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完全無欠の無頼漢 〜お前はもう用済みだとパーティーを追放されたギルド最強の魔術師。美少女だらけのパーティーに入って楽しい日々を過ごしてます。ちなみに前のパーティーは戦力不足で呆気なく壊滅したそうです〜

作者: イル

初投稿です、よろしくお願いします。

 特になんの変哲もないギルドである。

 酒場と併設していて、そこら中に椅子とテーブルが置かれている。


 そんなギルドの一角に、とあるパーティーの男二人が集まっていた。

 白髪でボサボサ頭の、俺──クリストファー=ローブスが所属するパーティーである。


 もう一人はパーティーのリーダーである、金髪の青年だ。

 俺は彼によっていきなりこの場所へ呼び出されていた。


 彼とテーブルを挟んで目の前にある椅子へ、俺が座ると、


「いきなりだがクリス、お前はもう用済みだ」


 あっさりとそんな無神経なことを言い渡された。


「つーわけでお前、パーティークビな」

「なんでだよリーダー……」


 不満そうな顔で、俺はリーダーに問いかける。


 俺はこのパーティーでは主に前衛を担当していた。

 魔術による戦闘がメインの役職、魔術師として。


 九歳の頃から三年間このパーティーに所属し、現在の年齢は十二歳だ。

 それなりにこのパーティーへ思い入れもある。


 子供なのでどうしてもワガママを言ってしまう場面も多く、それを他のパーティーメンバーが、特にリーダーが迷惑がっているのも知っている。


 だが、パーティーの中で一番強いのは俺だ。結果も出している。

 だから多少のワガママは容認して然るべきだろう。

 

 パーティー全体の功績が認められ、このパーティーが今やギルド最強だと言われているのも、少なからず俺の貢献あってのものだ。


 それなのに何故パーティーを追い出されなければいけないのか、俺はまるで理解できていなかった。


「自分がパーティーで最も実力があるはずなのに、なんでパーティーを追い出されなければいけないのか? そんなことを考えてるんだろうが、いいだろう。ガキのお前にも分かりやすいよう理由を説明してやる」


 リーダーはそんな俺の心情など気にする様子もなく、完全に俺を見下した表情で、説明を始めた。


「俺がお前を仲間にしたのは、俺のパーティーを有名にするためだ。子供ながら化け物じみた実力を持つお前なら、凄まじい成果をあげてくれるだろうと考えた。そうして、俺の目論見通りお前はよく働いてくれた。だが俺はその成果を俺の手柄にしたいんだよ。そこで、お前にはこのパーティーから抜けてもらうことにした。そうすれば、このパーティーの成果は俺だけのものになるからな」


 ……衝撃のカミングアウトに俺は絶句する。

 そんなことのために俺を利用したのか……。


 はらわたが煮え繰り返る気分だ。

 このまま言われっぱなしじゃ、どうにも腹が立って仕方ない。


「待てよリーダー」


 俺はありのままの事実を、ハッキリとリーダーに伝えることにした。

 俺がいなくなれば、このパーティーは前のように成果をあげることはできなくなる。


 それだけ俺の存在は大きいんだぞ、そうリーダーにアピールしようとした。


「分かっているはずだ。俺がこのパーティーからいなくなればどうなるか」

「なんだ、そのことかよ」

 

 だがそんな俺の予想に反し、リーダーは余裕そうな表情で返す。


「お前がいなくなっても、このパーティーがギルド最強だって肩書きはなくならない。ギルド最強のパーティーに入りたいって奴は腐るほどいるだろう。ギルド内でも特に優秀な連中が、こぞって俺のパーティーに入ることを懇願する。そいつらを仲間に引き入れれば、お前一人の空席なんざ簡単に埋められるとは思わないか?」

「なん……だと」

「だから最初にハッキリと、お前は用済みだと言ったんだ! お前が今更どーこー言おうが、クビになるって事実は変わらないんだよ! お前の代わりなんていくらでもいるんだからな! 分かったらさっさと消えろ! このクソガキが!」


 あまりに偉そうな感じで、そんな言葉をぶちまけるリーダー。


 追い出そうとしているとはいえ、俺はリーダーの仲間だったんだぞ?

 コイツは仲間を貶してなんとも思わないのか?


 リーダーの言う通り、ここで何を発言しても意味がないと悟った俺は、パーティーを出ていくことを決めた。


「ああ、分かった……俺はパーティーを出て行く、だが──」


 俺はどうしても最後にリーダーへ言っておきたいことがある。

 俺は立ち上がって、リーダーの目の前に立ち、硬く右拳を握りしめた。


「──最後にこれを受け取ってくれ」

「は、なんだよ……」


 と、リーダーが困惑している最中に、


 ドゴッ!

 

 怒りに任せてリーダーの顔面をぶん殴った。


「イギャアアア!」


 声にならない絶叫を上げながら、苦痛に悶え床を転がるリーダー。

 それを見下しながら、俺はその場を後にした。



 *



 ──そんなことがあった日の翌日。

 何もなかったかのように平然と、俺はギルドへと訪れていた。


 パーティーを追放されたことに、これといって後悔はない。

 自分でも、もっと早く辞めればよかったと思っている。


 なら、なんで今まで黙ってあんな偉そうなリーダーの下で働いてきたのか?

 これがわからない。多分、ただ辞めるのが面倒くさかっただけだと思う。


 俺は強いから一人でも十分に仕事がこなせる。

 元々、実力的な面で他人からの協力は必要としない。


 だが、ギルドには様々な依頼が入ってくる。

 ペット探しとか、家事手伝いのような簡単なものとか、凶暴なモンスターの討伐や、ダンジョンの攻略といった難しいもの、などがある。


 その中には単純な戦闘能力だけではなく、特殊な技能を要求してくる依頼も多い。

 俺にはそういった戦闘以外の技能がない。


 俺一人ではクリアできない依頼もあるわけだ。

 そのために仲間が必要だった、という理由も一応はある。


 まあ、パーティーを追い出された時点でどーこー言っても仕方ないことなのだが。

 ともかくこうなった以上、俺には二つの選択肢がある。


 一つは、このままソロで活動を続けることだ。

 実力的には何の問題もないが、俺的にこれはナシだと考えている。


 何故なら俺は仲間が欲しいからだ。

 というか、歳の近い友人が欲しくなったからだ。

 

 そもそも、このギルドに入るためには最低でも十二歳を超えていなければならない。

 それ以下の年齢じゃ、とてもじゃないが仕事をこなせないだろうというギルドの判断である。


 つまり俺と同い年の連中が入ってくるのは、今年からということになる。


 いや、俺はもっと前から働いていたじゃないかだって?

 それは俺が特別だったからだ。


『魔術師』

 生物が生まれ持つ生命エネルギーを魔力に変換して、魔力を用いて超常的なパワーを操る技術──魔術を身につけた特別な存在。


 人の身でありながら、人智を超えた奇跡を起こすことができる。

 魔術を極めれば、光と同じスピードで動いたり、災害と同等のパワーを操ることが可能になる。


 そして、俺は生まれつき魔術の天才だった。

 その気になれば、俺は誰よりも上手く魔術を使いこなすことができた。


 とりわけ戦闘に関する魔術は得意中の得意だ。

 大勢の大人が束になっても勝てないモンスターでも、俺は難なくそいつを討伐することができる。

 

 そんな俺にとって、魔術の実力がそのまま稼ぎに直結する魔術師とは、何をやってもうまくいく最高の仕事だった。


 そして俺の父親は、このギルドの最高責任者──ギルドマスターという立場にいる。

 魔術に関する知識が豊富であったため、俺の才能を見抜き、小さな頃から厳しい修行を課せられた。


 具体的に起きたイベントを年齢別に並べるとこうだ。


 五歳の頃には生身で崖から突き落とされた。

 七歳の頃には、危険なモンスターがウヨウヨ生息している森の中に置いてけぼりにされた。


 そして九歳の頃から一人でギルドで働かされている。

 何というか、まあ……子供の俺からしても、随分とイカれた父親だと思う。


 だが、そのおかげで俺が強くなったことは事実だ。その点には感謝している。

 俺に愛情を注いでくれていることは確かだから、いい父親だとも思っている。


 とまあそんな感じで、俺の幼少期はどう考えても普通じゃない。

 なので、俺は同年代の子供たちが普通にやっていることに凄く興味がある。


 だからパーティーをクビになったこの機会に、新しく同年代の仲間とパーティーを組んで、友達の一人でも作ってみようと考えたわけだ。

 

 できれば女の子と一緒のパーティーがいいな。

 前にいたパーティーでも、男連中よりも女性の方が俺を甘やかしてくれた。


 それを見たリーダーが、俺に対し誰よりも険しい嫉妬の眼差しを向けていたことを覚えている。


 ともかく、女の子と友達になることが俺の理想なのである。

 そんなことを考えていた俺の元に、幸運というものは突然向こうから歩いてきたのだった。


「……君がクリストファー=ローブス君、だよね」


 女の子から声をかけられた。


 緑色の髪を後ろで束ねた、めっちゃ可愛い女の子。

 優しい笑みを浮かべた彼女は、もの柔らかな口調で話を続けた。


「お願いがあります。あの……よかったら、私と同じパーティーに入ってくれませんか?」


 まさかまさかのパーティーへの勧誘。

 奇跡、起きちゃったね。


 新しいパーティーに入りたいな、なんて考えてくれたら向こうから誘ってくれた挙句、相手はどう見ても俺と同年代の超絶美少女。

 断る理由がないよね。


「是非、是非俺をパーティーに入れてください!」


 俺が突然彼女の両手を握りながら、がっつくように言うと、


「は、はい……ありがとうございます!」


 彼女は嬉しそうに返事をする。


 ああ、笑顔もすごく可愛いよ。

 俺の初めての同年代の仲間、友達……と、そんな彼女の名前を俺はまだ聞いていなかったな。


「君、名前は? 今まで君みたいな可愛い子見たことないよ、新人さんかな?」

「はい、私はシエラ。十二歳になったばかりです。つい先日、友達と一緒にギルドへ入りました」


 仲間? 

