ラプンツェル
プルルルル
魔王「はい、魔王室…………えっ?はい。はい……じゃあ通してあげてください」ガチャ
姫「どったの?」ボリボリ
魔王「姫……ついに来たみたいよ」
姫「置き配設定してなかったの?」
魔王「Amazonじゃないわよ。あなたが10年待ちわびた相手よ」
姫「えっ……それって…………」
魔王「そう……」
姫「……………?」
魔王「察したんじゃなくてマジでピンと来てないだけなの」
姫「ほんとに誰?」
魔王「勇者よ!勇者!!」
姫「……………?」ズズズ
魔王「なんでまだピンと来ないの。勇者だって言ってんでしょ」
姫「えっ、勇者何しにくんの」
魔王「あんたを迎えに来たのよ!」
姫「私を!?なんで!?」
魔王「あんたがこの魔王城に囚われてるからよ!!」
姫「そうなん!?」ガサガサ
魔王「10年で色々忘れすぎでしょあんた」
姫「ご、ごめんなさい魔王……私ちょっと頭が混乱してて……」バリバリ
魔王「混乱してんなら茶啜ってせんべい食べるその手を止めなさい」
姫「まあどうでもいいけど、そういうことなら勇者来たら起こしてよ。私、昨日の夜は生配信見ててもう眠くて眠くて……」
魔王「今から勇者くるっつうのに寝る姫がありますか。身支度しなさい。ほら早く」
姫「えっ、このままじゃダメなん?」
魔王「どこの姫が上下スウェットで勇者迎えんのよ」
姫「えぇー……ダルぅ」
魔王「この前買ってあげたドレスあるでしょ。あとあんた髪もなんとかしなさいそれ伸びすぎなのよ」
姫「マジで?髪はマジ超だるいんですけど」
魔王「だから美容室行きなさいってあんだけ言ったのに」
姫「あーもうめんどくさぁぁ。勇者なんできたのマジでぇ……」
魔王「そんなこと言わない。勇者かわいそうでしょ」
姫「もー魔王ぉー髪といてよぉー」
魔王「はぁ……もうあんた後ろ向いてそこ座りなさい」
姫「ねぇ魔王。これこのあと流れどうなんの?」
魔王「えーと……勇者が魔王城を登ってくるでしょ」クシクシ
姫「うん」
魔王「それでこの最上階の魔王室まできて魔王のこと殺すでしょ」グイッグイッ
姫「うんうん」
魔王「それであなたと一緒に王国に帰るのよ」ブォー
姫「えっ!?私王国に連れ去られんの!?」
魔王「はい。綺麗になった」
姫「ちょっ、ちょっと待ってよ。私、魔王城に帰って来れるよね?」
魔王「そこからずっと王国で暮らすに決まってんでしょ」
姫「いやいやいやそれは困るよ」
魔王「なんでよ」
姫「だってほら……地面師たちとかまだ観てる途中だし……」
魔王「王国でもネトフリくらい観れるわよ」
姫「ほんとに?魔王城みたいにWi-Fi繋がってる?私ネットないと死んじゃうけど大丈夫?」
魔王「大丈夫よ……多分」
姫「多分じゃダメじゃん!通信制限になったらどうすんの!?ゲーム実況は!?Vチューバーの生配信は!?暴露系インフルエンサーに張り付いて芸能人のゴシップのコメント欄を巡回する私の朝の日課は!?どうなんの!?」
魔王「…………ハァ………ねえ姫……あなた、この髪切ってみない?」
姫「ちょっと魔王何言ってんの?今大事な話してるんだよ!私のこの平和な日常が勇者によって脅かされようとしてるんだよ?」
魔王「あのね、姫、よく聞いて。これはあなたが外の世界を知るいい機会だと思うの」
姫「外の世界?」
魔王「えぇ、あなたはこの10年ずっとこの温かな魔王城の中でぬくぬくと暮らしてきたわ。だから外の世界の厳しさを何も知らないまま大人になろうとしてる」
姫「名前だけならこの世で一番厳しい場所にいるような気もするけど」
魔王「きっと魔王もいけなかったのね。あなたの望むまま光回線を契約して、最新のスマホもタブレットも与えて、挙句の果てにはゲーミングPCまで買って……あなたは一日中ネットの海に……ウッ……」
