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……聞こえる?

 これ聞こえてる? おけ?


 オッケー。

 さあ始めるよ。ちゃんとメモしてってね?

 よーし……どこから話そうかな。


 えっと。

 例えば、自分が首を吊る瞬間を今か今かと誰かに待ち構えられてる場面。

 想像してみてよ?

 でけた?


 そしてそんな最期を自分で選んだ身にもなってみて?


 どう?



 胃もたれしそうでしょ?





 っというわけで~、人生観が変わる授業の時間がやって参ったわけですね。


 はい。



 まず始めに。


「別にこの人生もう終わったようなもんだし、さっさと自分の手で結論だした方がよくない? 自分の人生なんだから自分の手で終わらせたるわ!」


 はいこれ、アタシの最期の言葉です。

 メモった?


 錆びた鉄って、血と同じ匂いがするんですよ。

 自転車の荷台に立って、自分で木の太めの枝にこう、輪っかにして結んだ麻紐に首を通すとき、なんとなくそう思ったんですよね。



 なんか色々な事があって色々とどうでもよくなって首を吊ってみて人生終わらせてみたはいいけどさ……。


 聞いてないよ~って。



 死んでからも、仕事があるなんてさ~。


 人生なんて、結局どう転ぼうが生きている者勝ちだなんてさ。




 その後に気付くんですよね。  




 死んでから。生きてるってすごいなって。






 それじゃ、その辺をじっくり話していくよ~!

 




*     *     *     *     *



 そろそろ十五分が経つ頃かな。

 さっきからずーーーっとこうして見ている訳だけど、待ちぼうけは辛いね。


 そういや生きてた頃もしょっちゅう元カレに待たされてたわ。


 都合いい女。笑えよ。草。


 だけど今は何が辛いって、まず暇じゃないし、時間に追われているのだし、見ていて気持ちいいものでもないわけだし。

 三重苦もいいところだよ。クタクタよもう。


 ……いやあのさ、年齢の話じゃなくてな。三十九じゃなくてアタシ十七だから。

 てかつまらんツッコミさせるなよほんと。

 何の話だっけ。




 あ、自分しかいないのか。

 ボケたなこれは。めでたすぎる。草。





 あーあ…………社会神(しゃかいじん)ってほんとつらみ。




 むしろ、死んでからの方がストレスしかないってことを声を大にして言いたい今日この頃なわけよ今日この頃。



 つーか長くね?




 草。



 天然記念物二ホンオオクサハヤシってか何言ってんのワイ。




「いい加減に割り切れよ~。まどろっこしいなぁもう……」


 どれだけ足掻こうが、どれだけ泣こうが、上流から流れてくる結果、運命、定めは変わらないのだよ。

 祈りは通じないのだよ。原則。


 思春期前後で気づこうぜ、この世の無慈悲と過酷さに。


 へっへ。不条理最高。


 ムジッヒー伯爵だぜおぅいぇあ♪




 まずはそこに気付いてくれ、お願いだ。


 人生最後は潔くいこうよ。


 ね。


 まだ泣いてるの? 

 はよ。

 ……はよ。


 はよお!


 草。


 ……あ。



 ちょ、静かにせえ。



 空気が凍る。




「 ご臨終です 」



 きたぁ~!


 やっとだ。

 この時をずっと待ってたよジェントルチェリー?じゃないかボーイグランドファックファザースタースクリームコロッケ大福さん。


 もうなんでもええわ。


「お父さぁん……うぅぅぅう……」

「父さん!」

「あんた……」


 あ~もうこの遺族、ちょっとやめて、ダメ。

 それをされると、なかなか動き出せなくなるから。

 遺族遺族してくる遺族ほんと、迷惑なのマジで生理的に遺族なのもうとっても。


「お苦しみ無く旅立たれました。ご冥福をお祈り致します」

 ああもう、医者。この業界の一番の敵。


 あんたらは早くどっかいけ! 仕事の邪魔! 白衣の悪魔め!




 紆余曲折あり、ようやく静まり返った室内に、一人佇む。

 瞬きをしない、もう二度と乾く事もない眼球でソレ(・・)と向き合う。



 ――さて、と。


 ここから始まるアタシの仕事。



 かったるいことこの上なっしんぐ。

 

 医療スタッフや遺族が引き揚げ、静寂に包まれた暗い病室や霊安室、遺体安置所が、ギャラの安い場末のマイ・ステージだ。



「新鮮なうちに、頂きますっと」

 カラスやハイエナみたいだよね、自分ら。


 仕事道具の誘霊笛(ゆうれいぶえ)を取り出して、しっかりと吹き口をはめ込み、何度も練習した通りに上手く吹く。

 これを吹くと肉体に括り付けられた霊魂が理論融和を起こし、人魂として自由に浮遊する事が可能になる。

 この笛を吹けるのは自分らの他には一部の特例を受けた神々のみとされている。

 

