踊れ!シーフードカレー ―物語レシピ―
「え? 本当に玉ねぎ子?」
ニンニク子の目の前には、飴色にこんがりと肌が焼け、ギャルっぽくなった制服姿のJK少女がいた。
「まあね。ニンニク子、あんたも焼いたら? 割引券あげるよ」
「いや、でも……顔グロとか、今どき古くない?」
親友に言われ、黒々とした顔の少女が肩をすくめる。
「知ってるっしょ? あたしが彼氏にフラれたの。プライドは木っ端みじん切り。イメチェンするにはいい機会かなって」
付き合っていた彼に振られ、玉ねぎ子は学校を休んでいた。久々に登校してきたと思ったら顔グロギャルに変貌していた。
「でも、どうやったらこんなに飴色になるまで黒くなれるの?」
ニンニク子が親友の顔をまじまじと見つめる。
「カンタン。肌にバターを塗るの」
「バター?」
「その日焼けサロンではみんなやってるって」
二人が教室の片隅で話していると、クラスメイトのリンゴ子とニンジン子がやって来た。玉ねぎ子の顔を見て、ぷっと吹き出す。
「マジ? めっちゃ黒いんですけどー。松崎し○るより黒いよ」
「失恋はわかるけど……イメチェンしすぎじゃね?」
うっせーな、と玉ねぎ子が睨み付ける。
「リンゴ子、あんた、いちばん栄養があるのは皮なのに、その皮に農薬付いてるからね。ニンジン子、あんた、実は糖質高くて、けっこう太りやすいからね」
すりおろされた、もとい〝こき下ろされた〟リンゴ子とニンジン子がムキになる。
「いや、あんただって、硫化アリルは体臭や口臭の原因になるし、食べ過ぎると下痢や腹痛になるっしょ」
まあまあ、とニンニク子が三人の間に割って入った。
「みんなでクラブでも行こうよ」
いいね、と玉ねぎ子が賛同する。
「そこで誰が一番イイ女か決めよう」
リンゴ子が、いいわね、と腕組みをしてうなずいた。
「その勝負、受けて立とうじゃない」
その夜、私服に着替えた少女たちがクラブに行くと、エビ男とイカ男とアサリ男が近づいてきた。キザっぽそうなイカ男が白ワインの瓶を掲げる。
「お嬢さんたち、僕たちとワインでも飲まない?」
「いえ、私たちまだ学生で――」
ニンニク子が断ろうとしたが、玉ねぎ子がテーブルの下で足を蹴り、言葉を強引に止めた。
「いいんですかー。うれしいなー」
全員のグラスに白ワインが注がれ、乾杯した。
「ねえ、この中でいちばんイイ女は誰だと思う?」
玉ねぎ子が訊ねると、男たちが顔を見合わせた。
「みんな可愛いよ。誰が一番かなんて決められないよ」
エビ男が困ったように言うと、ニンジン子が色目を使った。
「エビ男さんって、素敵ですよね。私なんてどうですか?」
はは、とエビ男が苦笑して明言を避けると、玉ねぎ子が声を荒げた。
「男でしょ。はっきりしてよ!」
「顔グロなんて今どき古いですよねー」
横からリンゴ子が茶々を入れると、玉ねぎ子がきっと睨みつける。
「うっさいわね。あんたは腐ってんのか、蜜が出てんのかわかりにくいんだよ!」
「それ、今関係ないでしょ!」
少女たちがまた口論になり、しまいには取っ組み合いの喧嘩になった。
バシャッ!
