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「これが、ワシの今回のおしごと」と、ムカつくドヤ顔をしてみせた。


 深刻そうな顔ばかりみてきたので、主神の明るい表情はすごく新鮮味があった。


「騙してたの? え? なに? ドッキリの類? じゃああの、風子は?」


 アタシは頭が混乱して、まだあたふたしている。その様子をポチと主神は顔を見合わせておかしそうに笑った。そこには、まるで親のような温かみが滲んでいた。


「いやぁ、地上であまりにも自殺者が多いんでな、今回はじめてこの施策を打ち出すことにしたワケなんじゃよ。ちょっとサプライズになって悪かったな、でもそれがこのプロジェクトの神髄じゃから。先に背景を明かしたらまるで意味がなくてな」


「でも、でも……なんで自殺した人の中からアタシが選ばれたわけ? 死んじゃったのに……他にも自殺志願者は大勢いるのに、その理由をもっとちゃんと知りたい」


「お前は自殺してないぞ」主神は真顔で即答だった。

 アタシは思わずきょとんとして言葉を失い、主神の顔をまじまじと見つめてしまう。


「いや、アタシ……どういうこと? 自殺したよ、死んだよアタシは」


「んん?……さっきの映像観て、何か気付かんかったか?」


 逆に主神の方が不思議そうにしているのだからもうダメだ。遊ばれてる。お手上げ。


「わかんないよ」


「……お前、自分の意思で死んでないじゃろうが。足が滑っただけ、これだと映像鑑定で未遂判定になるんじゃわ。悪いけどさ」


 映像鑑定とかどこの連邦捜査局。


「……未遂?」


「ああ。さらにもっと言うとおまえ、実は死んでないぞ。今のおまえ、現世で昏睡状態で意識不明なんじゃ。まだギリギリ、現世に籍を置いとる状態じゃ。じゃけど自殺をしようとしたから、今回のこのプログラムに適用すれば更生すると見込んだ、それだけの事じゃ」


「じゃあ、アタシは事実上、あるいは医学上はまだ生きてるってこと?」


「そう。ケンも、さっきのお前のお友達もまだ生きとる。魂だけちょっと借りとる。ただどうしてかな、揃いも揃って希死念慮なんて持ってからに、どうしようもないからこうするしかなかった、という事じゃなあ」


 主神の言葉は、半分しか頭の中に着地してこなかったが、自分の巣に帰ってみると、何かとても落ち着いてなんていられず、同じ場所を言ったり来たり。


 

 一人ではとても対処しきれない。また気の赴くままにミオの家に向かった。





 自分は死んでいない? 


 そんなはずないっしょ。


 じゃあ、この今、翼で飛んでいるこの感覚はなんだ、夢か?


 夢にしてはリアル過ぎる、だって感覚もしっかりとあるんだもん、こんなのおかしいよ。



「ミオ? いるの?」


 暗い穴倉に向かって呼びかける。


「ちょっと遊びにき」「動かないで」


 ミオの鋭い声に、身体が硬直する。


「な、な」アタシは度肝を抜かれた。目の前の岩に写ったミオの影、それは一杯に引き絞った弓をアタシに向けている姿。




 ――撃たれる――




「ミオ、ねえ、これってなんのつもり……?」


 思わず両手を胸位の高さに上げて固まりながら、なんとか問いかけてみる。


「動かないで。じっとして。大丈夫だから、痛くないから」


 いやいや問題はそこじゃなくてさ姉さん。なんでこんなカオスな状況になってるのか教えて頂戴なワケよ! プリーズテルミーなワケよ!