 ああそうか、シエラは既にパーティーを組んでいると言っていた。


 当然、他にもメンバーがいるのだろう。

 しかもシエラの友達ってことは、みんな女の子かな?


 やばい、いきなり複数人の異性の友達ができるとなって、俺ちょっとかなりヤバめに興奮してる。


「ウッソ、こんな簡単に仲間にできちゃうの?」


 シエラと違う女の子の声が聞こえた。

 シエラの後方でそう言うのは、ツリ目の黒髪ツインテール美少女である。


「もっと苦戦すると思ったんだけど……まあいいか、私はカリン。よろしくねクリス」


 さっぱりとした挨拶をされる。

 ハキハキとした口調で、なんとも明るい印象だ。


「そりゃどうも、こちらこそよろしく」


 俺も笑顔で挨拶を交わす。

 それを見て、更に隣の少女が元気に挨拶をする。


「私もよろしくね。名前はルーシー、シエラとカリンと同い年だよ」


 手を振りながらそう言うルーシーは、金髪ストレートのこれまた美少女である。

 なんてこった。このパーティー、美少女しかいねえ。


 あまりの衝撃で、三人の美しさを表現するのに全員美少女と例えてしまった。

 安直すぎだ、他に使える言葉はなかったのか?


 だがそれしか言う言葉が見つからない。

 と、俺が自分の表現力のなさに若干負目を感じていると、シエラが話を再開する。


「これで全員揃いました、クリス君」

「あ、はい」

「改めて聞きます。貴方は、私たちのパーティーへ入ってくれますか?」

「──っ」


 俺は深く息を吸い込んでから、ハッキリと答える。


「もちろん。俺でよければ、仲間にしてください」

「やった、ありがとうございます。クリス君!」


 シエラは両手を合わせて嬉しそうに笑う。


 いいや、笑いたいのは俺の方だよ。

 シエラ、カリン、ルーシー、この三人となら、楽しく仕事ができる予感がする。


 その予感を一刻も早く真実だと証明したい。 

 だから俺は、三人に向かって言った。


「じゃ、早速だけど、仕事しに行こうか」



 *



 時間は昼間。

 場所はギルドのある街の外のだだっ広い草原。


 この草原には弱いモンスターしか出現しないからである。

 俺たちは初心者でも簡単にこなせる依頼を受けてここに来た。


 交友を深めるには一緒に仕事をするのが手っ取り早い。

 俺もみんなの期待に応えるため、張り切ってこの仕事に挑もうと思う。


「今回の依頼は、豚に似た見た目のモンスターを一◯頭討伐することですね」


 シエラが依頼書を読みながら言う。 


 今回の標的は比較的弱い部類のモンスターである。

 彼女たちは最低限の魔術が扱えるそうなので、まず倒せないことはない強さだろう。


 モンスターにも強弱はある。

 

 弱ければ魔術を扱えない人間でも武器を使って討伐することができる。

 強ければ熟練の魔術師が束になって戦わないと倒せない。


 ちなみに、俺は今までどんなに強いモンスターが相手でもタイマンで勝ってきた。

 俺がついている限り、そう彼女たちが危険な目に遭うことはないだろう。


「早速、一頭目を見つけたよ」


 カリンが少し離れた場所を指さしながら言う。

 標的のモンスターが、一頭だけ群れを離れて草を食べている。


「群れから離れてるみたいですね」


 いいところにシエラが気づく。


 そう、大抵の場合ああいうモンスターは群れで行動をする。

 一頭では大した強さでもないが、群れることで途端に相手をするのが厄介になる。


 そして今、一頭だけ孤立している状態、というのがこちらとしても狩るのにはベストの状況だった。


「倒すなら今でしょ、他にモンスターが寄って来ないうちに……ルーシー」

「はいはい、じゃあ行きますか」


 カリンに急かされてルーシーが飛び出す。

 ルーシーの脚力、そして身体能力は三人の中で一番優れている。


 素晴らしいスピードだ。


 そして、ここで唐突だが魔術について一つレクチャーしよう。

 魔術にはいくつかの種類が存在する。


 その中でもルーシーが得意とするのは、身体強化の魔術。

 全身に魔力を流して運動性能を爆発的に高める魔術だ。


 モンスターに辿り着く頃には、ルーシーは目で追えないほどの速度となっていた。


「ごめんね豚さん。でも、これも仕事だから!」


 そして彼女の武器は一振りの長剣。

 腰に刺していた剣を鞘から引き抜き、モンスターへ切りかかった。


 バッ!


 だが、モンスターはルーシーの斬撃を紙一重で躱した。

 なんて身軽さだ。大柄の体型には似合わない、俊敏な動き。


 それに呆気を取られ、隙のできたルーシーに向かってモンスターが突進する。

 マズい、このままじゃ確実にルーシーは突進を避けきれず激突する。


 ドンッ!

 

 モンスターの顔面に複数の光弾が命中し、怯む。

 カリンが魔術で光弾を操り、モンスターを攻撃していたのだ。


 カリンが得意とするのは、魔力を質量ある光弾へ変換し攻撃する魔術。

 見るとカリンは周囲に複数の光弾を展開し、次の攻撃の準備をしていた。


「コラッ! ルーシー、気を抜かない!」


 光弾を命中させてモンスターを怯ませ続けるカリン。

 すかさずルーシーがモンスターへ切りかかった。

 

「ありがとう、カリン!」


 ルーシーは剣を振りかぶり、モンスターの首元に勢いよく振り下ろす。


 ザンッ!


 モンスターの首が切り落とされる。 

 胴体部分も倒れ込み、完全にモンスターの息の根が止まった。


 それを確認すると、シエラはシエラはホッと胸を撫で下ろす。


「やったね。二人とも、ご苦労さま」


 一見、シエラは何もしていないように見えるが、実は彼女は最も重要な役割をこなしていた。


 シエラは支援の魔術を得意とする。

 彼女は戦闘中、自身の魔力を分け与え、戦っていた二人を強化していたのだ。


 そしてシエラは治癒の魔術を扱うことができる。

 もし戦闘で負傷しても、彼女の魔術を使えば即座に回復することができるのだ。

 

 シエラがいなければこのパーティーは万全のパフォーマンスができない。

 そう言っても過言ではないほど、シエラの存在は大きいのだ。


「シエラもお疲れ。二人分強化してくれて、消耗も激しかったでしょうに」

「みんなお疲れー。いやー、頑張った頑張った」


 カリンもルーシーも、シエラを激励する。


 このパーティーは非常に仲間のことを思い合っている。

 いいパーティーだ。能力的にも精神的にも、互いに互いを支え合っている。


 正直俺いらないんじゃね?

 ってくらい、パーティーとして完成されている。


 まったく、俺が前いたパーティーと大違いだ……。

 まあ、そんなことはどうでもいいとして。


 こんな素晴らしいパーティーに加入できたことが嬉しい。

 やはり、ここでなら楽しくやっていけるという確信が、俺にはある。


 しみじみとそんなことを考え、俺が一人で涙を流していると、シエラが心配してくる。


「どうしたんですかクリス君、涙なんて流して」

「い、いや……なんでもない」


 涙を拭う。

 いけない、こんなことで泣いている場合じゃない。


 この素晴らしいパーティーに所属する身として、俺自身も、相応しい活躍をしなければならない。


 それが俺の彼女たちへの感謝の伝え方だ。

 一人ぼっちの俺をパーティーに誘い入れてくれたことは、心の底から感謝している。


 そんなことを考えていた矢先、活躍するチャンスが早速向こうの方から突っ込んできたのだった。


「ちょ! みんな、アレを見て」


 最初にそれに気づいたのはカリンだった。

 カリンが指さした先を見ると、さっき倒したモンスターの仲間が大群でこちらへ向かって突進してくる。


 おそらく仲間が狩られたことを察して、その弔いに来たのだろう。


「まずいですよ! あの数に襲われたらひとたまりもありません!」


 取り乱しながらシエラが言う。

 ざっと見ただけでも、こちらへ向かってくるモンスターの数は三◯頭を超えている。


 彼女たち三人じゃ、一頭を倒すだけでも少し手こずったんだ。

 あの数を相手にするのは、とてもじゃないが無理と考えていいだろう。


 だからこそ俺の出番というわけだ。


「じゃ、みんなはちょっと休んでてくれ。ここからは、俺一人でやる」


 三人を下がらせ、俺は単身モンスターの群れへ突っ込んでいく。


 あの群れを一頭残らず倒せば、まあそれなりの活躍にはなるだろう。

 三人とも俺の実力を認めてくれるはずだ。


 気持ちが高ぶる。

 これで三人にようやく俺の本当の実力を見せることができる。


 俺が使うのはまず、身体強化の魔術だ。

 走力を上げて、一瞬で群れとの間合いを詰める。 


 彼女たちの目の前から俺がいなくなったことに、彼女たちが気づくより先に、俺はモンスターの真上へに飛んでいた。


 この位置、この距離がベスト。

 俺は魔力で強化した拳を振りかぶり、モンスターの頭上から重い一撃を叩き込んだ。


 ドゴンッ!