姫「ちょっ、そんなセリフと共に泣かれたら私すごいダメ人間みたいだからやめてよ」
魔王「姫。現実の外の世界には、嫌なことも素敵なことも、あなたの知らないことが沢山あるの。あなたはそれをもっと知るべきよ」
姫「でも私だって……地主と顔合わせしないまま不動産を買収してはいけないとか知ってるし」
魔王「そんな地面師の知識は日常生活ではほぼ役に立たないわ」
姫「そんな」
魔王「あなたが10年伸ばし続けたこの髪はこの怠惰で俗な日々の結晶。そろそろ断ち切らなければならないわ」
姫「…………つまりネット断ちしてついでに髪も絶って引きこもり生活やめて家から出ろってこと?」
魔王「まあ平たく言えば」
姫「ヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダ!!髪はどうでもいいけどネットはやだあああああああ!!!」
魔王「こらっ、ちょっ、危ないっ、痛っ、痛っ、やめて、ドクロ投げないで、呪いの大剣振り回さないで!」
姫「うおおおおおおおおおお!!!」ゴゴゴゴ
魔王「やめて!ガーゴイルはやめて!そんなのぶつけられたら魔王死んじゃうから!」
姫「ハァ……ハァ…………私は何があってもこの部屋から出ないし、ネットも解約させないわ……」
魔王「魔王、まさか魔王なのに家庭内暴力を受けるとは思わなかったわ」
姫「ねえ魔王……私たちずっと一緒だったじゃん。幸せだったじゃん。魔王は私と離れて寂しくないの?」
魔王「それは……」
姫「もうすぐクリスマスだよ?また魔王城をライトアップしてご近所さんに自慢しようよ。シャトレーゼでケーキ予約しようよ。こたつでチキンバーレル食べてそのまま寝て二人揃って風邪ひこうよ」
魔王「よく考えたら魔王がクリスマス祝ってたのすごく良くない気がするわ」
姫「M−1の審査にケチつけようよ」
魔王「それ王国で絶対やっちゃダメだからね」
姫「魔王、私ずっとここにいたいよ…………」
魔王「姫……あなたと出会った日のことを昨日のことのように思い出せるわ」
姫「追い出す方向で締めに入らないで」
魔王「森で迷子になってたあなたを拾って飯を食わせたらなんかそのまま居着いてしまって……」
姫「強行するのね」
魔王「姫だってことが判明してから何度も帰るように説得したけど頑としてこの部屋から出ようとしなかったわね……」
姫「魔王が国王の娘を誘拐したってネットで大炎上したもんね魔王」
魔王「Twitterのアカウントも消すハメになったわ」
姫「フォロワー10万体もいたのにね」
魔王「でもね。それでもあなたといた日々は楽しかった。人間も悪くないって思えたの。あなたはどう?」
姫「私は……この魔王城の暮らし楽しかったし、魔王も他の魔物もみんな友達だよ」
魔王「フフフ。そうよね。でもそれはきっと特別なことじゃないと思うの。人間も魔物もお互いの偏見をなくして接することができればきっと共存できるはずよ」
姫「そうかな」
魔王「そんな素敵な世界があれば夢みたいよね」
姫「私はネットがあれば別に」
魔王「夢みたいよね」
姫「あっ、はい」
魔王「だったら、あなたにはやるべきことがあるはずよ」
姫「私がやるべきこと?」
魔王「あなたにしかできないこと、姫であるあなたにしかできない方法よ……わかるでしょ?」
姫「それは……最もフィジカルでプリミティブな方法……?」
魔王「違うわ」
姫「だとしたら到底見当がつかないよ」
魔王「思い出して。あなたは国王の一人娘よ」
姫「……うん」
