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同期の天女

【第8話】


 先輩天女たちと連れ立って向かった先は、花畑だった。


 黄金色をした太陽が色とりどりの花びらをぴかぴかと光らせ、幾百もの優しい花の香をのせた薫風が頬を撫でる、何度見ても夢のような場所だ。


散華(さんげ)というのは、天から花びらをまき、神々を讃えることですの」

「ああ、それ、なにか極楽絵図みたいので見たことがあるかもです」


 中央に神様が描かれたその頭上に、ぷかぷかと浮かぶ天女が蓮の花びらみたいのを上から振りまいているアレだ。

 想像したら、少しワクワクしてきた。


「まさに典型的な天女のお仕事という感じですね」

「ええ。ですが、南天のわたくしたちの役目はお花をたくさん集めることですの。お空を飛ぶのは、善見城(ぜんけんじょう)の方たちですわ」

「そうなんですね」


 ゆるい職場ながら役割が細分化されているらしい。

 この花畑が敷地のほとんどを占める南側に住む天女たちは、主に花関係の雑務を担っているのかもしれない。


「花を集めるのは、なにかやり方とかコツがあるんですか? たとえば、同じ色を揃えるとか」


 子供の頃に花を摘んで色水を作った記憶がよみがえり、ちょっと楽しくなってくる。

 しかし、柚有(ゆう)は瞳が見えなくなるほどまなじりを細めて笑う。


「大丈夫、難しいことはなにもありませんわ」


 ほら、と前方を示されて顔を上げる。

 花畑では、すでに先に到着した天女たちが花かごを手にしてぷかぷかと飛んでいた。

 どういうからくりなのか、彼女たちが浮遊するたび、花びらが上空に舞い上がり、自然とかごに収められていく。


 誰一人、手をふれずに。


 花は一人でに芽を出し咲くのだと聞いたが、花びらもまた、一人でに摘まれてかごをいっぱいにしていたのだった。


「えっ、もしかしてまた、なにもしなくていい系!?」


 思わず声を上げると、柚有は無邪気な笑みを返してくる。


「はい、咲千さまの分」


 地面に置いてあった花かごを取り上げ、渡してきた。

 咲千(さち)が受け取ったとたん、近くの花がふわっと舞って、勝手にかごへ収まる。


(マジもんのスローライフだわ、これ……)


 つくづく天女とは、労働と無縁な生き物らしい。


「楽ですけど、ちょっと拍子抜けしちゃいますね」


 正直なところを告げたときだった。

 背後に新たな天女が現れる。


「あら、あなた、新入りの方?」


 振り向けば、咲千や柚有よりも若干年上に見える美しい天女がいた。


(あれ? なんか少し違和感……)


 つい、じっと見つめてしまう。

 全体的には華奢なのに胸もとは豊かで、腰回りのくびれが綺麗で、言うなれば官能的な肢体の持ち主だった。

 決していやらしいものではなく、むしろ上品な佇まいなのだが、なんとなくそわそわしてしまうというか、どきっとさせられる身体つきをしている。

 柚有を始め南天の天女たちは皆一様に美しいが、どこか浮世離れした雰囲気を持っていて、儚い空気感がある。

 そのため、肉感的な彼女の存在は際立って見えた。


「はい。咲千です。昨日こちらへ来たばかりで」

「そうなの! わたくしも最近来たばかりなのよ。(きん)というの。よろしくね」


(同期さん発見!)


 同時期の転生者と聞いて、親近感がわいた。


「よろしくお願いします、琴さま」

「まああ、『さま』なんて堅苦しい。琴で構わなくてよ」


 ずいっと身を乗り出してきたかと思えば、両手を握られる。

 勢いで、腕にかけていた花かごから花びらが少しこぼれた。


「あなたのこと、咲千と呼ばせてもらうから」

(ずいぶん押しが強い人だな……)


 穏やかすぎる柚有たちとは違う。

 天女歴の長さの違いなのだろうか。

 戸惑っていれば、琴はさらに距離を詰めてくる。


「ねえ、咲千。わたくし、あなたが気に入っちゃった。一緒に善見城へ行かない?」

「へ」


 たしかそこは、帝釈天(たいしゃくてん)とかいう偉い神様が住む城ではなかったか。


「これから散華っていう面白いことをするのよ。ここで花びらを集めるだけのゆるい仕事なんてやってらんないって、さっきつぶやいていたでしょう?」

「いっ、言ってませんよ!」


 あわあわしながら、自らの失言を顧みる。

 たしかに『拍子抜け』とは言ったが、スローライフが嫌だなんて一言も言っていないし、むしろ望んでいる。


「わたしは現状に十分満足しているので……」

「あら、新人なら後学のために一度は見学しておくべきよ。ねえ、先輩さん。連れていいでしょう? どうせ人手なんていらないんだし」


 話を振られて、柚有は戸惑いに眉をひそめた。


「わたくしからはなんとも……」

「ほら、先輩もいいって言ってるし、行くわよ。そーれ!」


 腕を摑まれたと思ったら、次の瞬間には空を飛んでいた。

 琴に引っ張られて、ぐんぐんと丘を登っていかされる。


「困ります、わたしは持ち場にいないと」

「あそこでなにをするつもりだったの? もっとやりがいのある仕事を探しましょうよ」

(向上心の塊みたいなこと言われた……!)


 彼女みたいな前向きなタイプは、社畜の適性があると思う。

 だが、咲千はもう社畜時代とはおさらばしたいのだ――!


「今の仕事もわからないうちに新しいことなんて、分不相応だと思うんです」

「弱気な発言は慎みなさいって。まずは挑戦するのが大事よ。特に新人はね」


 なのに、こうやって理論封じをされると、反論できない。


 飛ぶのは二日目でまだふらついてしまう咲千を、琴は慣れた手つきで導いてくれる。

 彼女も新入りのはずなのに、とてもそうは見えないくらい堂々としている。


「善見城は須弥山(しゅみせん)の山頂にあるの。少し高くまで飛ばなきゃいけないから、頑張って」

(え~ん、この世界にも『頑張る』って概念があったなんて……)


 心の中で泣き言を言いつつも、逆らえない根っからの社畜だった。


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★新連載はじめました★
『見た目は聖女、中身が悪女のオルテンシア』

↓あさたねこの完結小説です↓
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↓短編小説はこちら↓
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