 その衝撃は地面まで伝わり、大きく地面がえぐられた。

 

 それにより足場が不安定となり、群れ全体の足がもつれる。

 すかさず俺は次の攻撃を叩き込む。


 俺が最も得意とする魔術は、炎。

 魔力を凄まじい高温で燃えたぎる爆炎に変えて、操る魔術。


 炎は魔力の量に比例して大きくなる。

 そして俺の魔力量は生まれつきズバ抜けて多かった。


 魔力量の多い生物ほど強力な魔術を扱うことができる。

 故に俺は天才。


 とまあグダグダ言ってるが、実際に俺が魔術を使ったらどうなるかって?


 俺が魔術を行使すると、炎が一瞬で群れ全体を襲う。

 視界全体を余裕で覆い尽くすほど巨大な炎の塊。


 炎が消えた時、そこには全身丸焼けになったモンスターの姿だけが残っていた。

 こんがりとちょうど良い焼き加減だ。


 よし、これで群れは一頭残らず倒したな。

 一頭でも残していたら彼女たちが危ない。


 俺は周囲の安全を確認してから、クレーターの中央で、三人を近くに呼んだ。


「よーし、終わったぞみんなー」


 三人のいる方を見ると、彼女たちはポカンとした顔をしている。

 何が起きたかよく分からないといった顔だ。


 まあ無理もない。俺が動き出してからここまで、たった数秒の出来事だ。

 彼女たちの知る常識ではありえない事が起こったのだ。

 

 ともかく、俺が彼女たちに分かって欲しいことは一つだけだ。

『俺はこんなに強いんだぞ、ドヤ!』ということである。

 

「す、凄いですクリス君!」


 しばらくの静寂の後、口火を切ったのはシエラである。


「あのモンスターの大群を一人で倒してしまうなんて。しかも一瞬で、強すぎます」


 目を輝かせながら俺のことを褒めてくれるシエラ。


 ふはは、俺は強いかシエラ?

 なんたって、こう見えても俺は、ギルド最強と呼ばれている男だからな!


「なぁに、この程度で褒めすぎだよ。俺はまだ実力の半分も見せてないからな」


 気取った態度でそんなセリフを吐いてみる。

 嘘ですもっと褒めてください。


「うんうん、流石ギルド最強って言われるだけあるね! いやー、仲間にして良かった!」


 続いてルーシーも褒めてくれる。

 いやはや照れますな。


 さあこの流れに続いて次はカリンだ! 

 君ももっと俺を褒めちぎってくれ!


「助けてくれたのには礼を言うけど……。まあそれくらいはやってくれると思ってたし、流石に褒めすぎでしょ二人とも……」

 

 ガクッ!


 カリンから辛辣なお言葉を頂いた。

 そうか、それぐらいやって当然か……。


 まあ最強だしね俺。


「俺はともかくとして、みんなの実力も素晴らしかったじゃないか」


 一通り褒められて気分が良くなったところで、今度は俺が彼女たちにねぎらいの言葉をかける。


 俺ばかりが褒められるってのも不公平だからね。

 お互いの良いところを称賛し合って、共に成長していくのが仲間というものだ。


 ちなみに、俺の実力が凄すぎるせいで、彼女たちの活躍が薄く見えるかもしれないが、それは違うとハッキリと断言できる。


 普通なら、素人が初めて野生のモンスターと戦って勝つことはあり得ない。

 だが彼女たちは今日がギルドでの初仕事だというのに、難なく討伐して見せた。

 

 彼女たちが普通の──その年代の少年少女と比べれば、突出した実力を持っているのは明らかだ。


「前にもモンスターと戦ったことがあるとか?」

「……はい、以前、学校の授業でモンスターを相手にしたことがあります」


 どこか悲しそうにシエラが答える。

 なるほど、学校の授業か。まあ普通ならそうだよな。


 この国の子供は、社会で生きていく最低限の知識を身につけるために、国の決まりで十二歳までは絶対に学校へ通うことになっている。


 俺は七歳からギルドで働いてるんだし、学校にはいってないんじゃないかって?


 最初は俺も通ってはいた。

 けど授業がつまらならいのでずっとサボっていたら、気づいた時には学校を辞めていた。


 まあ俺みたいなのは例外中の例外だ。 

 気にしないでくれ。


 で、本来なら学校を卒業した後、進学か就職かを選択することになっている。

 だからうちのギルドも十二歳からじゃないと入れないのである。


 しかし……彼女たちの実力を見て、ふと疑問に思う。


「なんでギルドに入ったんだ? 進学して、勉強を続けていればもっと良い仕事に就けたんじゃないか?」


 ギルドは魔術師の就職先として決して良い選択とは言えない。


 何故なら、常に命の危険が伴う仕事だし、同業者も学のない血の気の多い連中が多い。

 事故だか仲間割れだか、よく分からん状況で命を落とす事例が後を絶たない。


 俺のようにズバ抜けて優秀なら話は別だ。


 普通なら、王国お抱えの騎士団とか兵団に入ったほうが給料も待遇も断然良い。

 だがそういった役職に就くためには、進学して中等部や高等部の学校を卒業する必要がある。

 

 一定以上の実力がなければ進学できないとも聞くが、彼女たちの実力なら問題ないと俺は思う。

 

「それは……。お金がなかったんだよ、私たち」


 いつも元気なルーシーが、異様に低いテンションで言う。

 あれ、なんかみんな露骨に暗い雰囲気になってない?


「初等部までなら、どんなに貧乏な家庭でも国がお金を援助してくれるんだけどね。中等部からは、絶対に自分たちで払わなきゃいけないの」

「しかもこれがバカ高くてさ。それこそ、ほんの一握りの貴族とか名家の連中しか通えない金額だもの。国にとっちゃ、私たち庶民のことなんざどうでもいいんだよ」


 憎々しげにカリンが吐き捨てる。


「けど、初等部で優秀だった生徒は、特別に推薦とかで授業料が免除されるの」


 と言って、カリンはシエラを見つめる。

 

「シエラね、学年で一番頭が良かったの。本当なら推薦で学校に行けたはずのに、私とルーシーが行けないからって、辞退したの」

「物心ついた時から私たちはいつも一緒だったらか、よく知ってる。シエラは優しいからね。ホント、余計な気を使ってバカみたい」

「ルーシー、カリン、ごめんなさい。私、そんなつもりじゃ……」

「アンタが申し訳なさそうにする必要なんてないの」


 そこまで彼女たちのやりとりを聞いて、俺のテンションもだだっと下がる。


 え、何これ急に話が重い……。

 あの俺、さっきまで俺TUEEEとか、バカみたいなことで調子に乗ったんですけど。


 一人だけ場違いなハシャギ方してて、ものすっごい恥ずかしくなってきた。

 彼女たちはいったいどんな気持ちで俺のこと見てたの?


「ほら、元気にしなさいシエラ。クリスが心配してるでしょうが」

「カリンの言う通りだよ。私たちがそんな悲しそうな顔してたら、クリス君が仲間になってくれないだろうから、ずっと笑顔だって約束したじゃない」


 俺のために無理して笑ってたんかい。


 確かにずっとこのテンションだと俺も気が滅入りそうだけど。

 なんで? なんで俺のためにそこまでしてくれるの?


「クリス君、ごめんなさい。気を使わせてしまいましたね」


 シエラがうっすら涙を浮かばせながら言う。

 いや全然気にしてないんで気にしないでください。


「なんだかクリス君を騙していたみたいで……ごめんなさい、本当のことを言います」


 もうこの際はっきり言っちゃってください。

 このまま三人の悲しい顔を見ている方が俺にとっては地獄です。


「二人とも、それでいいよね?」」


 シエラがカリンとルーシーに確認をとる。


「シエラは嘘つくの苦手だったもんね。もういいよ、無理しなくて。黙ってる方が辛いなら言っちゃおう」

「まあ、もしそれでクリスがいなくなっても、私たちだけで頑張ればいいだけの話だもんね」


 二人は了承したようだ。


 いや、彼女たちはいったい何を秘密にしてるの?

 俺がパーティーを辞めたくなるような理由? 

 

 何か本当は彼女たちに目的があって、そのために俺を利用しようとしてるってこと?

 さっきまでの会話の流れだったら、学費の話だよな?