「なに、してるの? これも遊びの一環?」


「喋らないで! 絶対に外す訳にはいかないから!」


 鬼気迫るミオの声色に、これはまずいと本能が叫ぶ。


 岩の陰から、弓を番えたミオが摺足で現れた。


 その瞬間、アタシは上体を捻って彼女に飛び掛かった。照準が狂った矢は、弦の勢いを存分に受けて勢いよく虚空に放たれ、壁や天井に乱反射する。


「ああ!!」

「な、なにを……するの……ミオ!」


 アタシはミオの両腕を掴み、渾身の力で制止する。いつもの犬の顔ではなく、人間の顔、彼女そのものの顔が苦痛に歪む。


「ダメ! ライの為なんだから、やめて! 放して! こら!」


 彼女も必死に抵抗する。向こうの方が身体は大きいが、力ではこっちも負けてはいない。


「何がアタシのためなのか説明してよ! 殺そうとしてたでしょ! 弓矢なんか使ってさ、何のつもり!?」


「ハーデースさんに頼まれて! 仕方なく! 一回しか出来ないから! お願い!」


 ミオがあの主神に何を依頼されたんだろう。


 とにもかくにも、武器を向けられて穏便にしていられるわけがないでしょう。


「アタシのこと、裏切るわけ? ずっと仲良くしてたのに!!」


「ち、が、う……」


 ミオがアタシの脚を蹴った。


 バランスを崩し、うつ伏せに床に叩きつけられる。

 その隙に弓を拾い上げたミオはまた矢をつがえて引き絞り、アタシに放った。床を転がってそれを避ける。岩に跳ね返った弓が闇の中で狂暴な音だけ響かせて飛び回る。


「逃げないで! 大丈夫だから! ライ!」


 いや、そんなもの向けられて平静を保てませんってば! ミオはこちらを追っては放った矢を拾っては何度も放ち、アタシはひたすらそれを避ける。物陰に隠れ、そっと相手の位置を探ろうとした時、目の前に居た。

 困惑と覚悟と悲しみを、それぞれ同じくらいの割合で滲ませた、美しくも厳しい顔の美女が、アタシに矢を向ける。


「あ」「あっ!」


 お互いに目が合い、一瞬、時が止まった後に、矢が放たれた。矢はアタシの顔のすぐ脇をかすめて髪を少しばかり切り落とし、有り余る勢いで岩肌に何度もぶつかって進行方向を変え、そして――


 背後からアタシを射抜き、胸を貫通した矢はミオの胸に思い切り突き立った。


「あ……ミ……ミオ……あが」


 衝撃が凄まじく、その場に崩れ落ちる。

 何がどうなっているのか、さっぱりだ。

 ミオはアタシをキッと見据えたまま、二人向かい合った形でその場に崩れた。


「ど、ど、どうして? ミオ、こ、こんな、なにが……」

 言葉にならないしもうめちゃくちゃでぐちゃぐちゃだ。ミオも苦しそうに喘ぎながらも、こちらに何か言おうとしている。


「あ……ありとっ」と聞こえた。


「え、何?」


「りとっとあ、ありがと」


 痙攣しながらなんとか形になった言葉。


「ええっ? ありがとう? なんで?」


 反撃されて自分も撃たれて何を血迷った事を言っているのか。


「私……生きう……いき、い、る……わえ」


 体全体が激しく震えているミオは舌を噛み切りそうになって、それでも何かを話そうとする。


 そのとき、急に鼻を突く刺激臭がし始めた。「おかしい……なんで」


 人間の匂い。


 臭いの元は――ミオだ。


 なぜ? ミオは神の一員、審議を済ませたから人間の匂いなんて……。


 ミオの輪郭がブレていく。犬の顔と、ミオの人間の顔、そして格好も、ごく普通の人間の服装の姿が、残像のように時折、その姿に重なった。

 薄ピンクのパーカーにデニムのボトム。これは、もしかして、ミオの生前の姿なの?


「み、ミオ、聞こえてる? アタシのことわかる?」


「ら……あ、え、……へ」


 ミオの周辺にノイズが走っているように雑音が響き渡り、変な紫と緑の稲妻のようなものがしきりに明滅する。アタシはどうしたらいいかわからず、ただただその姿を凝視していた。


「あれ、涙……」


 掠れていくミオの顔から確かに、涙が落ちた。死んでいるアタシたちに涙なんて、そんなの、ありえないのに……。



 ――ライ、あの公園で会おう――



 鳥肌が立った。

 頭の中に直接伝わってくるようにして、いきなり、何のノイズもないクリアな、いつものミオの綺麗な声でそう囁かれた。


「ミオ、ミオ! ねえどうなっちゃうの! ミオォ!」


 ミオの姿が激しい光に包まれて完全に消え去り、後にはただの暗闇と静寂が立ち篭めた。

 アタシの体は冷たい岩の上に横臥している。矢はアタシを貫いたまま。


「ミオ、死んじゃったの……?」


 ここでの死というのは何を以てして死なのか?

 


 冥界でも、その現実の中から居なくなればそれは死と言ってもいいのではないか。死後の世界では、生きている側こそ死。



「ミオ……あれ、待て……」



 急に凄まじい頭痛と吐き気、眩暈、寒気が津波のように襲ってきた。

 突然過ぎて、思わずその場にうずくまる。腰に差していた鎌の鞘が外れ、刃が剥き出しになって脇腹を少し切った。



 

 あまりの苦しさに声も出せず、アタシはそのまま気を失った。






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