爺やと令嬢と社交と愛(笑)と脳と魔王と本音と……
令嬢「爺や!爺や!」
爺(いかがなさいましたかお嬢様)
令嬢「脳に直接返事すんじゃないわよ」
爺(しかし爺は既にその身体を失い、脳髄だけを培養液に浸したカプセルの中に閉じ込められ、意識だけの存在として)
令嬢「そんなエグい運命辿ってないでしょあんた」
爺(お嬢様のコレクションになっているので)
令嬢「そんなマッドな趣味ないわよ。さっさと来なさい」
爺(かしこまりました………では、そちらに参ります。ですがお嬢様どうかひとつ約束してください。今、爺がどのような姿でお嬢様の前に現れても決して自分を責めないと)
令嬢「あんたがいつどこでどんな姿になってようが絶対に私のせいじゃないから早くしなさい」
爺「こんばんはお嬢様」ガチャッ
令嬢「めっちゃ普通のジジイの姿のジジイが来たわ」
爺「してお嬢様、今宵はどのような儲け話を」
令嬢「人を小悪党みたいに言うんじゃないわよ」
爺「爺はこの屋敷に多大なる恩のある身ゆえ、お金の為ならどのような奉公もいたしますのでなんなりと」
令嬢「お嬢様の為ならって言いなさいよ。本音を隠しなさい」
爺「失礼しました。爺はかつて魔王に「お前もいい加減、人と本音で向き合えよ」と言われましたもので」
令嬢「どんな関係だったら魔王にそんなこと言われんのよ」
爺「お嬢様。そろそろ用件を言っていただかないと爺が天寿を全うしますぞ」
令嬢「今際の際に呼びつけて悪かったわね。実は頼みがあって……」
爺「ほう……この手紙をとある国で収監されているお兄様の元へ届けて欲しい……と」
令嬢「言ってないわよ」
爺「失礼しました爺には未来のセリフを先読みする能力があるもので」
令嬢「ひとつも当たってないわよ。誰よその兄」
爺「では頼みとは?」
令嬢「実は、明日社交界に出席することになってね。でも私、社交界なんて初めてだから……」
爺(爺やに手を繋いでいてほしいなって……)
令嬢「勝手にモノローグ付け足すのやめなさい」
爺「社交界のことであればお任せくださいお嬢様。こう見えても爺はかつては『社交界の貴公子』『社会のダニ』『歌舞伎町の母』とも称されたほどの爺ですので知らないことはありませぬぞ」
令嬢「大変な人生ね」
爺「やはりまずはドレスですな。どのようなドレスをお召しになるかもう決まっておりますかな」
令嬢「ああそれならそこのクローゼットに入っているんだけど、数が多すぎてどれを着ればいいかわかんなくて……」
爺「なるほど。どれちょっと爺が」
令嬢「着んじゃないわよ」
爺「お嬢様はサービスカットという言葉をご存知ですかな」
令嬢「あんたがドレス着る事とサービスカットという言葉が結びつかないわ」
爺「この赤のドレスなんかお嬢様によくお似合いではないでしょうか」
令嬢「そうかしら?」
爺「えぇ、血塗られた過去を持つお嬢様にピッタリかと」
令嬢「あんたも血で染めるわよ」
爺「ドレスが決まりましたら次に挨拶の練習ですな」
令嬢「挨拶?」
爺「ええ、社交界なんてものは所詮貴族の挨拶の場みたいなものなのです。それに挨拶は社交界などに限らず人と人とのコミュニケーションに於いて最も大切なものです。いい機会なので練習しましょう。『挨拶ができない子はこの業界じゃ食ってけないよ』と魔王も口癖のように言っておりました」
令嬢「魔王、業界人なのかしら」
爺「さあ挨拶の練習です。お嬢様どうぞお立ちになって」
令嬢「わかったわよ」スクッ
爺「では、私に続いて真似をしてください…………ありとーござっしたー!!!!!!!」
令嬢「野球部の挨拶はやらなくていいと思うの」
爺「しかし神聖なグラウンドへは敬意を表さなくては」
令嬢「多分私の人生にグラウンドは出てこないわよ」
爺「ふむ。それでは貴族らしく『ごきげんよう』と言ってみましょう。さあどうぞ」
令嬢「ごきげんよう」
爺「違います。もっと心の奥底にある慈しみの心を撫でるようにグッときてサワッと」
令嬢「難しいわね……ごきげんよう?」
爺「もっと己の嘆きの砂漠をひた歩く哀れな黒山羊にようにバニンと」
令嬢「あんたコーチングが天才型すぎて向いてないわ」
爺「さあ最後はダンスですな」
