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「まったくもう、大失態じゃ。死んだ者は絶対に生き返らんという鉄則を初めて曲げてしもうた。帳尻合わせにどんだけ手間取った事か。ほんとうにも~、勘弁してくれ~ワシ過労死しちゃうよ~こんなの神も仏も無いよもう、鬼畜だわこんなの~あぁもう神さま、ほんともう、ひ~」


「ちゅちゅちゅちゅちゅ、お苦しみの所に酷なお言葉ですが主神、今回の事は完全に見込みの甘さが引き金かと。天に向かって吐いた唾が見事にブーメランですぜゴッドファーザー。ちゅちゅちゅちゅちゅ」


「あ~もう、知らん! 知らん! ワシは悪くない! なんじゃもう、ワシだってそりゃ、生き返りたいなら生き返るのにい~あ~もうイライラする! このイライラはどこにぶつけりゃええんじゃ!」


「ちゅちゅちゅちゅちゅ、主神の席に座っていても所詮はみんな、元・人間。いいですぜ、今夜は付き合いますぜ主神。飲みましょ飲みましょ。今日ぐらいいいでしょう」


「そうしようか。すまんなケルベロス。ワシってそもそも、神様向いてないかもしらん。泣いちゃおかなもう、ちょっと泣こうかな、うん、ねえ」


「ちゅちゅちゅ。同感。ちゅちゅちゅ」


「って、ちょっと待て」


「んん……?」


「今回、あのミオって女の子が生き返ってしまったという事はこれ、もしかして復活の神とか新しく選任したりポストを創ったりせにゃいかんのと違うか?」


「あ~。あるかもあるかも」


「あ~って、おま、他人事かってか、え~もう。めんどくさ、最悪! ファック! 死後の世界マジファ~~~~~~~ック!」



          **********





「未来!」

 

 女の人の声がする。


「おい、おい! 未来!」


 男の人の声も。


 目を開けると、懐かしい、見知った顔がアタシを覗き込んでいた。

ものすごくこう、圧というか期待感みたいなのが全身に伝わってくる。ついでに、その二人は泣き顔だった。悲しい涙ではなく、感動、悦びの涙を流している顔だというのは、なぜかすぐに分かった。


「よかった……未来、よかった……よかった……」


 女の人はアタシの名前を呼び、何度も同じ言葉を繰り返していた。


「よく……戻ってきてくれたな」


 男の人は言葉は少ないけれど、アタシの手を強く握ったまま、ずーっと離さなかった。ガシガシした、温かい手。


「お父さん、お母さん……」


 自分の中のどこかの電気が、久しぶりに灯った気がする。


 普通の十代の女の子として当たり前にある、家族への渇望。そして剥き出しの不安感。

 頼りない希望と、確かに今、自分がここに存在しているという淡い実感。


 もう、とっくに忘れかけていたそれらの圧倒的な物理的実感が、怒涛の如く五感を通して流れ込んでくる。


 懐かしくて、新鮮だった。


「アタシ、どうなったの」自分がどうやら病院にいるらしいことは、傍らにある医療機器や点滴のバッグで理解できた。


「あなたね、救急車でここに運ばれたの。ダメよ自分で死んじゃ……風子ちゃんが見つけてくれなきゃ今頃……」


 風子。あの子か。


 懐かしい。元気かな。


「ごめんな、お父さんがもっとしっかりしなきゃな、あんな事するまで追い詰められてたなんて気付けなくて本当にごめん。ここからやり直そう、お父さんも頑張るから、未来ももう一回だけ頑張ってみてくれ。一緒に生きていこう。お父さん諦めないからさ」


 この人の泣き顔とこんなにたくさん、穏やかに喋るの見たの初めてだ。


 アタシは目を閉じて、そのどちらに対しても「そうだね」と言った。





 三日間の療養ののち、退院して自分の部屋でようやくホッと一息ついた。


 どうやら自分は一命を取り留めたようで、医者もあとほんの一分でも処置が遅れていたら取り返しのつかない事になっていたと繰り返し、言っていた。

 

 現場検証をした警察の人は、こんな頑丈な麻の紐が、何かに噛まれたように自然に切れる事は考えられない、神がかり的な偶然が働いたとしか思えないと言っていた。

 

 また、健介がアタシの親に謝りに行っていた事などは、全く無かった事のように誰も覚えておらず、それは事実として存在しない事になっていた。

 あれは、きっと、自分が死んだら事実として確定した、仮の現実なんだと思う事にした。よくわからないけど、生地をこねて寝かせてからオーブンで焼くのが現実だとしたら、アタシがあの時に直面していたのはまだ未確定の、生焼けの状態だったということだ。


 そして、今、死んだはずの自分が生きているこの状態も、もしかしたら本当の世界ではない、どこか異世界に迷い込んでいるのではないかと思う事もあるが、それはそれで、楽しんでしまえたら勝ちのような気がしている。


