人魚姫 中巻
前話『人魚姫 上巻』の続きになります。
そちらから読んでいただけたら幸いです。
上巻のあらすじ。
イニシエ帝国からの砲撃を受けたとの一報を聞いた王子は、軍の南下を中断して踵を返し大慌てで王国へと馬を走らせる。しかしそれはイニシエ帝国と北方連合の罠であった!道中で挟み撃ちにあって万事休すかと思われたその時、天から人魚姫の歌声が降り注ぎ…………。
娘「ストップ!ストップ!!!」
母「あらどうしたの?」
娘「ママ……それ戦争編の中巻じゃない?」
母「あらホント。よく気づいたわね」
娘「そら気づくよ。罠であった!じゃないよママ」
母「ごめんねネタバレしちゃったわね……学園編取ってくるわ」
娘「戦争編は昼に幼稚園で読破したから大丈夫よママ」
母「なんでそんなもんが園にあるのよ」
……………………。
魔女と契約を交わし、王子様の心を二日間だけ手に入れることができた人魚姫。二日間のうちに魔法ではない真実の愛を手に入れることができるのでしょうか。そして、魔法の代償に奪われた姫の最も大切なものとは?
ジリリリリリリリ!!!!
バンッ!!!
人魚姫「朝か………なんだか昨日の夜のことが夢みたい………何も変わった感じはしないけど、とりあえず起きよう……」
姫は居間へと向かい、台所にいる姉に声をかけます。
人魚姫「お姉ちゃんおはよー。無事にいるねー」
姉は姫に背中を向けたまま答えました。
姉「ええ、幸か不幸か消えてないわよ。今日は私がお弁当作ってあげたから早く顔洗ってきなさい」
人魚姫「わーいお姉ちゃん大好き!」
姉「二番手だけどね」
人魚姫「さあ支度しよっと」タタタッ
人魚姫は跳ねながら洗面所へと向かいます。
人魚姫「うーん……なにを失ったんだろう…………声も出るし……やっぱりお金かな………………ってええええええええええ!?!?!?!?!?」
姉「ちょっとすごい声聞こえたけど!!どうしたの!!」ダダッ
人魚姫「お姉ちゃん………ワタシ………ワタシ……………」ガタガタ
そう言って姫は洗面所の鏡の前にへたり込み、震えながら姉の方に顔を向けました。
姉「…………!あなた………姫なの?……本当に………?」
人魚姫「う……うん………」
姉「なんてこと………!」
なんと、姫は美貌を失っていました。
人魚姫「なんて醜い顔………これが私……?」
姉「姫の大切なものを奪うってこれのことだったのね…………」
人魚姫「これから私、一生この顔で過ごさないといけないの……?無理……耐えられない……学校休む…………」
姉「姫……でも、行かないと……今日から二日間は王子様は無条件であなたのことを愛してくれるはずよ」
人魚姫「こんな顔でも……?」
姉「それが魔法だもの」
人魚姫「だけど二日目の太陽が沈んだら魔法解けちゃうんでしょ?その瞬間になんやねんこのブス!!って言われちゃうんでしょ?」
姉「そんな言い方はしないと思うけど……」
人魚姫「うぅ……」
姉「どっちにしてもこのまま引きこもっちゃったら本当にただ美貌を失っただけになるのよ」
人魚姫「そっか………なんとかしなきゃいけないのか……」
姉「大丈夫よ姫、たとえどんな顔になってもあなたならきっと真実の愛を手に入れることができるわ」
人魚姫「今までルックスが売りでやってきたから自信ないよう……」
姉「そんなに顔面の自己評価高かったのね」
人魚姫「……でも頑張る」
姉「そうよ!あなたならできるわ!!」
人魚姫「最悪ブス人魚っていう新ジャンルで生きていく!」
姉「急にめちゃめちゃメンタル強いわね」
……………………。
姉に励まされ覚悟を決めた人魚姫は、醜い顔を晒したまま登校しました。
クラスメイト達 「ねえねえ……人魚姫の顔見た?」「見た見た。苦労してんのかな」「70時間くらい泣いたのかな」「歯全部抜いたとか」「魔女に魔法で顔を醜くされてたりして」「深海から上がってきたとか」
人魚姫「あぁみんなが私を噂してる……この醜い顔になった経緯の仮説を立ててる……正解者がいる………」
友子「うわあどうしたの姫!すっごいブス!!」
人魚姫「友ちゃん、なんか逆に清々しいよありがとう……」
友子「えっ!姫ブスって言われたら喜ぶの!?ブス!!」
人魚姫「あっ、ごめん傷つくのは傷つくんだ」
友子「あぁそうなんだごめんね。てかホントどうしたのそれ?」
人魚姫「実はさ………」
王子「姫ーーーー!!!人魚姫ーーーー!!!!!」
人魚姫「!?」
友子「あっ、王子君おはよー」
王子「あぁ姫、会いたかった………僕はずっと君に会いたかったよ……愛しているよ姫……」
人魚姫「あ……いや……ハハ…………」
友子「ちょっと王子君!?どうしちゃったの?」
人魚姫「……友ちゃんちょっと来て」ダダダッ
