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シュレディンガーの魔王

勇者「オラァ!!!」


『勇者の攻撃!魔王に3000のダメージ!』


僧侶「離れて勇者!」


勇者「むっ」サッ


僧侶「魔王を閉じ込めて身動きを取れなくするよ!『小さな黒い箱(ホーリーナイト)』!」


『魔王は箱に閉じ込められた!』


勇者「ナイス僧侶!よし!トドメだ!」


僧侶「いけー勇者!」


勇者「オラァアアアアア!!!サンダーボルト!!!!!」ズドオオオン


僧侶「よし!」


勇者「ふぅ…………やったか?箱の中にいるから見えねえけど、くたばったよな流石に」


僧侶「うん。残りHPから見ても今ので確実に魔王は倒せたはず……」


勇者「てことは……ここからだな」


僧侶「そう……『魔王は一度力尽きると、パワーアップした最終形態として復活する』というあの伝説の通りなら……ここからが本当の最終決戦だね」


勇者「そうだな。攻略サイトに載ってたもんな」


僧侶「伝説ね。伝説」


勇者「ほんと便利な世の中になったわ…………そろそろか…………?」


僧侶「うん…………来る……」


勇者「…………」


僧侶「…………」


勇者「…………こなくね?」


僧侶「…………あれ?」


勇者「おいどういうことだよ最終形態ならねえじゃん。なんだよガセネタかよ。ったくこれだからネットは」


僧侶「いや、そんなはずは……」


勇者「でも、魔王あの箱から出てこねえぞ。普通最終形態になったら飛び出てくるだろ。調子こいて」


僧侶「うーん……」


勇者「それかあれか、まだしぶとく生きてんのかアイツ」


僧侶「いや、それはそれで箱から出てくると思うんだけど…」


勇者「しゃあねえ……ちょっと開けて中の様子確認してみるか」


僧侶「……ハッ!いや!待って勇者!開けちゃだめ!」


勇者「あ?」


僧侶「ちょっと考えがあるから……とりあえずその箱開けるのは一旦やめて」


勇者「オラオラ魔王!てめえが最終形態隠してんのは攻略wikiでとっくに知ってんだよ!勿体ぶってないで出てこいや!オラ!!」ガンガン


僧侶「箱蹴るのもやめてあげて」


勇者「なんだってんだよさっきから。箱開けねえと魔王が死んだかどうかわかんねえだろ」


僧侶「それなんだけどさ……今、その箱を開けると確実に魔王は最終形態になっちゃうと思うんだよね」


勇者「……あ?何言ってんだ?」


僧侶「えっと、つまり……今、魔王は確実に死んでるんだけど……多分魔王は、俺たちが魔王が死んだことを観測してから初めて死んだことになると思うんだよね……だから今の魔王は、死んでるんだけど死んでないっていうか……」


勇者「…………何言ってんのか全然わかんねえ……お前、頭おかしいのか?」


僧侶「言い方ひどいな!おかしくないよ!昔、本で読んだことがあるんだよこういう話!」


勇者「よくわかんねえけど、で、なんでそれで箱開けちゃいけねえの?客観的にも死なせてやろうや」


僧侶「だから……!俺たちが魔王の死亡を確認しちゃうと魔王は最終形態になっちゃうの!!今は魔王が死んだけどそれが観測されず確定じゃないから最終形態になれない絶妙なタイミングにいるの!!」


勇者「……よくわかんねえけどあれか、つまり『ボス部屋に入って明らかに遠目にボスが見えてて、これ後一歩踏み出したらボス戦のムービー始まっちゃうやつだからその前に一旦セーブしとくか』みたいなあの感じの時間か今」


僧侶「例えがよくわかんないけど多分それで認識は合ってると思う」


勇者「だから『魔王は力尽きた』みたいなナレーションもまだ出てないのか」


僧侶「そうだね。多分魔王の死体見ちゃったら出ちゃうと思うから気をつけないと。あれでたら多分最終形態になっちゃうから」


勇者「…………で、どうすんのこれから」


僧侶「思ったんだけどさ…………もうほっとかない?これ」


勇者「はあ?」


僧侶「だってあの箱開けない限り魔王復活しないし……」


勇者「いや何言ってんだお前。まだ最終形態残ってんだからちゃんと最後まで倒さないとダメだろ。そういうのはお前……ちゃんとしないとダメだよお前……」


僧侶「でも負けるかもだよ?魔王思ってたよりめっちゃ強くて苦戦しちゃったし、これで最終形態でパワーアップしたら俺たち二人とも殺されちゃうかもだよ?」


勇者「いやでもな……」


僧侶「あの箱開けなければもう魔王は出てこないから世界は平和だし、俺たちももう戦わなくて済むんだよ?みんな幸せになれるよ?いいことづくしじゃない?俺が言ってること間違ってる?間違ってないよね?」


勇者「畳みかけるなよ。なんだよそのテンション。こえーよお前」


僧侶「勇者こそ変だよ!いつもサボれる限界までサボるのが勇者じゃん!なにちょっとちゃんと魔王討伐しようとしてんの!?」


勇者「お前の中での勇者のイメージどうなってんだよ…………いや、でも今回は俺間違ってないと思うんだけどなあ……だっておかしいだろこんな状態で放置して解決って」


僧侶「大丈夫だよ!もう他の魔物もあらかた倒してるし、魔王は今この次元から存在消えてるようなもんなんだから新しい魔物が生まれる心配もないから放置でいいって!」


勇者「……いや、やっぱり倒そう。うん。それがいい」


僧侶「なんで!?ちゃんと話聞いてた?その箱開けない方が絶対メリット多いじゃん!絶対大丈夫だって!問題ないよ!」


勇者「いや、その妙に思想が強い感じが怖いわ。なんかいかにもとんでもない失敗して世界を危険に晒す奴特有のソレだもん。うん。間違いない。開けよう」ガタガタ


僧侶「ちょっ……クッ、仕方がない……ホーリーラリアット!!」ドゴォ!


