力の魔神
お前が力の魔神か……。
あぁそうだ。呼び出したのは俺だ。へっ、悪かったな、封印を解いたのがこんなガキで。こう見えても勇者なんでな。
まあいい。早速本題だが、魔神よ、俺に力を貸してくれ。そうだ。俺と契約して力を与えろ。俺には今どうしてもお前の力が必要なんだ。
フッ、目的なんて聞かずともわかってるだろ……あぁ、そうだ。魔王だ。俺はこの剣で魔王を倒すために旅をしてきた。長い年月をかけ、数え切れないほどの血を流して魔王城へ辿り着き、そしてこの地下にお前が封印されていることを知ったんだ。
頼む!この俺に力を与えてくれ!!魔王を倒すための力を!!
……そうか。わかってくれたか。ありがとう。お前の力があれば必ず魔王を倒せる。共にこの世界を救ってくれ。
さあ契約だ魔神よ!俺に力をくれ!どんな代償だろうと、この世界を魔王から解放する為なら俺は喜んで払う!!それが勇者だ!!
なるほど。これにサインだな。任せろ。てかすごいな複写になってんじゃんこれ。ちゃんとしてんな。
ええと、なんか、あの、ボールペンとかある?あっ、サンキュ。いや、ほら、勇者って筆記用具とか持ってないから。所持してんの凶器ばっかだし。職質された時とかほんと大変なんよマジで。
はい。サインしたよ。じゃあこれで……ん?ああ拇印ね。あぁ血でね。そうね。血ね。
えっと……これ、血じゃないとダメ?朱肉とかない?……ないの?ボールペンはあるのに?えっ、なにこれ血じゃないと無効なの?朱肉じゃなくて血肉じゃないとダメってなんだよそれ。
いやぁ……だって血とかそんなぽんぽん出るもんじゃないし……今までの勇者とかどうしてたのこれ。うん。過去の人。うん……うん…………えっ?噛んで?指を?……指噛んで血出すん?
何それ超キモいじゃん。いやいやいやいや絶対無理。無理無理嫌だって無理だってそんなん。いやもう想像しただけでイーッてなる顔がイーッて。だって……絶対痛いし……無理でしょ普通に考えて…………。
えー絶対やだよ噛むとか……他なんかないの?……えっ、剣?剣なんてどこに……あぁこれ!?この俺の持ってる勇者の剣!?………えっ、じゃあこれで自分の指刺すってこと?
いやいやいや無理でしょ。だってこれめっちゃ切れ味鋭いんだよ?ゴーレムとかもスパスパよ?やばいって指なくなるって絶対無理マジ無理……は?いやビビってねーし……ビビってねーし何言ってんのお前。勇者だぞ俺お前。言葉気をつけろよマジでお前……。
つーかつーか!この剣は!魔王を葬るために女神様から授かったありがたい剣であって!親からもらった大事な身体に傷をつけるための剣じゃねーから!わかる!?
ん……?あっ、ちょっと待って!そうだ思い出した!この剣にもう血がついてるわそういえば!!
えっとね……たしかこの辺……あっ、ほらほら見てこれ!ここの刃のとこ!これさっきオーク十匹くらい殺した時に浴びた返り血なんだけど、まだ浴びたてほやほやだから乾いてないのよ!これでいけるっしょ!!
じゃあ早速これを指に……えっ、なに……?いや血じゃんこれ。文句ないっしょ。正真正銘血だもん…………はあ何それ!?いやいや変わんねえっしょ。血は血じゃん!本人のじゃなくてもいいじゃん!指紋は俺のじゃん!てかお前が今目の前で俺が捺印するとこ見てんだから問題ないでしょ!!
はぁあああもう何それめんどくせええなああぁ…………じゃあもう絶対無理じゃん。無理だよ血とか……てかなんかそっちで用意しろよ。普通そっちが用意するだろこういうの。客だぞこっち。なんかないの採血する道具とか。痛くないやつな。痛くないやつ。
え?何それ?安全ピン?えっ、なに安全ピンで血出すの?