人魚姫はそう言うと友子の腕を掴み、走って教室を飛び出しました。正確に言うと跳ねて飛び出しました。
友子「えっ!?どうしたの姫!?どこに行くの!?」
王子「姫ー!待ってくれー!!」
人魚姫と友子は追いすがる王子様をなんとか巻いて、人のいない校舎裏で足を止めました。
人魚姫「ハァ……ハァ………ここまでくれば大丈夫でしょ……」
友子「ふぅー………どうしたの姫。もう私何がなんだか……」
人魚姫「………………信じてもらえるかはわかんないけど、友ちゃんは親友だから全部話すね。実は………」
人魚姫は昨日家で起こった不思議な出来事を全て話しました。
友子「なるほど。姫は魔女の力によって美貌を引き換えに二日間だけ王子君の体を好き放題できる権利を買ったわけね」
人魚姫「内容は合ってんだけど解釈が歪んでるわ」
友子「つまり今、姫には二つの選択肢があるのね」
人魚姫「選択肢?」
友子「一つは、姫が努力して明後日の日没までに王子君に真実の愛を宿らせるハッピーエンド」
人魚姫「うん」
友子「そしてもう一つは」
人魚姫「もう一つは……?」
友子「何もかも諦めて二日間王子君の体を飽きるまでたっぷり堪能する欲望エンド」
人魚姫「心が歪んでるプランはダメ」
友子「じゃあプランAね……私も協力してあげる」
人魚姫「いいの!?」
友子「姫は親友だからね!二人で頑張って王子君のハートをゲッチュしちゃおう!!」
人魚姫「何それ流行ってんの」
人魚姫と友子は教室へと戻りながら作戦を練ります。
友子「とりあえずどうすれば王子君に本当の意味で愛してもらえるか考えないとね」
人魚姫「でも、私顔以外いいとこなんてないしなあ……」
友子「顔面への自信がすごい」
人魚姫「何か見た目以外の部分で長所をアピールできたら……」
友子「姫の長所かあ……………………………………………………………」
人魚姫「長所見つけるのそんな熟考する?」
友子「あっ!歌はどう?姫、歌すっごい上手じゃん!!」
人魚姫「歌か……でもどうしたらいいんだろう?」
友子「今日音楽の授業って確か歌のテストだったよね?そこで姫の美声で王子を魅了すればいいんだよ!」
人魚姫「歌声で王子を魅了する人魚姫……それすごくいいかも!なんかガチっぽい!!ガチの人魚姫っぽい!!」
友子「あんたも一応ガチの人魚でしょ」
人魚姫「よし!私の甘美な歌声で王子の心をとろけさせてみせる!!」
友子「自分で甘美とか言う人初めて見たけどその意気だよ!頑張ろう!」
……………………。
そして、待ちに待った音楽の時間……。
人魚姫「Mein Vater,!!mein Vater, !!!!」
先生「はい、素晴らしい歌声ですねー。100点です」パチパチ
友子「えっと、その……姫…………いいテノールだったよ……」
人魚姫「ウッ……ウッ……なんで題材がシューベルトの魔王………しかも原曲のほう…………」
友子「でもほら……魔王をドイツ語で歌える女子高生ってめっちゃすごいし……」
人魚姫「ちゃうやん……人魚姫が王子を虜にする歌声ってこんな低うないやん普通……どこの世界に魔王歌う女に惚れる男おんねん…………」
友子「姫!動揺のあまり半端に関西弁になってるよ!しっかり!!」
王子「……………………」
人魚姫「ほらもうあれ見てん……王子もドン引きしとうバイ……こげな女になして俺惚れとるっちゃろーって思うとっとバイあの顔…………」
友子「姫!!ダメだよどんどん西に西に行ってるよ!帰ってきてー!!姫ーー!!!!」
音楽室に甘美な歌声もとい荘厳な魂の叫びを響かせてしまった人魚姫。歌声作戦はどうやら失敗に終わってしまったようです。
……………………。
キーンコーンカーンコーン
友子「姫ー!4時限目体育だね。早く着替えて体育館行こう!」
人魚姫「うん!」
友子「おっ、ちょっと心配してたけど魔王ショックから立ち直れたみたいだね!」
人魚姫「なんくるないさ」
友子「悪化しとる」
人魚姫「……いやでもマジな話どうしよう。音楽でダメならもう私……」
友子「ふふふ……姫、今日の体育はダンスらしいよ」
人魚姫「えっ!?ダンス!?」
友子「姫、踊り得意だもんね!!人魚姫のダンスで王子様を魅了できるんじゃない!?」
人魚姫「いいねそれガチのマジで人魚姫っぽいじゃん!!勝ったわこれ!!」
友子「姫のその魚人とは思えない華麗なステップで王子の心をゲッチュしちゃおう!」
人魚姫「イエーーー!!」
友子「イエーーー!!」
人魚姫「…………いま魚人って言わなかった?」
……………………。
そして始まった勝負の4時限目。人魚姫は今度こそ王子を魅了できるのでしょうか…………。
人魚姫「カオラ!カマテ!カオラ!カマテ!……………………アウパネ!!アフパネ!!アウパネ!!!!アフパネ!!!!」ビッタン!ビッタン!
