほしいくらいだわ」


「どうどう。すまんすまん」


「だいたい神っぽい口を利いてるつもりだろうけど、女々しく韓国ドラマなんか観てる時点で威厳も糞も無いからな?」


 ハーデースは顔を赤らめ、上半身ごとこちらを振り向いた。


「な!? バッ、この小娘! 人の趣味に口出しするか! 新人で女子だからと多めに見ておったらけしからん! ちょっとこれは見過ごせやん。おい老人!」


「はっ、はいっ」


「単刀直入に聞く。貴様は浮気を後悔しているか」


 男をビシっと指差す。


「……そ、それにつきましては、御許しを頂きたいと思っております、あの時は仕事のストレスに息子の」「後悔はしているのかぁ!?」「ひぎっ」


 うるっさい、声でっかい。

 あ、ポチが逃げ出してきた。

 男の魂はしばらく硬直していたが、なんとか声を振り絞る。


「こ、後悔……します……」


 それを聞き届けると、何か納得したように数回、深くうなずいた。

 目は据わっている。


「……ん、ん。それで結構。ライ、この者を極楽へ送りなさい」と言って、生績表にハンコをどすんと、まるで閉廷を告げるギャベルのように押した。


 予想外の言葉にアタシも男も固まった。

 そんなにあっさりと、赦しを安売りか? 

 不景気だからってプライドだけは安売りしないでおくれ最高神よ……。


「な、なぜ? 理念はどうしたよ?」


 ハーデースは、人差し指でくるくると円を描きながら(かぶり)を振る。


「あぁ~いかんいかん。ライ、もう気にしてはいかん。人間というのは心が資本じゃ。心さえあれば、死後の世界では何とでもやっていける。もうこの者は心の浄化が成されただろう。いいから、極楽へ通しなさい。お前の仕事は、ワシに口出しする事じゃないはずじゃ」

 

 そこには、ハーデースの私情もたっぷりと詰まっていた。目で分かる。

 変に人情味があるから、扱いづらい上司だよ。一度決めたら譲らないから、もうこの目付きになったら何を言っても無駄なのは経験から学んだよ。


「……へいへい、分かったよ。さぁ、良かったなエロじじい。こっち来な」


 アタシはスマートに対応し、男を呼び寄せた。するとそれを合図に、うって変わって犬のように纏わりついてくるのだから辟易する。


「ああああありがとうございます! ありがとうございます! ありがとうございます! ああよかった、感謝しますよ! 本当にありがとう! ありがとうございます!」


 うおお、なんか怖いおおお!


「か、勘違いすんなよ気持ち悪い! アタシが許した訳じゃない、主神の御好意だ! 礼ならあの人に言いな、ほら」


「はい、あ、あの、ありがとうございます、主神様!」


「ん、ん」


 目を閉じたまま、手をさっさっと振った。

 主神ハーデースは人柄に問題は無いが、如何せん融通が利かないというか、締まり所がおかしいというか……どうもこう、気まぐれで参る。

 こういうタイプは職人気質っていうのがオトナの礼儀らしいけど、はっきり言ってめんどくさいんだよね、下の者は。

 マニュアルもないわけだし。

 

 だけど……どうも憎めないね。

 これでもアタシの雇い主だし、上司だし、何より、死の大権者だから。逆らっても逆らいきれないのはわかってる。

 そんな事、態度に出してしおらしくなっちまったらお終いだけどさ。

 折り合い付けないとね、生きてた時みたいに。


 もおホンマに笑えんくらいに草。

 


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