いやぁー結局痛いじゃんそれも……結構チクってすんじゃん………てかお前どっから出したんだよそれ……いやなんで力の魔神がポッケに安全ピン入れっぱなしにしちゃってんだよ。どんな作業中に封印されたんだよお前。
まあ剣よりはね。剣よりはマシだけど……うーん……てかなんか、中学デビューみたいじゃねこれ?あっ、わかる?でしょでしょ?なんかあの、初めてピアス開ける中学生みたいだよね。そうそう。ピアッサー買えなくて友達に安ピンで開けてもらうんだよね。今スッゲーあの時の感じだわ。
え?お前が……?いやいやいやそれはやめとこうや。それは無理だって。お前はそういうの無理だって。いや、だってお前力の魔神じゃん。加減とか知らないタイプじゃん。怪力キャラじゃん。単純作業しかできないでしょどうせ。お前が安ピンで刺したら俺の指絶対なくなるって。
いやビビってねーし。ビビってはねーけど!でもお前にってのは……いやいや痛くしないは嘘でしょ。それは嘘。お前、人に針刺して痛くしない方法がどこにあんだよ。中学の時のダチと同じこと言うのなお前。俺もう騙されねーから。
いやだからビビってねーって言ってんじゃん!ああもうわかったわかった!そこまで言うならいいよお前やれよ!いいよ!やれよ!痛くしないんだろ?ほら早く!刺せよ!俺ビビってねーから!!
おおいいよやれよ!!…………あっ、ちょっと待っていきなりはやめて。うん。あの、ほら、これ大事な契約だから。俺のタイミングでいかせて。俺がいいよって言ったら刺して。
…………フー……あっ、そうだここ絆創膏とか……あっ、あるんだ…………よーし……じゃあ……カウントダウンするわ……あ?うるせえよ。心構えがいるんだよ。黙ってろよ。
10……9……はーち……なーーな……あっ、消毒薬とかは……あっ、あるのね。あー救急箱あるのね。すごいね。準備いいね……うん。
じゃあ改めて………フゥ……じゅーう……きゅーう………はーーーーち………そういえばお前好きな人とかおるん……ッッてあっぶねええええ!!お前今いきなり刺そうとしたろ!!なにまだ数え終わってないのに刺しにきてんだよふざけんなよ!!!
はあ?いやビビってーねーし!いや時間稼ぎとかしてねーし!意味わからんし!そんなん思ってねーし!!はあ!?あーなんか今のでやる気無くしたわー。はーせっかく血出そうと思ったんにやる気無くしたわー。あーあ。もう世界滅ぶわこれ。お前のせいで。いやもういいわ。安全ピンはもういいわ。いやいいってしまえって。はあ?なにじゃあ自分でやれよって何それ。なんでなんかちょっとキレ気味なんお前。
もーどうすんのこれもーー無理じゃんマジで魔王倒せないじゃん。お前の変なこだわりのせいで。なんかもう唾液とかじゃダメなん?口の中綿棒とかでぐりぐりしてさ……俺、こないだ病院でやったよ?んもーわがままだなぁ体液は体液じゃん。
ん?口?……あっ、ちょっと待ってこれいけるかも…………あのさ魔神、リンゴ持ってない?そう、リンゴ。いや俺さ、実はこの前リンゴ齧ってたらなんか口からダラダラ血ぃ出てきたんだよ。あれ使えんじゃね?
いやマジだって。違う違う、毒リンゴとかじゃないって。いや歯槽膿漏でもねえわバカ。なんかわかんねえんだけどリンゴ齧ると歯茎から血が出るんだよ。多分俺そういう体質なんだよ。
とりあえずやってみようぜ。ほらリンゴ出せリンゴ…………なんだよ。安全ピン持っててリンゴねえとか言わせねえぞお前。
えっ、なにその顔…………お前……もしかしてこの後に及んで歯茎から出た血は嫌とか思ってる?
……マジで?この契約に世界の命運かかってんのに歯茎から出た血ってなんか嫌だなーって思ってんの?……いやいやいやいや無効なわけないじゃん!絶対契約成立するって!俺の血液なんだから!条件満たしてんじゃん!!!……はぁ?……どこよ見せてみ…………いやっ、嘘つくなよお前どこの世界に「※但し乙の歯茎からの血は無効とする」なんて注意書きのある血の契約書あんだよ!!お前今付け足しただろ!!絶対なかったもんさっきまでこんなん!!