先生「はい素敵なダンスでしたよー。100点です」
友子「姫‥‥えっと、その………すごくラグビーが強そうでよかったと思うよ………」
人魚姫「ウウッ……どうして演目が……ハカなの…………どうして完コピできちゃってるの私………」
友子「でもほら……ハカを踊る人魚姫なんて多分世界初だし………歴史的な瞬間を目撃して感動してるよ私!」
王子「…………」
人魚姫「したっけ……あの王子の顔はなんなら……どぎゃんもこぎゃんも引いとるとしか思えんでばら……もうかわんで……」
友子「どの地方まで行ってんのそれ」
人魚姫、魂のハカも虚しく惨敗。
結局、その後も人魚姫は王子様に効果的なアピールはできませんでした。
……………………。
放課後。人魚姫と友子は意気消沈で下校していました。
人魚姫「はあ……結局何やっても上手くいかなかったなあ………」
友子「でっ、でもまだあと一日あるじゃん!」
人魚姫「明日土曜日だよ?もうチャンスないよ」
友子「あっ……そっか」
人魚姫「もうダメ!!人魚姫の恋はおしまい!私はこれからブサイクな魚人としてとして生きていくの!アハハハハ!」
友子「ブサイクな魚人はなかなかに強い言葉だね」
人魚姫「私UMAみたいでしょ!!アハハハ!!アハハハハ…………ウッ……ウッ………」
友子「姫………」
王子「あっ……いたいた!!姫ー!!」タッタッタ
人魚姫「王子君!?」
王子「ハァ……ハァ……よかった………追いついた……」
人魚姫「どうしたの?」
王子「………姫……よかったら………明日、僕とデートしてくれないかい?」
人魚姫「えっ」
友子「おおおおお!?」
王子「ダメ……かな……?」
人魚姫「ううん……ダメじゃないけど………でも私……その……」
友子「あーちょっと待ってね王子君!姫!こっち来なさい!」
友子は姫の腕を掴んで王子から少し離れたところに連れて行きます。
友子(ちょちょちょ!姫!あんたなに躊躇してんの!こんな即OKでしょ!即!!)ヒソヒソ
人魚姫(でも……私、もう自信ないし………明日の日が沈んだら、きっと王子君は目の前のブサイクな私を嫌いになっちゃうんだよ?そんなの耐えられないよ……)ヒソヒソ
友子(何言ってんの!最後のチャンスじゃない!!それに……)
人魚姫(それに?)
友子(それに……もし、ダメだったとしても……明日一日、王子君と過ごす幸せな時間はきっと姫にとって大切な宝物になると思うの……)
人魚姫(友ちゃん……)
友子(それに最悪途中から欲望のままに王子君を堪能するプランBに移行するという手も)
人魚姫(台無しだよ友ちゃん)
友子 (メンゴメンゴ)
人魚姫(でもありがとう友ちゃん……私……最後にもう一度だけ頑張ってみる!どんな結末になったとしても……!)クルッ
友子(あっ、姫!)
人魚姫(え?なに?)
友子(私は……明日どんな結果になっても……これから先、姫がブサイクな半魚人として生きていくことになっても……ずっと親友だからね)
人魚姫(友ちゃん……ありがとう…………私もこれからもずっと友ちゃんの親友でいたいよ)
友子 (えへへ)
人魚姫(…………今しれっと半魚人って言わなかった?)
友子 (メンゴメンゴ)
こうして、親友からの後押しで覚悟を決めた人魚姫は王子様とデートの約束をして別れました。
そんな二人を照らしていた太陽は西の空を茜に染め上げなからもゆっくりとその姿を山の向こうへと隠していきます。
人魚姫に残された幸せはあと24時間。その1秒1秒を噛みしめるように力強く前を向いて家路を辿る姫。この時間が、王子の姫への想いが、そして姫の王子への想いが、泡となってしまわぬように、消えてしまわぬように、自分の心に深く刻みながら……時折振り返り、小さくなっていく彼の背中を見つめながら……………………。
そして物語はいよいよクラマックスへ…………。
下巻へと続きます。
……………………。
娘「…………長い話だねしかし」
母「えぇ、こんな長いとはね。私もね、びっくりよこれ。もうママめっちゃ眠いわ」
娘「なんかもう私たちの存在忘れてんじゃないってくらいの入り込み方してたね」
母「明日で最終回だからね、もう一踏ん張りよ」
娘「それ誰に言ってんのママ」
母「そりゃもうあなたよ」
娘「わたし?」
母「あなたよあなた」
娘「…………まあいいわ。おやすみなさいママ」
母「ええおやすみなさい」
…………………。
母「…………下巻もこれくらいあんのかなあ……あるんだろうなあ‥‥‥」