「ルーシー、カリン……。ありがとう」


 シエラが言って、俺はボロボロと大粒の涙を流す。


「うん、言って。もうなんでも聞いちゃうから」

「なんでアンタが泣いてんの……」


 これはカリンのツッコミ。


「そんなことはどうでもいい!」


 俺は初めて出会った時よりも素早く、そして力強くシエラの手を握った。


「さあ、言いたいことがあるならはっきり言ってくれ! 大丈夫! 俺はどんなことがあろうと、このパーティーを辞めたりしないから! 多分!」

「は、はい」


 多分の所を一番強調して言うと、シエラは驚いた表情で説明を始める。


「先ほども言いましたよね、進学するためにはお金が必要だって。私やみんなの両親は街で平凡な仕事をしています。とてもじゃないですが、一生かかっても進学に必要なだけの金額を用意するのは不可能です。だから私たちは、親に頼らず、自分でお金を稼ぐことを選択しました」


 なるほど。

 それで魔術師の適性があったから、ギルドで働き始めたというわけか。

 

 ギルドに入るだけなら学歴は関係ないし、大きな仕事をこなせばデカい報酬も手に入る。

 安全面さえ考慮しなければ、大金を稼ぐにはベストの選択に思える。


「でも、本当は凄く怖かったんです。ギルドで働くということは、仕事中に命を落とす確率が高いですから」


 まあ、そうだな……。

 いくら金が欲しいからって、子供がこんな危ない仕事をやって無事でいられる保証はない。


 死んだら学校に通うことすら不可能になっちまう。


「そしてギルドに入ってからすぐ、ある話を聞きました。私たちと同じ年齢の子供──クリス君が、ギルド最強の魔術師と呼ばれている話を」


 それで俺を頼ってきたわけか。


「そもそも、私たちなんかのパーティーに入ってくれるかも怪しかった。でもクリス君は、快く私たちの誘いを承諾してくれた。嬉しかったんです。クリス君みたいな凄い人が、私たちの仲間になってくれただけで」


 いいや、嬉しかったのは俺の方だよ。


 それに、俺なんかのことを凄いだなんて……。

 みんなの方がよっぽど立派だよ。


 俺は今までテキトーに生きてきた。

 これといって成し遂げたい目標もない。


 それと比べて、みんなには学校に通いたいっていう夢がある。

 彼女たちの高い実力こそが、その夢に向かって努力してきた証拠だ。


 だから俺の目には彼女たちが輝いて見えた。

 今わかった。俺は心の底から彼女たちの夢を応援したいと思ってる。


「でも、これだとクリス君を利用してるみたいで。頼りっぱなしになるんじゃないかって、申し訳なくって。だから今まで、本当のことを言うのを躊躇していたんです」


 言ったら俺が辞めるかもしれない、か。

 確かに、捉え方によっては彼女たちが俺を利用しようとしているようにも見える。


 普通なら、彼女たちのような素人に善意で協力しようなんて物好きはそういない。

 いたとしても、逆に彼女たちを利用してやろうって悪意を持ったクズだけだ。


 それを彼女たちは警戒していたのだろう。


 だが俺は違った。

 俺は実力がある上に女性にも優しいナイスガイだったわけだ。


 とは言っても、俺は努力もしてない人間に協力してやろうとは思えない。

 彼女たちが『黙って金だけ渡せ、文句を言わず協力しろ』なんて言ってきてたら、容赦なくブチ殺していたところだ。


 その点だけで言えば俺もれっきとしたクズだ。

 だが俺は彼女たちを殺そうとも、利用してやろうとも思っていない。


 むしろ率先して協力したいと望んでいる。


「OKだ」


 俺は彼女たちの本音を聞いた上で、彼女たちに協力したいという意思を伝える。


「協力するよ。みんなが学費を稼ぐまで、俺がみんなの安全を保証する」

「……いいんですか」

 

 驚いたように、けれど嬉しそうに。

 シエラが目をパチクリさせながら言う。


 それに俺は満面の笑顔で答える。


「いい。みんな、遠慮なく俺のことを頼ってくれ」

「会った時から思ってたけど……。底抜けのバカだよね、アンタって」


 清々しい笑顔で刺々しいことを言ってくるカリン。


 そうですか……。バカですか……。

 まあ、薄々自分でも気づいていたことなんですけどね。


「協力したってアンタにはなんのメリットもないくせに。それがわかった上で他人に利用されにくるとか、よっぽど酔狂な男ね」

「憎まれ口叩いちゃって、カリン」


 ルーシーはいつもの悪戯心いっぱいの笑顔でカリンに絡む。


「クリスが仲間になってくれて、ホントは嬉しいくせに」

「そう言うルーシーこそ、今日は一段と嬉しそうじゃない。もしかしてアイツに惚れた?」

「あっはっは、まさか。クリスのことが好きなのは私じゃないよ、ねえ」


 そう言ってルーシーはシエラの方へ目を向ける。


 なんだ、俺はみんなのことが大好きだぞ?

 大切な仲間だからな。


 俺も笑顔でシエラを見つめる。


「え? え!?」


 赤面して顔を両手で覆い隠すシエラ。


 なんだ、なんなんだこの流れは?

 とりあえずこの表情のシエラも可愛いな。


 あんまり流れを掴めていないが、とりあえず、俺はシエラに言っておきたいことがある。


「……まあ、いっか。そんなことよりシエラ、聞いてくれ」

「お、何々? 告白か?」


 俺がシエラに向かって言うと、ルーシーが茶化してくる。

 まあ告白っちゃ告白だが、どこにそんな面白がる要素があるんだ?


 シエラが異常に緊張した様子で返事を返す。


「は、はい! なんですか?」

「お前ってさ、俺のことクリス君って呼んでるだろ? これからはクリスって呼んで欲しいんだ」

「……それは、なんで?」

「なんでって、仲間だからに決まってるだろうが」


 そう、俺たちには上も下もない。年も一緒だ。

 だから互いを呼び合うのに敬称は必要ない。


 俺はそれを伝えたかっただけだ。

 なのに、それを聞いたカリンとルーシーが隣で腹を抱えながら爆笑し始める。


「ギャハハハ! アイツマジか! あのタイミングでなんつーこと言ってんの! 仲間の認識ズレてんじゃないの?」

「マジに気付いてないの? それともネタ? どっちにしたって面白すぎんでしょ!」

「二人とも辞めてよ!」


 シエラが二人を叱りつける。


 なんかよくわからんな、二人の笑いのツボ……。

 やっぱ大丈夫かな? 俺、このパーティーで上手くやってけるかな?


 若干不安になってきたところで、俺が話を続ける。

 

「ともかく、これで今日の仕事は終わったんだし、続きはギルドで飯でも食いながらしようぜ」


 俺が言うと、三人が言い争いを辞めて帰路につく。


 草原のど真ん中の整備されてんだかされてないんだか分からない道を通って、俺たちはギルドのある街へ向かった。


「で、正直なとこどうなの?」


 ルーシーが俺と肩を組んでそんなことを聞いてくる。


「何が?」

「だから、シエラのことをどう思ってんのかって話よ」


 ……これは。すげー難しい質問だ。

 答え方によってはシエラを怒らせてしまうかもしれない。


「可愛いと思うよ」


 俺は思ってることをそのまま口にした。

 褒めるだけならシエラも気を悪くはしないだろう。


「コラ、ルーシー! いい加減にしなさい!」


 だが、シエラは俺でなくルーシーに対してめっちゃ怒ってらっしゃる。


「ワハハー! ごめんねってば!」


 両手を上げながら俺から離れるルーシー。

 すると今度はカリンが近づいてくる。


「全く、アンタ正真正銘の天然さんね。戦うこと以外にも興味持たないと、女の子から嫌われるよ」

「さっきからなんなんだよお前ら……」

「まあ、ガキには無理な話か」

「お前ら全員、俺と同い年だろうが!」


 そんなやりとりをしていると、カリンは離れて、今度はシエラが近づいてくる。


「ごめんなさい……まったく、二人とも勝手なことばかり言って」

「勝手じゃないもん、だって幼馴染だもん」

「付き合い長いからね。だからわかるんだよ、シエラの考えてること」


 二人の茶化しを追っ払ってから、シエラが続ける。


「ともかく、今日はありがとうございました」

「なーに、今日だけじゃないんだ。明日も一緒、だろ?」


 俺たちは仲間だ。

 これからもずっと一緒に仕事を続けていく。


 最高に楽しい気分だ。

 できることなら、この感動を永遠に味わっていたい。


「……そう、ですよね。これからもお願いします、クリス!」

「──ッ」


 シエラが初めて俺をクリスって呼んでくれた。

 嬉しい。なんつーか、思ってた以上に嬉しい。


 言葉にできない幸福が、心の底から湧いてくるのを感じる。

 