 なんだか、以前より細かい事に執着しなくなった気がする。

 以前よりも、おおらかでドンと構えられるようになった気がする。



「やっぱ夢、だったのかなあ~……」


 ベッドで二時間ほどひと眠りした後、天井を見つめて納得しようとする。


「あるわけないよね、死後にあんなこと」


 物凄いリアルで中身が濃くてリアリティのある夢だったな。死ぬって怖い事なんだって思わせてくれようとしたのかな。神様が。


 ベッドから下りる。


「なにこれ?」


 何枚かの黒い羽が、枕元に置かれていて、それがアタシが立ち上がった衝撃でバサバサッと床に落ちて散らばった。


 カラスのように真っ黒で艶があって、それでいてカラスの羽より大きい。その羽の中に、ガサガサした厚紙みたいな紙が挟まってた。


「パルプ? パピルス?」


 見覚えがある。

 拾い上げて、折りたたまれたそれを開くと、エメラルドグリーンの綺麗な文字が浮かび上がった。


『一回キリの人生 己に誇れるようにやれ 

 まずは自信 次に自信 もう一つ自信を持って 最後に優しさを持て

                           また審議台で会おうぞ  

                               主神・ハーデース』



 体中に鳥肌が立った。


 風なんて吹いていないのに、羽たちが舞い上がり、渦を巻いてアタシの周りをぐるぐると飛び回ったあと、そっと床に落ちた。


 パピルスは、端から燃えるようにしてアタシの手の中で消えていった。手の中に残るガサガサとした感触が、いつまでも消えず、アタシはそのままそこに立ち尽くした。





          **********




「っていうのが、アタシが死神系YouTuberとして動画配信を始めようと思ったきっかけでした~!」


「長かったね~。ボリュームすっご!! もうこれ、映画だよ。大作だよ」


「まあね。でも全部ほんとの話だから。これ、疑ってる人いるかもだけど本当です。そのあと、私とたまたま再会した時はもうお互い生き別れた兄弟と会ったみたく、その場で人目もはばからずに抱き合って号泣しちゃったくらいなんだよね~!」


「そうだったね、バイト始めた時、初日に先輩として紹介されたのがミオだったもんね!今思い出しても本当に泣きそう。皆さん、この世には説明がつかない事が幾つかあると思うんですけど、まだ十七歳のアタシたちでも口を揃えて言える事があります。それは、神様は本当にいるということ。八回に渡ってお届けした、アタシとミオの出会いの秘密と、アタシが命を大事にしようと思ったきっかけでした。ご視聴ありがとうございます。良かったらチャンネル登録の方、よろしくお願いします! これからもミオとライをよろしくね~! ばいばい~!」


 アタシはカメラとマイクのスイッチを切った。そして、死神のコスプレ衣装を脱ぎ、スキニーとTシャツに着替える。

 パソコンをシャットダウンしたミオと目が合う。お互いに、にっこりと笑った。


「お疲れ。それじゃ、今から遅番、頑張ろっか、未来!」

「うん、ご指導よろしくね、美織(みおり)


 その時、スマホの通知が鳴った。健介と、風子。


「あちゃー、まさかの同時にご飯のお誘いって。神のいたずらかなこれ」


「あの二人、自分たちが私たちと同じように生かしてもらえた側だって気付いてるのかな?」

 美織は少し心配そうに言った。


「さあね、死神の職に就いてまだ浅かった健介と、普通に渡冥手続きを受けた風子じゃ貰える情報の質は違うだろうし」

「そっか」と八重歯を覗かせてほほ笑んだ美織の笑顔が、カコイチ、綺麗だった。

「それに、あっちから話題を振ってこない限り、今回の事、触れるつもりも無いし」

「そうだね。それがいいよ。賢い」


 美織は、ただにっこりと笑ってそう言うだけだった。




 アタシはお気に入りの黒い羽が飾りとして付いたバッグを持って、美織と一緒に部屋を出た。

 玄関を出てから、「あ、いちおう傘、持ってこ」と思い出し、赤い傘を手に取って戸に鍵をかけた。少し曲がってるけど、気に入ってる傘。


「バイト終わったらカラオケでも行く?」と誘うと、美織は思い出したようにハッとして、「ごめん、今日の夜九時から取材入ってるんだ」と両手を合わせた。

「ああ、先週言ってたニュースの?」

「そうそう。私の遺体は医学の勉強用にって、献体として自分が通ってる大学の安置所に運ばれたんだけど、そこで目覚めたからニュースバリューありありなんだろうね。仮にも一回は医者に死亡宣告された身だから、いちおう生き返ったって事になるしさ。暫くの間は有名人かもね、それこそ四十九日間くらいは」

「忙しいね。学業、動画配信、バイト、メディア。アタシなら過労でまた死ぬ自信あるわ。そんであのジジイにまたごちゃごちゃ突っ込まれんの」



 お互いに、爆笑した。



「でも私はこの方が、生きてるって感じがして、好き」という横顔がかっこよかった。

「そうか。そうだね」


 木々の葉っぱの上で丸まった雫が、コロコロと流れて綺麗だ。

「ねえ未来」

「ん?」

「今度さ、未来の彼氏に会わせてよ」

「ん~。ダメ」

「ええ!? なんで!?」

「彼氏の為に」

「どういう意味? な~ん~で~!」

「美織に目移りされるから」

「どういうことそれ。ええ~いけず~」


 雨上がりの町の空気、初夏の湿気の多い空気とムッとするほど高い気温、アスファルトからくる蒸されるような熱気。


 アタシは歩きながら思い切り深呼吸した。



 …………………………アタシは、生きる。


 …………………………アタシは、生きている。


 …………………………アタシは、生きていく。

           

 …………………………生きよう。



 いつか、本当に胸を張って審議台に立つことができる、その日までね。





          (了)





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