 いえ~い特権かいきゅ~。草。



 仕組みは知らん。


 そんな事はどうでもいい。



 使えたらええねん。




 笛の音色に誘われ、埃っぽい霊魂が肉体から起き上がってきた。

 見て。これが、俗に言う幽体離脱。


 上手に魂を抜く為にある程度のコツが必要で、死神にもセンスや技術が求められるということは、生きている者の間では認知されていない衝撃の事実である。

 業界裏話とでも言うべきか。くれぐれもオフレコでお願いしておきたいポイントですなあ。


 笛を仕舞う。あとで舐めたいとか思ってるのもバレてるよ、そこのあんた。


 恭しいお辞儀を捧げる。


「お長い様でした。生涯期日を満了されましたので、お迎えに上がりました。……ほら、さっさとついて来な。モタモタしないでよ、忙しいんだから」


 もう何度目か分からない、この台詞を吐くのは。

 言い過ぎて逆に舌噛みそう。なんか一周回って言いづらい。


 分かる? バイトとかで同じセリフ言い続けてると、ある瞬間から急に言いづらくなる時あるんだよね、歯車が狂うみたいな。

 舌噛んだり唇の内側噛んだりじだんだ踏んだり歯が抜けたりね。

 噛んでも痛くないし、なんなら噛み切ってやってもいいんだけどね、この蛇みたいな不気味でキモイ舌なんか。


「お……ええ? お、あ、お迎え? ……あぁ、わたしって……いよいよ死んでしまった……って解釈でいいのですか……ね……?」


 男の魂は、素っ頓狂な声のあと、どもり気味に尋ねてきた。

 パニックを起こして暴れたり、急に感情的になる霊魂が多い中でこの男はまだ落ち着いている方だ。

 生前もたぶん、結構度胸を問われる仕事なり嫁なりに揉まれてきたタイプなのはこの時点で見分けられるようになってる。

 心臓に毛が生えてるってこういう人の事をいうんだろう。

 毛が生えててももうその心臓は止まってるからあんまり価値は無いんだけどさ。


 へっ。草。


「うんそうだよ。別にどうって事ないでしょ、死ぬ事自体は。どう? 痛かった? 酔った? きもちかった?」


 みんな、そう。


 死ぬ事自体はどうって事ない。


 ただ死ぬその瞬間までの過程、それ自体が問題なんだっす。

 ここテストに出るんでし。


「いや、えぇ~、あぁまあ、思ったよりすぅっと……かな。まぁしかし何と言えばいいのやら……大変気持ちが楽になるものですね、一回死んでみると。すいません、笑えてしまって。メメントモリもスナメリもへったくれもないなって。よく言いますよね、案ずるより産むが秋元康って。虫歯の怖さを和らげるなら、一度虫歯になるのがよい、とかって、ええ。まぁ~しかしおどろきました」


 ちょっと何言ってんのかわかんない。


「そー……だね。そうだね。うん。ねえおじいさん高卒でしょ。文の内容がなんか、なんかネジ留まってない感じする」


「いや、いちおう国立大の工学部の出身で院」「閑話休題」


 人差し指を突き立てて、びしっと。

 ちょっとやってみたかっただけ。


「……でも、なんだろ。死ぬ事は生きている間中ずっと怖いものだと思っていたのに、いざ体験してみると、こんなに清々しいなんて……こんな気持ち、どれだけ振りだろう。いや、本当に素晴らしい。初体験なのに、なぜか懐かしい感じがします」


 何を長広舌の演説してるんだか。


「へぇ、良かったじゃん。さ、早くして。ちゃんと離脱できてるかチェックは合格。悪いけどほんと忙しいんだわアタシら」


「あ、待ってその前に一つだけ。質問。あなたは一体、どちら様でしょうか?」


「あ~、やっぱ気になるよねそれ」


 ふっ。草。


 例外なく聞くよね、みんな。

 まぁイイさ。これが唯一、かっこつけられる機会な訳だし?

 アタシもオンナノコなんだからイイカッコさせてもらわなきゃ拗ねちゃうぞとか言ってみたりして?

 もう、しょーないな、ちょっとだけだぞ。

 笛と鎌をバトンのように軽く踊らせてから腰に差しこみ、せっかくだしちょっと気取ったポーズをしてーの、


「申し遅れました。アタシこそ冥政府の王、ならびに死の大権者・主神ハーデース、より命を受け貴方様をお迎え仕ったタナトス級死神・ライと申します」


 って。

 これ噛まずに言えるようになるまで三十回くらい練習したわし。

 たわし。


 なお一瞬、虎の威を借りる狐スキル発揮したの気付いた奴は有能。気付かんかった奴は以下伏字。

 

 草。





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