「ああ、これからもよろしくな……みんな」


 多分、俺が生きてきた人生の中でこれが一番幸せな瞬間である。


 いいや、この程度の幸せで満足するわけには行かない。

 何故なら、これからもパーティーの活動は続いていくんだ。


 これからもっと嬉しいことがあるかもしれない。

 そう思うと、既にワクワクで胸がはち切れそうだ。


 一歩先に飛び出して、彼女たちの方を振り向く。

 そこには、俺の求めた最高のパーティーの姿があった。



 *



 ──クリスが新しいパーティーに入ってから数日後。

 夕方。森の奥、黒い樹木の前での出来事である。


「なんでこうなるんだよ……クソが」


 クリスがかつて所属していたパーティーが壊滅していた。

 そのリーダーが、血まみれで地面を這いずりながら、消え入りそうな声で呟く。


「クリスがいればよぉ、勝てたかもしれないのに……なんで肝心な時にいねえんだ、あのクソカスは」

「ほう、それは興味深いですね」


 その惨状を作り出した張本人──黒髪の女性が、気味の悪い笑みを浮かべながらリーダーを見下すように立っていた。


 彼女の見た目はほとんど人間と変わらない。けれど人間じゃない。

 それは誰もが見ればハッキリとわかることだった。


 ──異形。


 彼女の右腕は人間のソレとは明らかに違う形状に変形していた。

 黒い触手が生え、先端には刃のようなモノが形成されている。


 まごうことなき化け物だ。


 彼女はリーダーの喉元へ刃を突き立て、冷淡な声で語る。


「クリスという少年はそこまで強いのですか」

「……待て、俺はクリスが子供だなんて一言も言ってないぞ?」

「ええ、貴方の記憶を読み取っていますから。なるほどなるほど……」


 掴み上げたリーダーの体を投げ捨てると、女は続けた。


「わかりました。私にとって彼は、恐るるに足りない相手ということが」


 言って、女は近くの木の影に向かって話しかける。

 そこには、この惨状を唯一生き残った女性が隠れていた。


「後で殺そうと思っていましたが、いいでしょう。貴方のことは見逃しますので、一つ頼まれてください。クリストファー=ローブスをこの場所に連れてくるように」


 それだけ伝えて、女は再びリーダーのことを見下ろした。


 リーダーは必死に逃げ延びようとしていた。

 地面を這いずって、なんとか女から距離を取ろうとしている。


「無様ですね。この状況で、まだ生き残れると思ってるんですか。貴方はもう用済みです。助かる可能性なんて、これっぽっちも──」

「誰か、助け……」


 無慈悲に振り下ろされるトドメの一振り。

 

「──ないんですよ」



 *



 ──数時間後。


 クリスたち新しいパーティーは、ギルドの酒場で祝勝会を開いていた。


 パーティー結成から数日。

 着々と成果を上げて行った一向は、ギルドでもそれなりに名の知れたパーティーになっていた。


 今日はそれを記念しての、ささやかな祝い事なのである。


「まあ、そのなんだ。堅苦しい挨拶は抜きにしてとりあえず、カンパーイ!」


 クリスは言って、片手に持ったジョッキの中身を口の中へ流し込む。

 中身は完全な酒である。


「あの……クリス、私たちまだ未成年なんですけど」


 シエラが微妙な顔で申告する。


 この国での成人年齢は十八である。

 彼女たちの手元には、クリスから渡された並々と酒の注がれたジョッキがあった。

 

「堅苦しいことは抜きにしろって言ったろ? 今日はお祝いだ、無礼講だよ無礼講」

「いや無礼講の意味まったく違いますから」


 シエラがツッコミを入れる。

 パーティーで一番の常識人である彼女は、こういう役回りをする場合が多い。


「まったくシエラはお堅いんだから」


 ルーシーがジョッキを片手にシエラにダル絡みをする。

 ノリの軽い彼女は、クリスと一緒におちゃらけることがほとんどだ。


「今日ぐらいはアンタも羽目を外しなさいよ」

「私が羽目を外したら、誰がみんなを介護するの」


 そして、みんなのおふざけの後始末もシエラの役目である。


 今回の場合、酔い潰れた連中の介護役が必要である。

 必然的に自分がその役をこなすしかないと、シエラは理解しているのである。


「別にシエラが介護してくれなくてもカリンがいるじゃん」

「それは無理だよルーシー……」

「えーなんで? カリン酔っ払ってないじゃん」


 そう言って、カリンの方へ視線を向ける二人。


 確かにカリンは酔っ払っていなかった。

 しかし、空になったジョッキが彼女の近くに積まれている。


「あん? なに二人とも、人の顔をジロジロ見て?」


 酔っ払っていない。

 だがカリンは誰よりも多い量の酒を飲んでいた。


 カリンは異様なまでにアルコールに強いのだ。


「……うん、酔っ払ってはいないね」

「あの子お酒には強いけど、絶対に倒れるまで飲むから」

「あー、うん。ごめんシエラ、やっぱ飲まないでおいて」

「そうする」

「にしても──、」


 ふとルーシーがクリスの方を見る。

 クリスのテンションはさらに上がり、テーブルの上に立って、意味のわからない踊りを披露していた。


「──すっかり出来上がってるね、あの酔っ払い」

「まあ、クリスのおかげでパーティーが功績を挙げてるのは事実だし。少しぐらいのおふざけには目を瞑りますけど」


 するとクリスが彼女たちに向かって宣言する。

 

「よーし、みんな俺に注目しろ。このギルドナンバーワン魔術師ことクリス様が、超ド派手なギルドナンバーワン一発芸を披露したいと思いまーす!」

「二回言った、ギルドナンバーワンって二回言った」

「よほど強調したいんでしょうね」


 ハイテンションなクリスを冷ややかな目で見つめる二人。

 彼女たちはクリスのあしらい方も上手くなっていた。


 そしてクリスが一発芸を披露しようとした瞬間、


「ここにいたか、おいクリス!」


 突然、男が血相を抱えた様子でクリスたち一向の元へやってきた。

 男は同じギルドのメンバーで、クリスたちとも交流のある人物であった。


 それを確認すると、クリスが酔っ払った様子で答える。


「なんだよ。今はお楽しみの最中だろうが、後にしろ」

「そんなことを言ってる場合じゃない! 大変だ、お前が前いたパーティーが、仕事中にモンスターに襲われて全滅したらしい!」

「なんだって?」


 衝撃で酔いが覚めるクリス。


 クリスにとって前のパーティーメンバーとは、新しいパーティーに入ってからも、たまに交流があった程度には親しかった。元リーダー以外は。


 クリス抜きでもクリスの所属していたパーティーは強い。

 クリスが異常に強すぎるだけで、他のメンバーにもある程度の実力はあった。


 ──あのパーティーが全滅?

 クリスにとってそれは絶対にありえないことだった。


 どんな凶暴なモンスターであればそんな芸当が可能なのか。

 出現位置が近ければ、ギルドにも被害が出るのではないか。


 そんな疑問が頭に浮かびながらも、クリスは一刻も早くそのモンスターを討伐するべきだと判断した。


「詳しいことは俺にも分からない。だが一人だけ現場から逃げ出してきたって奴が、ギルドの入り口近くにいる。行って話を聞……」


 男が言い終わる前にクリスは走り出していた。


 元リーダー……はうん、別に死んでいても構わないけど、他の仲間たちには生き残っていてほしい。


 そんなことを考えながら、クリスはギルドの入り口付近で壁に寄りかかる女性の元へたどり着いた。


 彼女は随分と疲れているようで、そして何かに怯えているように、息を荒くして足を抱えたままその場で座り込んでいた。


「……クリス」


 彼女はクリスに気づくと、震えながら小さな声を発した。

 彼女はかつて、クリスと一緒に仕事をしていた仲間だった。


「落ち着いて話をしてくれ。何があった?」


 クリスはこれ以上彼女を怯えさせないように、冷静に状況を尋ねる。


「……見たことのないモンスターに襲われた。彼女、人の姿をしていて。けれど、人じゃなくて……」

「他の仲間は?」

「みんな殺された……私の目の前で。私、隠れて見ていることしかできなかった……」

「……そうか。なら最後に、詳しい場所はわかるか? アンタたちがその、モンスターに襲われたって場所は」


 クリスが言うと、遅れて後を追ってきたシエラたちがその場に合流した。


「ちょっと待って。アンタ、それを聞いてどうするつもり?」


 慌てた様子でカリンが問いかける。


 緊急事態なので、シエラが魔術を使ってカリンとルーシーの酔いを覚ましていた。


「まさか、仇討ちに行くつもりじゃないでしょうね?」

「……ああ、そうだ」


 深刻な顔でクリスは答える。


 クリスにとって前のパーティーは、自分を追い出した忌むべき相手だ。

 なのにクリスは、そのパーティーの仇討ちに行くと言い出した。


 カリンにはそれが信じられず、クリスを引き留めようとする。


「アンタバカなの? 危険を冒してまでアンタが何かをしてやる価値が、そのパーティーにあると思ってるの?」


 あまりにも苛立たしげにそんな言葉をぶちまけるカリン。


 命が欲しければ見て見ぬフリをするのがベストだ。

 だがクリスはすぐにそこへ向かおうとしている。

 