ニンニク子が手にバケツを持っていた。
「あんたたち、頭を冷やしなさい!」
少女たちは大量の水を浴び、ズブ濡れで呆然としていた。そのとき、店の中がザワザワと騒然とした空気になる。
「おい、ルーだ! ルーが来たぞ」
インド人とのハーフで、モデルで俳優のルー・辛口がやって来たのだった。
DJが音楽を流し、周りを客が取り囲む中、フロアの中央でルーが踊り始め、スポットライトで照らされる。
少女たちはその様子を上気した顔で見つめた。
「本物のルー……マジ?」
「テレビで見るより、全然カッコイイ!」
「ねえ、一緒に写真撮らしてもらえないかな?」
エビ男やイカ男たちが顔を見合わせる。
「結局、最後にはルーがもってくんだな……」
「女たちの目はルーに釘付けだな」
「ルーに勝てるやつなんていないだろ」
エビ男が椅子から立ち上がる。
「踊りに行こうぜ」
男たちがフロアに降りていき、少女たちも後に続いた。玉ねぎ子が音楽に身を任せて身体を揺らしていると、目の前に濃い顔の男が立った。
「へい、ガール。かわいいね」
ルー・辛口だった。玉ねぎ子は顔が真っ赤になる(といっても顔グロだから、本人以外にはわからないのだが)。
「……私なんて、かわいくないです……」
「ノンノン。その飴色の肌、すごく素敵だよ。玉ねぎには糖が含まれていて、炒めるとカラメルのような甘い香りが出る。その甘さがカレーのコクを深めるのさ。カレーのおいしさは君にかかってるんだ」
玉ねぎ子の目にじわっと涙がにじむ。
「ほら、ガール。君に涙は似合わないよ。踊ろう」
ルー・辛口が広げた手を顔の前で止めた。
「ランババババ、ランババババ。それ! 踊れ、ガールズ&ボーイズ♪ クミン、カルダモン、シナモン、クローブ、コリアンダー、ガーリック、ターメリック♪」
パンと手を叩き、華麗に回転する。
「ランババババ、ランババババ。スパイスの匂いに狂えよボーイズ、ハーブの香りに酔えよガールズ。今宵、踊ろう朝まで、君といつまでも♪」
ルーの歌声に合わせ、玉ねぎ子も楽しげにステップを踏む。周りの客たちも二人を囲むようにダンスを踊る。リンゴ子もニンジン子もニンニク子も、ボーイズたちもみな笑顔だった。
こうして熱狂の夜は朝まで続いた。その舞台となったクラブの名は「Night Club シーフードカレー」――
【母直伝・簡単シーフードカレーのレシピ】
●材料
にんにく一欠片
玉ねぎ1個
ニンジン1本
リンゴ半分
シーフードミックス
エビ
イカ
白ワイン1カップ
カレールー市販品(辛口)
●作り方
ニンニク一欠片、玉ねぎ一個をみじん切りにします。フライパンにバターを入れ、玉ねぎの色が飴色になるまで炒めます。甘みを出すためにしっかり炒めましょう。
ニンジンを一本、リンゴを半分用意し、すり下ろします。
フライパンにバターをひいて、シーフードミックスを炒めます。魚介類の匂いを消すために白ワインを入れます(※魚には白ワイン、肉には赤ワインです)。白ワインは1カップ、たっぷりと入れます。
エビも入れると良いでしょう。シーフードミックだけだと寂しいです。
殻付きのエビを洗って、皮を剥きます。エビの背中を切っておきます。切れ目を入れた方が、後で大きく開いて豪華に見えます。 爪楊枝で、エビの背中の黒い紐みたいのをひかっけて抜き取ります。これを「背わたをとる」と言います。黒いのは内臓です。
イカも本来なら生がいいです。一匹売りのイカです。美味しく作りたいなら、シーフードミックスはあまり使わない方がいいです。
大きな鍋を用意します。みじんぎりして炒めた玉ねぎ、すり下ろしたリンゴとニンジンを入れます。これで甘みがそろいます。大きな鍋に、すべてを入れます。
市販のカレールーを用意します。ルーは別のメーカーのルーを混ぜるとより美味しくなります。玉ねぎとリンゴとニンジンは甘いので、ルーは「辛口」ぐらいがちょうどいいです。固形で8個入れます。
水を500cc入れます。2.5カップです。さっきの白ワイン1カップがありますので、合計で3.5カップです。
これで完成です。とろみがなく、スープカレーみたいなときはルーが足りないので足すといいでしょう。
レシピを覚えるのが苦手で物語にしてみました。