社畜魂
【第23話】
毎朝の散華。
その後はなにかと声をかけられて殊勝院へ呼ばれ、帝釈天と過ごす。
そして夜になると宴の席で、またも近くに侍って神々の話に耳を傾ける。
そんな咲千の平和(?)な日々が、しばらく続いたある日――。
(……今日は呼び出しがかからないわね)
散華が済んだあと、特に帝釈天から呼ばれもせず、咲千は金色の光射す廊下でたたずんでいた。
窓の外では、極彩色の羽衣を風になびかせた数人の天女が輪になっておしゃべりに興じている。
散華の残りの花びらがふわふわ舞う中を、優しく旋回しながら飛び遊んでいる子もいる。
(穏やかで、イメージのままの天国って感じだな……)
あくびがこみあげてきたそのとき、背後から肩を叩かれる。
「っ」
「やあだ、どうしたの。そんなに目を丸くして」
後ろに立っていたのは、真っ赤な唇が印象的な琴だった。
「わあ、久しぶりですね」
「話すのはね。あなたは目立つから、わたくしのほうは何度も見かけていたのよ」
「気づかなくてすみません。今度は声をかけてくださいね」
「うーん、でも、お邪魔しちゃ申し訳ないし……」
「邪魔って?」
ぽかんとして首を傾げると、琴はぽっと頬を赤くして言う。
「お偉い神サマたちとベタベタしているから」
「ギョワー」
思わず変な声が出てしまった。
天女たちは神々がなにをしていようが無関心なのかと思っていたが、琴はばっちり見て、気にしていたようだった。
(もしかして同室のみんなも気をつかって言ってこないだけだったの? ねえ?)
誰に問いかけるでもなく、心の中で訴えかける。
帝釈天と日がな一緒に過ごすのが日常となりつつあるのを、改めて周囲から指摘されてしまった。
ものすごく恥ずかしい。
「ところで、あいつは今日は留守なの?」
「あいつって……」
「鬼畜なあいつよ」
(私以外にも帝釈天さまの鬼畜ぶりを理解する人がここに……!)
妙な感動を胸に覚えながら答える。
「わかりませんが、毎日お忙しいみたいですよ」
「普段はなにをしているの? 戦の腕でも磨いているとか?」
「それは見たことないですねえ……」
「じゃあなに? まさかずうっとラブラブしてくるの? あなた大丈夫?」
「ぶはっ」
あからさまに動揺してしまう。
(そりゃ、膝に乗せられたり、抱きしめられたり、お姫様抱っこされたり、膝枕したりしたけど……!)
改めて思い出すととんでもない。
ただの上司と部下の範疇を越えている。
勝手に顔が上気して熱を持った。
(やだ、なんでこんなふうになるの)
これでは琴の発言を肯定しているみたいだ。
そう受け取られるのが嫌で、慌てて話を逸らす。
「帝釈天さまは日中、書簡の整理ばかりやらされていますよ。武勇神なのに意外ですよね」
すると琴は、あごに手を当てる。
「ふうん。あなた、書簡の中身とかも見るの?」
「見えても梵字で書いてあるから、なにがなにやら」
「なにが書いてあるのかちょっと気にならない?」
「ええ? まあ、気になるといえばなる……かも?」
「じゃあ、一つちょろまかしてきなさいよ。わたくしが読んであげるから」
(それは、守秘義務違反っていうか、ちょっとマズイ気がするんだけど……)
冗談だよね? と窺い見ると、琴は口元を妖艶に吊り上げる。
「わたくし、天界では新米だから、なんでも知りたいのよね」
たしか彼女も咲千と同時期に転生してきたと言っていた。
(気持ちはわかるけど……)
やはり、帝釈天の書類を勝手に持ち出すなんて、いけないことだ。
咲千は首を横に振る。
「なにか知りたいことは先輩天女たちに聞いたらいいと思います。みなさん親切で面倒見がとてもいいですし」
だが、琴は納得できないらしく唇をゆがめた。
「天女ねえ。なんだか、あの人たちと話しているとふわふわしてて、苛つかない?」
(苛つく!? むしろ優しすぎて、ありがたすぎて、涙が出ちゃう感じだと思うんだけど……)
琴はよほど前世でバリバリ・シャキシャキしていた人なのだろうか。
「話していてものらりくらりしていて、まさに暖簾に腕押し。でも、そこへいくと咲千は違うわ。あなたと話していると、すっごく興味深いの」
色めいた瞳にじっと見つめられて、咲千はなんだか心がざわついた。
「わたしも……変な意味じゃないですけど、琴さんってほかの天女の方たちと違う感じがします。新米同士だからですかね?」
「ふふ、どうしてかしらねえ……」
彼女は意味ありげに妖艶な笑みをこぼす。
咲千もつられて、唇の端に作り笑いを浮かべた。
「神々から歓心を買う特別な天女――、ほんと、あなたって不思議だわ」
「え……」
妙なことを言われた気がして訊き返す。
だが、琴は突然はっと背後を振り返った。そして、わざとらしいくらい芝居ぶった声を上げる。
「忘れていたわ。わたくし出かける約束をしていたの。またね」
驚くほどの素早さで窓から身を乗り出し、するりと抜けた。
中庭へ降り立ったと思ったら、次の瞬間には大空へ飛んでいた。
長い裙を翻して、あっという間に姿を消す。
(なんだったの……?)
ゆるふわな天女ばかりの中で、琴はやはり特殊な天女なのだった。
(……さて、なにをしようかな)
帝釈天から呼ばれない昼下がりは、案外退屈なのだった。
(こういうときこそ、スローライフを満喫するべきだよね)
たまには南天へ遊びに行ってみようか。
柚有は元気でいるだろうか。
やはり初めて会話した相手だけに、一番懐かしく、近い存在に感じる天女だった。
(南天に行ったら、綺麗な花を摘んで、花冠なんて作ってみてもいい)
一面の花畑を想像する。
酔うくらい漂う甘い花の香り、優しい鳥たちの声、淡い花が咲き乱れる裾野のほう……そこには、寝そべっている帝釈天がいて――。
(……っ! なんで)
鬼畜上司の姿をつい思い浮かべてしまい、ぶんぶんと頭を振る。
今日は鬼のいぬ間のスローライフなのだ。
自分一人でのんびりゴロゴロしたいのに。
(――……)
どうしてか、一周回ってまた帝釈天のことを考えてしまう。ものすごく変だ。
「はっ、これってまさか」
怖ろしい思考に行き当たる。
覚えがあるのだ、この感情に。
「四六時中仕事のことを考えちゃう社畜魂じゃないの!?」
恐怖に青ざめながら独り言を叫んだときだった。
「おい」
背後に新たなる人物がぬっと現れたのだった。