令嬢「ダンス?」
爺「えぇ、社交界の締めはダンスです。さあ一朝一夕でどうにかしましょう」
令嬢「『そんなの一朝一夕でどうになるもんじゃないでしょ』ってセリフを先読みしてんじゃないわよ」
爺「お嬢様、殿方とのダンスにおいて一番大切なものはなんだと思いますか?」
令嬢「なにかしら……相手の男性を思いやる優しさや愛……とか?」
爺「長時間の円運動に耐えうる心肺機能とそれを支える下半身の筋力です」
令嬢「ちょっと私の回答めちゃくちゃ恥ずかしいじゃない」
爺「しかし、そのような体の筋肉こそ一朝一夕でどうになるものではありません。あっ、あと愛(笑)もですな」
令嬢「あんた次イジったら殺すわよ」
爺「なのでここは思い切って断りましょう」
令嬢「断る?」
爺「えぇ、男性から誘われても断ればいいのです」
令嬢「でもそんなことしたら嫌われちゃうんじゃない?」
爺「ですので相手に失礼のないよう丁重にお断りしましょう。そこで相手を傷つけずに断ることこそ淑女の嗜みというものです」
令嬢「なるほど……でもなんて言えば」
爺「理由はなんでもいいのです。『持病のヘルニアが再発した』『ドルの暴落で虫の居所が悪い』『今ちょっとそれどころじゃない』『生理的に無理』等々、相手が『それなら仕方ない』と思える理由を与えてあげればいいのです」
令嬢「極限までに失礼な気がするけど」
爺「まあそもそも。そういえばお嬢様はまだ幼い女の子なのですから。本気でダンスに誘ってくる奴なんてやべえ奴なので適当にあしらっても問題ないですぞ」
令嬢「そういえば私まだ幼い女の子だったわね。今思い出したわ」
爺「えぇ、まだ幼いにも関わらず相手を思いやることのできる優しさと愛(笑)に満ち溢れた立派なお嬢様でs」
令嬢「殺すわ」ドゴッ
………………………。
…………………。
…………。
……。
爺(あれからどれほどの時が経ったでしょうか……あの瞬間に、私はお嬢様に肉体を殺され、気づいた時にはこのお嬢様の実験室の戸棚に眠る培養液のカプセルの中に意識だけを持つ脳髄として保管され………)
令嬢「勝手に物語を進めてんじゃないわよ」
爺「失礼しました。お嬢様に脛を蹴られた衝撃で天寿を全うしておりました」
令嬢「どんな天寿よそれ」
爺「しかし、とりあえずこれでお嬢様の社交界対策はバッチリですな」
令嬢「ええと、赤いドレス。挨拶はきちんと。ダンス誘われたら断る。でよかったかしら」
爺「ええそうです。さすがお嬢様、一夜にして社交界を完璧にマスターされましたな」
令嬢「なにも解決していないような気もするんだけど」
爺「『これだけわかっていれば十分です。大切なのは相手に失礼のないこと。これからお嬢様は沢山の人と出会うことでしょう。御令嬢というお立場上、出会う方々は決していい人ばかりではありません。お嬢様をよく思わない者、利用しようと狙っている者、国や家柄に於いて利害関係にある者、色々な立場の人間と顔を合わせることになります。しかし、どんな相手、たとえそれが敵対する者であっても決して失礼な態度を表さずに、凛として敬意を持って接する。それこそが本物の淑女と言えるのです。社交界というものは言うなれば貴族社会の縮図です。お嬢様の貴族としての人生の修練の場と考えていただければ」
令嬢「……なるほど」
爺「幸いです。どうか、これからのお嬢様の歩む道のりに神の祝福があらんことを。2022年7月24日 魔王』とのメッセージを預かって参りました」
令嬢「ちょっと待って今の全部魔王の言葉だったの」
爺「えぇ、魔王も今頃培養液の中でお嬢様の成長を願っておられるでしょう」
令嬢「殺してないわよ」
爺「さて、感動のお手紙も読み終えたところで、そろそろ爺はここらでドロンさせてもらいますが」
令嬢「表現が急にオヤジね」
爺「しかし、まだお嬢様がご不安でしたらお嬢様が眠るまで爺が添い寝をしてあげましょうか」
令嬢「フフ、ありがとう。生理的に無理だからお断りしますわ」
爺「流石お嬢様。それでこそ淑女です。それではおやすみなさい」
令嬢「ええありがとう。おやすみなさい」
爺(だけど本当は眠るまでそばにいてほしいな………なんて)
令嬢「思ってないわよ」




