↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/52

うさぎ

【第44話】


 ……こんな、修羅場なのかなんなのかよくわからない状況に、足音が近づいてきた。

 大きな足音と、それを追ってくるような複数の足音がする。


 最初に姿を見せたのは、多聞天(たもんてん)だった。


「主!」


 彼は駆けてくるなり、咲千(さち)を認めて目を見開く。


「シャチさん、ここにいたのですか!? 探しましたよ」

「ごめんなさい。あの、柚有(ゆう)さまたちは?」

「増長(ぞうじょう)が連れて先に脱出しました」


 咲千を抱いていた帝釈天の腕が離れる。

 彼は多聞天に冷ややかなまなざしを送った。


「多聞、お前覚えていろよ」


 なにやらひどくお怒りのようだ。

 多聞天は立派な身体をびくりとすくませる。


「シャチさんを囮に使ったこと、心よりお詫び申し上げます。ですがお叱りはのちほど。魔人障(まじんしょう)の軍勢がこちらへ向かっております。お逃げください」


 後から追ってくる複数の足音は、どうやら敵の集団らしかった。

 それは徐々に近づいてくる。


(嘘、どうするの? 囲まれる)


 相当な数がいそうだ。


「ここまでのようだな、外道天」


 自力でようやく拘束を解いたらしい阿修羅王が、口の端に笑みをたたえる。


「舎脂(しゃし)を渡すのならば、見逃してやってもいいぞ」

(え……)


 帝釈天は阿修羅王の言葉に眼光を鋭くした。 

 無言で右手を掲げる。攻撃の姿勢だ。


 せっかく引いてくれる気になっていたのに。

 これでは、また堂々巡りだ。


(流れを変えることはできないの?)


「主、あとはわたしに任せてお逃げください」


 多聞天の言葉にも、帝釈天は耳を貸さない。


「お前がシャチを連れて先に行け。俺はこいつを倒す」


 両手にばちばちと稲妻を蓄え、帝釈天は咲千に背を向ける。

 その向こうには、とうとう軍勢が現れる。


「追いつめたぞ」

「あれは、阿修羅王さま!」

「手柄を上げるのだ」


 王の姿を見た軍勢は鼓舞して勢いを増す。

 たとえ阿修羅王が改心して止めたとしても、話を聞くような状態ではなかった。


「多聞、行け!」

「シャチさん、私が血路を開きますのでついてきてください!」

「だめっ」


 多聞天の背中を止める。

 彼は振り向き、気が急いたような早口で言った。


「心配でしょうが主はお強い。阿修羅王との力の差は歴然としています。すぐに阿修羅王を倒して追ってこられます」

「違うの、倒したらだめなんだってば!」


 また同じ繰り返しになってしまう。


(どうすればいい? どうすれば。考えなきゃ)


 時間がない。

 今すぐ行動に移さなければならない。


(なにか流れをかえるもの。神サマたちの輪廻を変えるほどの、なにか)


 ふと、頭の中に昔話が浮かんだ。


 神サマが、飢えた老人の姿で森をさまよっていて、森の動物たちは彼に食べ物を取ってきて渡した。

 だが、うさぎだけはなにも獲物を見つけられなかった。そこでうさぎは、神サマの焚火に飛び込んで、自分を食べてと言った――うろ覚えだが、そんな話。

 うさぎはその後、感動した神サマによって月に住むようになる。


(捨て身で飛び出せば、小さなうさぎだって運命を変えられる)


「社畜、行きます」


 小さくつぶやいて自らを励ますなり、魔人障の軍勢の前へ飛び出した。

 両手を大きく広げ、出来うる限りの大声を上げる。


「ストーーーーーーーーーーーーップ!!」


 そのときだった。

 胸に、灼けるような熱が生まれた。

 冷えた体のど真ん中に生まれた炎が、ぶわっと広がり、咲千の十本の手指の先から発せられ、放射線状になって光線を放つ。


「うわぁぁぁぁ!」

「まぶしい!」


 魔人障たちは目を覆い、床に伏す。


(なにこれ、わたし、人間兵器!?)


 驚きのあまり両手をばたばたをさせる。

 すると光がじぐざぐに折れて、あちこちをまぶしく照らした。

 意図せず攻撃力が増してしまう。


「シャチ!」


 慌てた様子で帝釈天が背後から抱き寄せてきた。

 彼の大きな手が、前に回り――両手でむんずと柔らかい双丘を摑んでくる。


「え?」

「あ。わざとではない」


 人間兵器はぐぎぎと軋んだ音を立てながら、首を真下へやって自分の胸を見る。

 そこは、帝釈天の手にすっぽりと包まれていた。


「へあきゃああぁぁぁっ」


 喉の奥からとんでもない嬌声が漏れた。

 だが同時に気づく。

 咲千の身体から発せられていた光が消えた。

 どうやら胸に提げていた帝釈天のペンダントが成せるわざだったようで、彼はそれを止めようと上から押さえつけてきただけなのだった。


「今のうちに脱出するぞ」

「承知」


 咲千が取り乱しているのを尻目に、帝釈天と多聞天は示し合わす。

 二柱の神に両側から抱えられるようにして、咲千は阿修羅界を脱出したのだった。




 次にぽっかりと目を開けたとき――。

 周囲は一面の花畑だった。


(ここは……南天?)


 頭上には抜けるほど青い空。小鳥が飛び、柔らかな花びらが舞う。

 起き上がろうとして、すぐ真隣に誰かの存在を感じた。

 びくっと身を引いてそちらを確認する。


 帝釈天が、涅槃像のような格好で添い寝していた。


「シャチ、気づいたか」

(どういう状況!?)


 たしか阿修羅界から帰ってきて……、と思うが、なぜか咲千にその記憶はない。


「お前はその身にかなりの穢れを受けていた。休息が必要だ」

「それで、ここで寝かされていたのですか?」


(花畑で?)


 ちょっとよくわからない。

 帝釈天は大げさに息をつく。呆れた、とばかりだ。


「俺の寝室に運ぶと言ったら、多聞や増長にだめだと言われた」


 おお神よ。


(多聞天さま、増長天さま、ありがとう)


 おかげで咲千は貞操を守れました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
------------------------------------------------------------------------------
★新連載はじめました★
『見た目は聖女、中身が悪女のオルテンシア』

↓あさたねこの完結小説です↓
『後宮恋恋』

↓短編小説はこちら↓
『聖女のわたくしと婚約破棄して妹と結婚する? かまいませんが、国の命運が尽きませんか?』

------------------------------------------------------------------------------
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。