てかなんで嫌なの?別にこの書類になすり付けるだけだから良くない?……え?お前これ食うの?契約書ごと?契約締結の証に?だから歯茎とかの血は生理的に無理ってこと…………?
…………あーそう。そうっすか。はいはいわかったわかった。わかりました。じゃあいいよもう。歯茎からの血は無効なんだな?歯茎からの血は。ってことは歯茎以外だったらいいんだよな?他の部位からの血は有効だよな?そうだよな?契約書の但書きにも歯茎しか書いてないな?
よし。言ったなお前。言質取ったからな。もう後悔しても遅いからな。
……いや俺さぁ、馬乗ってんだわ。うん。そりゃもう毎日。馬に。そう、馬車じゃなくて。馬ね馬。今日も魔王城まで馬できてるし。んでさ、お前知らねえだろうけどあの鞍?っていうの?馬の背中につけるやつ。そう、座るとこ。あれってなぁ……かってぇんだわ。マジで。でさ、先週の金曜くらいかな?馬乗ってたらなんか急にめっっっちゃケツ痛くなってさ。それがもうヒリヒリヒリヒリ痛てーのなんのって……んで慌てて病院行ったんだわ。そしたらなんとさ……おいおいおいなんだよ最後まで言わせろよお前。お前が歯茎の血は嫌だとか生理的に無理だとかわがまま言うから俺だって勇者にあるまじきカミングアウトしてんだから黙って聞けよ。
いやいや今更謝ったってもう遅いからな。もう俺これで契約決めっから。いやーまさかこんなところから出た血で契約することになるとはなあ……イボがキレた時はどうなることかと思ったけど、世界を救う為にはこの痛みは無駄じゃなかったわけだ。
だからもう遅いって。いやいや頭下げられてももう無駄だって。俺の決意硬いから。おいおい力の魔神が土下座なんてすんなよみっともねえな。こっちはもう尻丸出しなんだぞ。ダメだろお前仮にも神が尻出した人間に頭下げちゃ。
オラっ、さっさと済ませちまおうぜ……なんなら直接飲ませてやろうか?ほら、口開けろよ……あ?おいおい泣くなよ魔神がよ。お前が悪いんだからな。お前がうだうだ言うからこんなことする羽目になっちゃったんだからな。いや知らんよ。そんな妻と子がおるとか言われても知らんよ。田舎に病気の母がとか言われても俺の尻はもう収まらんのよ。
ほら、啜れよ。お前の大好きな生き血だぞほら存分に啜れ。ほら。ほら早くほら。なんだよもっと近づけた方が啜りやすいか?あ?……おいっ、ちょっ、やめろって、ちょっ、胸ぐら掴むなって……ちょっ、キレんなよ……キレんのは俺の尻だけで……あっ、ちょっとマジでやめてマジでごめんおろしてごめんごめんごめんちょっ、やめっ……!グヘッ!!
イッッッ……ちょっ、マジかお前…………神が尻近づけられたくらいでマジギレして勇者のことグーで殴るとかマジか……くそッ、魔物にも殴られたことないのに……てか眼鏡の上から顔面殴るとか常識ねえのかお前……メガネ割れたらどうすんだよ……乱視用レンズいくらするか知ってんのかテメェ………やっぱキレるとすぐそうやって暴力振るうのなお前……力しか取り柄ないもんな……クソ……グス……もういい……もうどうでもいいわ……もうお前みたいな奴とは契約しねえ……うるせえ!魔王なんて知るか!もう帰る!!家帰るもん!!……はあ?泣いてねー!泣いてねーよバーカバーカ!!バーカ!ターコ!!魔神!!筋肉バカ!!キレやすい中年!!低学歴!!クソッタレ!!二度と来ねえよ!!…………バーカ!!
バタン
…………ウゥ……尻も痛いのに頬まで痛い……あんのバカがよぉ……ん?……これ……?
ちょちょちょちょ!!!魔神!!!ちょ!!!これ!!!開けて開けて!!!見てこれ!!!ちょ、早く鍵開けて!!!ほらほら見てこれ……鼻血出てる!!!!
……いやだからその顔やめろって。