 そこにカリンは怒っていた。


「クリスはもう私たちの仲間なんだよ!」


 ルーシーも同じ思いだった。


 クリスは今や、彼女たちの大切な仲間だ。

 彼に危険な目に遭って欲しくないと考えるのが当然だろう。


「お願いだから行くのは辞めて。他の大人に任せよう?」

「待ってくれ」


 周りで聞いていた群衆の一人が口を開く。


「あのパーティーがやられたんだ。そんなモンスターに勝てるのは、もうギルドの中じゃクリスしかいない。どっちみちクリスには戦ってもらう必要がある」

「だからって、私たちの仲間を危険な目に合わせろっての?」

「いいえルーシー、もう辞めて」


 食い下がるルーシーをシエラが止める。


「なんで止めるのシエラ? 最悪、クリスが死んじゃうかもしれないんだよ?」

「そんなこと彼は気にしてなんかいません。だって、彼は底なしのバカですから」


 クリスは心優しい少年だ。

 例え自分の命を投げ出してでも、他人のために本気で戦うことができる。


 それが自分を追い出したパーティー相手でも変わらない。

 クリスは底なしのバカだ。


 ここ数日、クリスと行動を共にして彼女たちはそれを理解した。

 クリスは今まで彼女たちを守るように立ち回っていた。


 シエラは続ける。


「私たちは彼のそんなところに憧れていたはずです。だから彼を止めることは、彼自身を否定することになります」


 次いでクリスが彼女たちに言い渡す。


「ああ……すまないが、危険だからみんなはここで待っていてくれ」

「クリスが一人で行くと決めたなら、私たちにそれを止めることはできません。ですが──」


 シエラは笑った。

 そして、戦いについていく準備を始めた。


「──私たちが一緒に戦うことはできます」

「待て、シエラ」


 クリスが彼女たちがついて来るのを止めようとする。


 自分はどうなってもいい。

 だが彼女たちには、決して傷ついてほしくないとクリスは思っていた。


「なるほどね」

「クリスが勝手にするなら、私たちも勝手にするだけだね」


 ルーシーもカリンもシエラに賛同する。


 彼女たちはクリスの、そんな自己犠牲とも取れる精神を尊敬していた。

 だからこそ、クリスと肩を並べて戦いたいと彼女たちは考えていた。


「私たちを止めても無駄ですよ、クリス」


 シエラがハッキリと宣言する。


「あなたが人の話を聞かないように、私たちも、あなたの話は聞かないことにしましたから」

「お前ら……」


 今までクリスはずっと一人だった。

 クリスは強すぎたせいで、肩を並べて戦ってくれる存在なんていなかった。


 クリスにとって彼女たちは『守るべき対象』だ。

 そんな彼女たちが、もしかしたら……。


 本人にもわからない心情の変化が、クリスの中で起きていた。

 彼女たちとなら、一緒に戦ってもいいとクリスは思った。


「……分かったよ。行こう、みんなで」


 そうして、クリスたちは四人揃って、モンスター退治へと出かけたのだった。



 *



 ──数分後。


 俺たちは森の中をしばらく進んで、周りに木が生えてない開けた所に出た。

 唯一生き残った彼女から場所を聞いて、辿り着いたのは黒い樹木のある場所だ。


 あれからギルド全体にモンスターの討伐命令が下った。


 誰も見たことがない新種のモンスターだ、どれだけの被害が出るか想定できない。

 なら被害が出る前に討伐してしまおうということになった。


 実際に討伐を担当するのは俺のパーティーだ。

 単純に、戦力として俺が一番優れているから討伐を任された。


 他のギルドメンバーには補助に当たってもらっている。

 俺たちが標的と戦いやすいように、他のモンスターをこの場所へ近づけさせないよう、大人の魔術師が数十人体制で森の中を巡回している。


 シエラ、カリン、ルーシーの三人は、俺と連携が取れる唯一のメンバーなので、俺と一緒に標的と戦うことになった。


 ふと、あたりを見て思う。

 争った形跡がない。

 

 ここで本当にパーティーが壊滅したと言うのなら、死体の一つでも転がっていなければおかしい。


 だがあたりは何の変哲もない、普通の森の光景だ。

 それがこの非常事態に至っては、むしろ奇妙にすら思える。


 この異様な雰囲気に気圧されて、全員が常に緊張することを余儀なくされている。

 特に彼女たちは、今まで経験したこともない重圧を前に、露骨に顔色が悪くなっている。


 やっぱり連れてきたのはマズかったか?

 いや、彼女たちがついてくるのを許してしまったのは俺の責任だ。


 俺には絶対に彼女たちを守らなければいけない義務がある。

 それが彼女たちの意思に対する敬意の表し方だ。


 不意に後方へ視線を感じる。

 

 樹木から少し離れた位置にある草むらが揺れた。

 風が吹いた訳じゃない。中に何かがいる。


 元リーダーのパーティーの生き残りか?


 バカが、状況は聞いたはずだ。

 誰一人として生存者はいないんだぞ。


 あの中にいるのは、十中八九パーティーを襲ったモンスターだ。


「みんな、ヤバいと思ったら構わず逃げてくれ」


 俺は三人に声をかけて、戦闘体制に入った。


 ここに来てようやく分かった。

 あの草むらから感じる不気味さが尋常じゃない。


 おそらく相手は、俺が今まで相手にしてきたどの化け物よりも異質。


「ひとまず俺の炎であの周囲を焼く。何が飛び出してくるかわからないが、気をつけて」


 三人は無言でコクリと頷く。

 息が詰まって言葉も発せないって感じだ。


 俺がここまでビビってるんだ。

 三人のヤツに対する恐怖心といったら尋常じゃないはずだ。


 本当ならいますぐ逃げ帰りたいくらいだろう。

 けど彼女たちは俺を信じてついてきてくれた。


 その意思に報いなければならない。

 だからこそ、彼女たちに危害が及ぶ前に俺が一人で倒す。


 俺は全身に魔力を流す。

 魔力が熱を持ち、燃えたぎる炎に変わった瞬間、


「ちょ、ちょっと待てクリス! 俺だ、攻撃するのはやめてくれ!」

 

 草むらから男が飛び出してきた。


 ……この声と顔は、俺はこの男を知っている。

 間違いない、草むらから出てきたのは、俺が前に所属していたパーティーのリーダーだ。


「助けに来てくれたんだな、クリス〜」


 ひょうきんに話す男の声は、口調は、まさしく元リーダーそのものであった。


 だが、なんだ?

 この妙な違和感は?


「ありがとうなクリス。俺はお前に酷い扱いをしてしまったというのに、お前は俺を助けてくれるんだな。本当に……お前は優しいな」


 俺にもよくわからない、わからないが……。

 俺の直感が、ヤツが元リーダーであることを否定している。


 というか、ヤツから感じるこの感じ、人間じゃない。

 見た目は完全に人間だが、ヤツは人間じゃないと、妙な確信がある。


 ヤツから感じる異質さが、そう俺へと訴えてくる。

 俺が黙っていると、ヤツがこちらへ向かって歩み始めた。


「動くんじゃねえ、そこで止まれ!」


 声を荒げてヤツを静止する。


 近づかせたらマズい。

 もしヤツが攻撃を始めても、絶対に攻撃が当たらない距離で会話をしなければならない。


「な、なんだよクリス……」ヤツは笑顔のまま両腕を広げる。

「俺を助けに来てくれたんじゃないのか? 俺はそれが嬉しいんだ、感謝のハグをしたいだけだ。だから近づくんだ」


 そう言ってヤツは歩みを止めない。


「近づくんじゃないと言ってるんだ! お前はいったいなんなんだ!」


 俺が怒鳴り声をあげると、ヤツは不気味な笑みを浮かべ、動きを止めた。


「なんで分かるんだよ?」


 瞬間、ヤツの両腕が大きく異形に変形する。

 ドロドロとした重油のような黒い職種に、いくつものデカい刃が生えている形状に変形した。


 どう見たって人間じゃない、文字通りの異形。

 ヤツから感じていた違和感の正体はこれだったのか。


 そして俺はこの時、二つのミスに気づいた。


 まずは一つ目は距離だ。

 ヤツの腕が変形したことによって、攻撃のリーチがグンと伸びた。


 攻撃が届かない位置にいたと思っていたから、回避が遅れた。


 そして二つ目は速さだ。

 ヤツが変形した両腕を勢いよく振り下ろす。


 そのスピードが俺の想定を上回った、圧倒的な速度だった。

 ただでさえ反応が遅れているのに、この攻撃を回避するのは既に不可能だった。


 あんなものでハグされたら体が真っ二つになるぞ。


「キショいからとっとと死ねよ、クリス」

 

 ヤツの攻撃が俺の体に触れる。

 いや、正確には、ヤツの攻撃が俺の全身をめぐる魔力に触れた、その瞬間である。


「やっぱさ、お前リーダーじゃないだろ」


 ヤツの両腕が突然発火し、焦げてボロボロに崩れ落ちた。


「『地獄炎(インフェルノ)』、発火」


 今、俺の全身には生物が触れると発火する特殊な魔力が流れている。

 それに触れたからヤツの腕は発火し、超高温で一瞬のうちに消し炭になった。


 ヤツの攻撃を回避するのは不可能だったが、そもそもその必要がなかったのだ。


「一撃必殺、無敵のカウンター魔術だ。リーダーだったらこのことを知ってるはずだからな、魔力を展開している俺に近づくわけがないんだよ」


 この魔術は魔力を持った存在が俺に触れることで発動する。


 たとえ仲間であろうと俺に触れたら発火してしまうので、元リーダーは戦闘中の俺から絶対に一◯メートル以上の距離を取るようにしていた。


 それより近くにきた時点で、ヤツが元リーダーではないという確証を得ることができた。


 まあ、あんな異形の姿を見せつけられれば、誰だってヤツが人間じゃないことは気づくだろう。


「その炎はお前の魔力を喰って大きくなる。そして、お前の魔力が尽きるまで炎が消えることはない」


 俺は早くもヤツに対して勝利宣言をする。


 魔力とはすなわち生命エネルギー。

 それが尽きるということは、生物にとって死を意味する。


 ヤツがどんな生物か知ったこっちゃないが、ヤツが生物である以上、俺の炎がヤツの体についた時点で俺の勝ちは確定した。


「あの世でリーダーに悔いてろ。あいや、リーダーは別にどうでもいいや。それ以外の全員に悔いろ」

「ええ、知っていますよ。この魔術は、彼が記憶していましたから」


 炎に両腕を焼かれながら、ヤツが余裕そうな声で言う。

 

 いや、声?