勇者「グハッ!!…………痛ってぇなオイどういうつもりだよ僧侶てめえ!」


僧侶「どうも勇者とはやっぱり意見が合わないみたいだね……。勇者がどうしてもこの箱を開けるってんならもう容赦はしないよ!魔王は俺が守る!箱には指一本触れさせないよ!」


勇者「ほう、いい根性してんじゃねえか僧侶。なんか前にもこんなことあった気がするけど今回は絶対俺が正しいからな。なんていうか、こう、倫理的に間違いなく俺が正しいからな。容赦はしねえぞ」


僧侶「フッ……そういえば勇者にはまだ俺の本当の力を見せたことなかったね。いいよ。俺の本気を見せてあげよう」


勇者「テメエそれさっきの魔王戦で見せろやコラァ!!!!!!!」ダダダダ


僧侶「ホーリーシャイニングウィザード!」ドゴッ


勇者「グハッ!!……やるじゃねえか。だが俺も」


僧侶「ホーリーバックドロップ!」グシャッ


勇者「グヘッ、ちょっ」


僧侶「からのー……ホーリーフライングボディアタック!!」ドシン


勇者「ッ………」


僧侶「ホーリーチョークスリーパーホールド!」グギッ


勇者「…………」


僧侶「ハァ……ハァ……どうだ勇者これで……勇者!?」


勇者「…………」


僧侶「………ええと、回復呪文ってなんだっけ……あれ……ああそうだ。ヒール」キラキラ


勇者「…………プハッアアア!……ハァ……ハァ……あぶねえ死ぬかと思った……」


僧侶「フフフ……見たかい勇者これが神の加護を受けた僧侶の本当の力さ」


勇者「グッ……何が神の加護だ全部プロレス技じゃねえか……クソッ……なんでもかんでもホーリーって付ければ許されると思いやがって」


僧侶「何を隠そう俺は地元の僧侶だけが所属する団体。ホーリープロレスの一員だったからね」


勇者「特殊部隊すぎるだろ」


僧侶「通称ホリプロさ」


勇者「名前変えたほうがいいぞ」


僧侶「とにかく、これで勝負はついた。さあ帰ろうよ勇者。帰ってこの絶妙なバグで魔王を失った時の隙間のような偽りの世界でまやかしの平和を享受して生きていこうよ」


勇者「やだよそんなビターエンド」


僧侶「さっ、行くよ」


勇者「………ほんとにいいのかよ」


僧侶「…………」スタスタ


勇者「みんなの思いはいいのかよ!!!!」


僧侶「……何言ってんの、勇者らしくもない」


勇者「あぁ、いいよ。確かに俺らしくねえよ。でもな、どんだけクズでもゲスでも俺はやっぱり勇者なんだよ。魔王を倒すために生きてんだよ。だから言わせてもらうぞ。お前は本当にそれで満足なのか?」


僧侶「だから、これでいいって何度言えば」


勇者「お前の家族は!仲間は!今まで出会った村の人たちは!本当にこんな世界を望んでんのかよ!!」


僧侶「…………」


勇者「いいかよく聞け僧侶。俺はこんな恥ずかしいこと二度は言わねえからな。俺たちは今まで世界中の人たちの思いを、期待を背負って戦ってここまできたんだよ。みんな俺たちが魔王を倒すって信じて応援してくれてんだよ。そんなのお前が一番わかってるはずだろ?なあ、僧侶。もう一度よく考えろ。本当にこれでいいのか。これでみんなの思いは報われるのか」


僧侶「みんな…………」


勇者「ああそうだ。思い出せよ。今まで出会ってきたたくさんの人たちの言葉を」


……………………。


………………。


…………。


……。


『先輩!ついに冒険者になるんすね!俺リングの上から応援してます!』


『けっ、せっかくここまで面倒見てきてやったってのによ。テメエなんぞ破門だ破門。いいか、絶対魔王倒すまで帰ってくんじゃねえぞ!』


『グハハハハ!安心しろ!テメエのリングネーム『絶叫パンプキン田中』の名は帰ってくるまで俺が預かっといてやる!!!」


……。


…………。


………………。


……………………………。


僧侶「クッ……みんな……そうだ俺は、なんて馬鹿なことを……みんなの熱い思いを忘れるなんて…………」


勇者「なんでお前の記憶レスラー達の思いしか残ってねえんだよ」


僧侶「ごめん勇者……俺が間違ってた」


勇者「いや、まあいいんだ。どんなきっかけであれわかってくれたら」


僧侶「ありがとう、勇者……」


勇者「パンプキン……」


僧侶「貴様二度とその名で俺を呼ぶな」


勇者「昔の癖がでてんぞ」


僧侶「よし、そうと決まれば倒そう!さあ勇者、箱を開けて魔王の最終形態を拝むよ!第二ラウンドの始まりだ!っシャーオラ!」


勇者「急に雑なレスラー属性ついたなお前」


僧侶「さあ運命のゴングを鳴らそう!」


勇者「あっ、ちょっと待て」


僧侶「なに勇者どうしたのさ。まさか、今更怖気付いたの?それこそ勇者らしくないよ!」


勇者「いや………………箱開ける前に、一旦セーブしとかねえ?」


僧侶「……勇者らしいね」

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― 新着の感想 ―
[良い点] ホーリーwラリwアットwww もうだめ、シュレディンガーの魔王という題名でなんとなく展開読めてたつもりの私が浅はかでした。今回も最高です!
[良い点] リングネームでコーヒーを吹き出してしまいました。限界です。 待ってました! 面白かったです!
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