魔王「魔界、そして魔物が恐ろしいものではないことを、あなたの口から国王や国民に伝えてくれれば、きっと王国の空気も変わっていくし素敵な世界になっていくと思うの」
姫「……そしたら、魔王はアカウント復活できるの?」
魔王「えぇ、まあそれもできるでしょうね」
姫「なるほど…………つまりこの魔王城で教育を受けた私が、国の中枢に潜り込み、魔王復活のために暗躍すればいいのね!」
魔王「ちょっと違う」
姫「別班みたいじゃん!」
魔王「なにそれ」
姫「そういうのなら任せて!」
魔王「なにちょっとワクワクしてきてんの」
姫「そうと決まれば準備しなきゃ!なにからしたらいい?」
魔王「ま、まあ姫が前向きになってくれたならそれでいいかしら……」
姫「早くしないと勇者来ちゃうよ!」
魔王「じゃあその長い髪を切ってあげるから後ろ向いて」
姫「おおおお頭を剃るのね!オッケー!ツルツルにしてね!」
魔王「いや剃らないわよ。なんで剃り上げることに前のめりなのよあなた」クシクシ
姫「………はぁ……こうやって髪を魔王にといてもらうのもこれでで最後かぁ」
魔王「ふふふ、そうね」
姫「そして……PCや積み上げたゲーム達とも今日でお別れ……ウッウッ……」
魔王「どんなタイミングで感極まってんのよ」
姫「でも、たとえ離れ離れになっても私たちは友達だよね……?」
魔王「そうよ。この長い髪を切り落として、遠く離れることになっても私たちのきずn」
姫「5Gは繋がってるもんね!」
魔王「えっ、あっ、うん」
姫「じゃあ魔王……ひと思いにお願い」
魔王「じゃあいくわよ……さよなら、ラプンツェル……私の可愛い髪長姫………」
姫「…………てか待って。勇者遅くない?」
魔王「えっ」
姫「遅すぎじゃない?」
魔王「まあ、確かに」
姫「ちょっと外見てこよっかな」
プルルルルルル
魔王「あらっ、内線。はい魔王室……はい……はい…………えっ!?」
姫「うーん誰もきてないなあ……ん?なんだこれ」
魔王「はぁ……わかりました。はい。お疲れ様です」ガチャッ
姫「ねぇー魔王ぉー、やっぱり勇者廊下にすらきてなかったよー。でもなんかこれがドアの前に落ちてて……ってどうしたの魔王?」
魔王「…………さっき来た人。勇者じゃなかったんだって」
姫「えっ!?なにそれどういうこと?」
魔王「いや、なんか私服っぽかったから勇者だと思って通したんだけど、しばらくしたら普通に「あざしたー」って挨拶しながら颯爽と車で帰って行ったって」
姫「馬車じゃなくて!?」
魔王「黒ナンバーの軽バンだったって……」
姫「絶対勇者じゃないじゃん!業者さんじゃん!誰だったのそれ」
魔王「ところであなた何持ってるの?」
姫「いや、この段ボールがそのドアの前に………あっ!」
魔王「あっ!」
魔王&姫「「置き配!!」」
姫「えっ…………で、これなんなの。魔王ったらまたふるさと納税したの?」
魔王「いや違うと思うけど……とりあえず開けてみましょう」
姫「なんか手紙入ってるよ。これもしかしてお歳暮じゃない?」
魔王「ええと……『今年も大変お世話になりました。これからも末永く娘をよろしくお願いします 国王』……だって」
姫「えぇ!?パパ、全然娘取り返す気ないじゃん!」
魔王「…………クッ……先手を打たれた」
姫「なんで押し付け合いみたいになってんの私の存在」
魔王「暑中見舞いで姫の現状を洗いざらい書いたのが失敗だったわ」
姫「中身はなんなの?なんかでっかいの入ってるけど」
魔王「ええと……これは……ん?鳥が丸ごと?」
姫「……これさ、クリスマス用のローストチキンにしろってことじゃない?」
魔王「…………姫」
姫「…………はい」
魔王「シャトレーゼのネット予約ってまだ間に合うかしら」
姫「そういうのなら任せて!!」