 ヤツの声が変わった。


 男のものから、ねっとりとした女の口調へと。

 というか全身が黒髪ストレートの美人な女性へと変わっていた。


 腕だけじゃなく、全身を自在に変形させることができるのか?

 リーダーの姿をコピーしていたんだ。それくらいできて当然か。


「だから対処法も考えてあります。このように……」


 ヤツの腕が再び変形する。

 触手で肥大化していた腕が元の人間サイズに戻った。


 燃えている部分だけを切り離して、炎が全身へ回るのを防いだのか。

 なるほど、一筋縄じゃ勝たせてくれないわけね。

 

 しかし、元リーダーが記憶してたってのはどういう意味だ?

 拷問でもして聞き出したのか?


「私は触れた生物の記憶と容姿をコピーすることができます」


 頼んでもないのにヤツが説明を始めた。

 随分とおしゃべりなヤツみたいだ。


 まあこちらとしても嬉しいことだ。

 次の策を考える時間ができる。


「当然、貴方の魔術の情報も知っていました」

「ならなんでわざわざ食らう必要があったんだよ? そういう趣味か?」


 ヤツの腕を焼いただけじゃ、体が変形して、本体にダメージが通らないということが分かった。


 だが生物であるかぎり何かしらの弱点があるはずだ。

 ヤツの場合、腕以外のどこかに……。


 だったら胴体を直接燃やせばいいだけだ。


「いいえ。何故なら私にはもう一つの能力があります。それは……」


 ヤツがそれを言いかけた瞬間、俺が不意を突いて攻撃を仕掛けた。

 魔力をコントロールして、ノーモーションでヤツに向かって放出する。


 魔力がヤツに触れた瞬間、着火。

 さっきとは比べものにならない勢いの炎が、ヤツの全身を包み込んだ。


「長話ご苦労様」


 ボソッとだけ呟いて、俺は瞬時にヤツとの間合いを詰める。

 今度はヤツを炎で炙ってるだけじゃ終わらせない。


 ババキッ!


 俺は魔力を全身に流し、身体能力を強化して、威力を底上げした打撃をヤツの本体に叩き込んだ。


 みぞおち、喉、鼻頭。

 一瞬でこの三箇所に打撃を与えた。


 どれも人体の急所だ。

 ヤツが人の形をしている以上、ある程度のダメージが期待できるはずだ。


 だが──、


「人の話は最後まで聞きましょうよ」


 ──ヤツはまるでダメージを負っていない様子で喋る。


 それどころか、ヤツの全身を覆っていた俺の炎が消えた。

 バカな。ヤツの魔力が尽きるまで、俺の炎は絶対に消えないはずだ。


 それにヤツは一切ダメージを負っていない。

 本体には火傷の一つも見当たらないぞ。


 ヤツの腕は普通に燃やせたんだ。

 胴体だけ炎が効かないなんてことがあり得るのか?


「これが私のもう一つの能力。一度受けた魔力を覚え、それを無効化します」


 ヤツが勝利を確信したように、気味の悪い笑みを浮かべながら言う。


 マジか、そんなのありかよ……。


 魔力の無効化。

 つまり、俺の魔術は二度とヤツに通じないってことか。


「炎だけじゃありません。貴方の魔力が込められた打撃も、武器に魔力を流し込んだ攻撃も通用しません」


 最初は戦いの途中に長話をする妙なヤツだと思ったが、違った。

 ヤツは最初から勝ちを確信して、ずっと嫌味を言っていただけだった。


「貴方の元リーダー、でしたっけ。彼の記憶を読んで、貴方が私を一撃で殺せるような能力を持っていないと分かった時点で、私の勝ちは確定していたのです」


 より一層ヤツの口角が上がる。


 人間の姿での笑顔に慣れていないのか、あり得ないほど顔が引きつっている。

 とことん不気味なヤツだ。


 クソッ!

 そんなことはどうでもいい。


 どうやったらあんな化け物に勝てるんだ?


 俺の攻撃はヤツに通用しない。

 ならどうやって、ヤツにダメージを与えればいいんだ……。


「クリス!」


 力強い声が聞こえた。

 シエラの声。


 ……そうか、彼女たちがいることを忘れてた。

 というか、なんで俺は今までこんな大事なことを忘れていたんだ?


 俺は一人じゃない、仲間がいる。

 無意識のうちに、俺は一人でヤツに勝たなければならないと錯覚していた。


 それは今まで俺が一人で戦ってきたから。

 一人で勝たねければいけないと思い込んでいたから。


 でも今は違う。みんなで戦えばヤツに勝てる。

 俺の魔力が通じなくても、みんなの魔力ならヤツに通用する。


「ごめん、シエラ……」

「何を謝ってるんですか。いいから、クリスさんは下がっていてください」

「そうだな」


 俺はシエラの方へ近づいて、ヤツから距離を取る。


「ちょっと、何をしてるのですかクリストファー=ローブス」


 それをヤツが妨害してくる。


「まさか、貴方より遥か格下のその女の子たちに戦わせるつもりじゃないですよね?」


 またヤツの嫌味な長話が始まる。


 だが、いいだろう、今回は。

 思う存分お前の長話に付き合ってやるよ。


「その通りだ」

「それは少し頭が悪すぎでしょ? 脳みそ詰まってるんですか? 貴方たちは魔術師ですよね? 魔術師にとって、魔力の量はイコール強さ。私の魔力量と貴方たちの魔力量を比較して、私と唯一戦えるレベルの魔力量のクリストファー=ローブスがこのザマなんだ。とてもじゃないが、それ以外が私と戦えるわけがない」

「かもな」


 俺は自信たっぷりのいい笑顔で言葉を返す。

 お前の嫌味なんざこれっぽっちも聞いてないんだぞ、って感じで。


「……そのチンケな脳みそで、何か企んでるな?」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」

「意味のない問答を繰り返したところで、テメーの魔力が私に効かないのは変わらないんだよ! そこんとこ理解してんのか? このドカスが! 理解しているとしたら、こんなことをする目的は……なるほど、時間稼ぎか」

 

 ヤツは意外と鋭かった。

 これだけでやりとりで俺たちの企みを看破してしまったらしい。


 だが、この時点で既に俺たちの作戦は完遂されていた。

 ヤツは目の前の俺たちに気を取られて、まるで後方には意識を向けていなかった。


 そもそもヤツの眼中には俺しか映っていなかったんだと思う。

 俺たちは最初何人でここに来たかも覚えていないはずだ。


 じゃなきゃ、もっと早くに気づいていたはずだからな。

 俺たちの数が一人減っているということに。


 後は頼んだぜ──、


「──いけ、ルーシー!」


 俺がヤツと会話している隙に、ルーシーがヤツの背後に回り込んでいた。


 ルーシーは体全体に魔力を流し、身体能力を強化。

 完璧なトップスピードに至っている。


 ヤツだろうが誰だろうが反応できないほどのスピードだ。


「とった!」


 既に剣の刀身は鞘から解き放たれている。

 それをルーシーが全力で、ヤツの首に剣を振り下ろした。


 ザシュッ!


 刃がヤツの首に食い込む。

 やった、ルーシーの斬撃はヤツに通用するぞ。


 後はあのまま剣を振り切るだけだ。


「ガァ! クソがァ!」


 だがヤツもただ黙ってやられるわけじゃない。

 ヤツは再び触手を出現させた。


 それをルーシーに向かって繰り出す。

 マズい、このままじゃ首を切り落とす前に、ルーシーがやられる!


 バンッ!


 そんなことを考えた瞬間、触手の先端が破裂する。

 後ろを振り向くと、カリンが魔術で光弾を操ってヤツを攻撃していた。


「アンタちょっとずつ口調変わってきてんじゃないの! ええ! どんどん品がなくなってるでしょうが!」


 カリンが凄まじい怒声を上げて、光弾を撃ち続けている。


 流石カリン。罵声がキレッキレだ。

 仲間の俺からしても若干引きそうになる剣幕の暴言だ。


 カリンが攻撃することによって、ヤツの触手が徐々に壊れていく。

 だがそれと同時にヤツも触手を再生させるから、ヤツの攻撃が止むことはない。


「さっさとくたばれってんのよ、この化け物が!」

「このクソガキ共がァァァ! 許さん! 絶対に皆殺しにしてやるゥゥゥ!」


 ヤツは鬼の形相で叫び声をあげる。

 しっかし一気にキャラが豹変したな。


 ヤツは光弾の対処にいっぱいいっぱいって感じだ。

 しばらくはルーシーへ攻撃がいく心配はない。


 だが、ルーシーがヤツの首を切るのに手こずっている。

 思っている以上にヤツの首が硬いみたいだ。


 早くしなければカリンとルーシーの魔力まで無効化されてしまう。


 俺にも何かできることはないのか……。

 いや、ある。一つだけ、ヤツにダメージを与えられる確かな方法がある。


「シエラ、俺に魔力を譲渡してくれ!」


 俺がいうと、彼女は頷き魔力を譲渡してくれた。


 シエラは他人に魔力を譲渡する能力がある。


 そして彼女の魔力はまだヤツに無効化されていない。

 俺がこの魔力を使ってヤツに攻撃すれば通用するはずだ。


 カリンとルーシーの魔力が無効化されるよりも早く──、


 ダッ!


 ──ヤツの目の前まで一瞬で距離を詰める。

 この距離なら俺の攻撃を防ぐのは無理なはずだ。


「マヌケかテメー! テメーの魔力は無効化したって言っただろうが! 今更近づいて攻撃したところで、これぽっちもダメージは!」


 俺はヤツが言い切るよりも早く、鋭い拳打をヤツの腹部へ叩き込んだ。


 ドゴッ!

 

 鈍い音が鳴る。

 ヤツは血反吐を吐きながら嗚咽を漏らした。


 ビンゴ!

 予想通り、シエラの魔力を使った攻撃はヤツに通用した。


 かなりのダメージのはずだ。

 ヤツが両膝を地面について、触手の攻撃も止まる。


 今がチャンスだ。


「やれ! ルーシー!」

「いけぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


 ルーシーの木霊が響く。

 全身全霊を込めた刃が、どんどんと肉へ食い込んでいき、


 ザンッ!!


 ヤツの首が刎ね飛ばされた。


 ボッ!


 瞬時に俺がヤツの胴体を燃やす。

 戦闘不能のダメージを受けたことで、ヤツの無効化の力がなくなったみたいだ。


 ヤツの首は地面に転がって動かない。

 これ以上変形する様子はななかった。


「終わっ……たな」


 ピクリとも首は動かない。

 だがまだヤツの息はあるようだ。


「なん、で……私が……」


 ヤツが死にかけの声で言葉を発する。


「まだ、誰に与えていないのに……守らなくては、あれを……」

「……あばよ」


 静かに言って、俺はヤツの首を焼き消した。

 すると黒い樹木が途端に枯れ、崩れ落ちていく。


 ……結局、ヤツと樹木がなんなのか最後までわからなかった。


 だがそんなことはどうでもいい。

 俺は首と樹木が完全に消滅したのを確認すると、息をつく。


「みんな無事か?」


 俺は三人にそう聞いた。

 三人とも疲れ切った様子で、その場に倒れ込むように座っていた。


「疲れたよー、もー」


 中でもルーシーが一番ぐでんとしている。


 実際にルーシーが一番頑張っていた。

 疲れるのも無理はない。


「お疲れさまです、クリス」


 シエラが声をかけてくる。


 彼女も消耗が激しいはずだ。

 なんたって三人分のサポートに徹していたんだ。


 それなのに彼女は疲れた様子など見せず、笑顔を絶やさない。

 見ているこっちまで元気にさせられる笑顔だ。


 ……ほんと、君が笑顔でいてくれるだけでこっちも助けられてるよ。

 

「あーあー、疲れた。ついてこなきゃよかったかな」


 ヘタレ込みながらカリンが悪態をつく。

 まあ、まだ悪態をつけるだけの余裕があるんだから、大丈夫なんじゃない。


 三人にまだ話せるだけの余力があることを確認すると、俺は口を開いた。


「三人ともお疲れ様。そしてすまなかった。俺のせいで、みんなを危険な目に合わせてしまって」


 そう言って俺は彼女たちへ頭を下げる。


 俺はみんなを守るなんて約束していながら、今回はみんなに助けられた。

 一人でここに来ていたら間違いなく負けていただろう。


 俺が不甲斐ないせいで、みんなに必要以上の苦労をさせてしまった。

 それが申し訳なくてたまらない。


「……何言ってんの、クリス」


 カリンが笑って俺の肩を叩く。


「ここに来ることを選んだのは私たちなんだよ」

「クリスがいなかったら、私たちここまで強くなれてないからね」


 ルーシーも便乗して俺にのしかかってきた。


「今ごろギルドの隅っこで縮こまって震えてたかもね。主にビビりのカリンが」

「おいコラルーシー、誰がビビリだって?」

「クリスは、自分のせいで私たちが危険な目にあったと思っているのかもしれません」


 カリンとルーシーがいがみ合ってる間をぬって、シエラが俺の目の前に立った。


「けど、それは違いますよ。私たちは、自分の意思で恐怖に立ち向かう選択をした。それはクリスと出会って、私たちが強くなれたからです」

「俺と……出会ったから?」


 俺は彼女たちと出会って救われた。

 彼女たちと過ごした数日間は最高に輝いた日々だった。


 だからこそ、俺はこの時間を守らなくてはならない。

 彼女たちを一人で守れるぐらい強くなければ、俺が彼女たちの隣にいる意味がない。


 これまでずっとそう思って、彼女たちと接してきた。

 なのに今回、俺は彼女たちを一人で守り切ることができなかった。


 本当なら、俺にはもう彼女たちと一緒にいる資格はない。

 けれど、シエラがそれは違うと言っている。


「だって、私たちは仲間なんですから。仲間は助け合うものです。最初はクリスに守られてばかりだった私たちも、いつしか一緒に戦いたいと思うようになりました。だから、私たちにもクリスを守らせてください」


 ……仲間だから助け合う、か。

 そんな言葉、長らく忘れていたよ。


 俺は物心ついた時から最強だった。

 常に俺より弱い存在としか出会ってこなかった。


 だからいつの間にか、俺は出会った全てを『守るべき対象』として扱うようになっていた。


 彼女たちだってそうだ。

 俺にとって彼女たちは『守るべき対象』で、『仲間』じゃなかった。

 

 だけどそうじゃない。

 仲間ってのは、そういうものじゃないんだな。


「そうそう。たまには私たちのことも頼りなさいよ。仲間なんだから」


 ルーシーがいつも通り元気いっぱいの声で言ってくれる。


「私たちのことを舐めんじゃないっての。アンタが無理して守らなくたって、私たちはやっていけるんだから」


 カリンも笑顔で毒舌混じりのセリフを吐く。


「一人で抱え込まなくていいんです。仲間がいるんですから。クリスはもう、一人じゃないんです」


 いつも通りのシエラの笑顔。


 ありのままのパーティーの姿を見て、俺は気づいた。

 俺が欲していたのは、ただの友達でも、一方的に守るだけの対象でもなかったんだ。


 当たり前のように隣にいる、心の底から信頼できる存在……。

 本当の仲間たちだったんだ。


「……ありがとう」


 俺もいつもの自然な笑顔で彼女たちに言った。


 ありがとう。

 それしか言う言葉が見つからなかった。


 ありがとう。シエラ、カリン、ルーシー。

 君たちのような最高の仲間と巡り会えたことに、感謝を。


 ………………。


 そんな、めちゃくちゃいい感じの雰囲気を醸し出していた最中にである。


 ガサッ……。


 近くの草むらで何かが動く音がした。 


「まさか、さっきのヤツの仲間か?」

 

 俺はすぐに身構える。


 ちくしょう、いい雰囲気なのに邪魔しやがって。

 俺は過去最高に苛立っていた。


 だから相手がどんなヤツでも容赦はしない。

 絶対にぶちのめす。


 そう覚悟した時、草むらから一人の男が出てきた。


「……終わったみてえだな」


 ……間違いない。声を聞いただけでわかる。

 

 この最低最悪のゲス野郎の声音。

 俺はこの男を知っている。


「リーダー!」


 なんと、草陰にいたのは本物の元リーダーだった。

 全身血まみれで致命傷のようだが、なんとか生きている。


 まさか生き残っているとは思わなかった……。


「……よくやったなクリス。お前のおかげで助かった。やはりお前は、最高に頼りになる男だよ」


 正直一番生きていてほしくなかった。

 まあ、一応は生きていたことは素直に喜ぼう。


 俺は笑顔になった。

 そして、


 ドゴォ!


 そのまま元リーダーを思いっきり蹴飛ばした。



 *



 ──それからしばらくして。


 クリス、シエラ、カリン、ルーシーらのパーティーは、ギルドの誰もが認める最強のパーティーとなった。

 

 無事、学費を手に入れた三人。

 そしてひょんなことから、通う気のなかった学校へ通うことが決まったクリス。


 その物語はまた別の機会に語るとしよう。


 一方、クリスの蹴りを受けて瀕死になった元リーダー。

 治療を受けてなんとか一命を取り留めましたとさ。

 

 ちゃんちゃん。

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[気になる点] ざまぁ後の元パーティーの末路が気になりますね
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