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人魚姫 上巻

娘「ママ、寝る前にお話して」


母「まあまあこの子ったら甘えん坊さんね」


娘「えへへ……童話読んで童話」


母「……絵本じゃなくて?」


娘「うん。寓話でもいいよ」


母「5歳にして何か人生の教訓でも得たいのかしら…………」


娘「お願い!上巻だけ……上巻だけでいいから!」


母「そんな大長編を」


娘「だめ……?」


母「フフ……しょうがないわね……ちょっと本棚見てくるわ」


娘「わーい」


母「あったわ。ドストエフスキー著『カラマーゾフの兄弟 上巻』」


娘「そこまでの教訓はいらない」


母「じゃあ……あぁ、これなんかどう?人魚姫」


娘「わーい!人魚姫大好き!読んで読んで」


母「それは、むかぁしむかしのことじゃった……」


娘「ナレーションのテイストが思ってたんと違う」


母「厳しいわね」


娘「真面目にやってもらっていいですか」


母「5歳児に冷静にキレられたわ」


娘「お願いします」


母「はい」



……………………。



 ここはとある世界の海辺の街。朝の柔らかな日差しを受けてゆらゆらと光るこの街の片隅を、一人の少女が慌ただしく走っていました。


 「わーーーー遅刻しちゃう!!!今日から新学期だってのにこれじゃあみんなに笑われちゃうよー!」ビタン!ビッタン!

 

娘「待って」


……………………。



母「あらどうしたの?もうおねむになっちゃった?」


娘「いや、あの……これもしかして学園編?」


母「あら、無印が良かった?」


娘「良かったっていうか……まさか人魚姫にそんなアンソロジーがあるなんて知らなかったから」


母「あと、戦争編と全国大会編もあるけどどうする?」


娘「世界観が掴めないわ」


母「初心者には学園編がお勧めだと思うわよ」


娘「人魚姫はすでに人間の姿なの?」


母「いいえ?人間とともに陸に暮らしている女子高生というだけで見た目はバリバリ人魚よ。制服着てはいるけど」


娘「どうやって走ってんの」


母「跳ねてんのよ」


娘「だからビッタンビッタン言ってたのね」


母「さあ、読者の疑問が解決したところで続きを読むわよ」


娘「お願いします」


……………………。



 人魚姫が陽光照りつけるアスファルトを跳ねながら角を曲がろうとしたその時。

 

 バーン!!!


 反対側から走ってきた男の子とぶつかってしまいました。


王子「痛っ………」


人魚姫「イテテ…………ちょっと危ないじゃない!どこ見て………ハッ!」


 男の子はめたくそにイケメンでした。


人魚姫「めたくそイケメン…………」


王子「え?」


人魚姫「あっ、いやなんでも……」


王子「ごめんね……大丈夫かい?」


人魚姫「う………うん。大丈夫。私こそ前も見ずに跳ねちゃって………」


王子「君……その体……もしかして人魚かい?」


人魚姫「あっ、えっ、わわわわわ!恥ずかしい………」


王子「どちゃくそかわいい……」


人魚姫「え?」


王子「あ、いやごめん。なんでも……」


人魚姫「…………ハッ!やばい!私遅刻しそうなんだった!!」


王子「うわあ!僕もだ!!」


人魚姫「えっと……じゃあ私はこれで……」


王子「う……うん……僕も…………じゃあまた……」


人魚姫「また……」


 別々の道へと走っていく二人。

 

 

「また………会えるかな……?」



……………………。



 それから二週間後のこと。


 ガヤ……ガヤ………


友子「おーい……ひめー!姫ってばー!」


人魚姫「…………ハッ!ごめん私ぼーっとしてて……」


友子「さてはまたこないだの王子様のこと思い出してたんでしょ」


人魚姫「ええええどうしてわかるの!?」


友子「もう姫ってば新学期始まってからずっとそんな調子なんだもん。よっぽどかっこよかったんだね王子様」


人魚姫「うん………めたくそなイケメンだった」


友子「なにその表現」


先生「おーいHR始めるぞー。全員席につけー」


友子「あ……戻んなきゃ!じゃあまた後でね!」


先生「えー今日からこのクラスに転入生が来ることになった。みんな仲良くしてやってくれ」


人魚姫「へー転入生か…………ってええええええええ!?」


王子「今日からこの学校に転入してきました。王子です。よろしくお願いします」


人魚姫「ウソ………こんなことって………」


クラスメイト達「キャー」「目元が涼しげ!」「健康的な身体!」「血色がいい!」「若いのにしっかりしてそう!」「スレてない!」「清潔感がGOOD!」「色々教えてあげたい!」


先生「はい女子静かにしろー年齢層の高い感想はやめろー……えーと席は……おっ、人魚姫の隣が空いてるな。よし王子、あの席に座れ」


王子「はい」


人魚姫(きゃああああああ!どうしようどうしようどうしよう!これって運命!?)


 大相撲の呼び出しに(いざな)われ現世へと降臨した行事もとい魔女。鯖の竜田揚げによってもたらされた人魚姫の傷は癒えるのか?そして彼女は真実の愛をゲッチュできるのか?物語は怒涛の中巻へ…………。


娘「ストップストップ!」


……………………。



娘「なに急にそのナレーション」


母「あ、ごめんなさい。間違えて最後のページ読んじゃったわ」


娘「上巻の最後一体どんなことになってんのそれ」


母「ごめんなさい。続き読むわね」


……………………。



人魚姫「あ………あの、王子くん……ひ、久しぶり……」


王子「………?」


人魚姫「?」


王子「どこかで会ったかい?」


人魚姫「えっ……あっ………ごめんなさい……なんでもない」


王子「……?えーと、人魚姫ちゃんだっけ?初めまして。これからよろしくね」


人魚姫「うん……よろしくね」


 なんと、王子様は人魚姫のことをすっかり忘れてしまっていたのです。



……………………。



 そして昼休み。


人魚姫「もうダメ。死にたい」ガーン


友子「姫……!気持ちはわかるけどとんでもない顔になってるよ!白目剥いちゃダメ!」


人魚姫「運命だと思っていたのに……彼は私を覚えちゃいない……嗚呼悲しきは我が恋の花……咲かずに枯れりでひとひら舞うのみ…………」


友子「姫!演歌が始まりそうだよ!落ち着いて!白目のままじゃご飯食べられないよ!」


人魚姫「……ハッ!そっか……ご飯の時間だ……うん。お弁当食べる」


友子「そうそう。姫の作ったお弁当美味しいんだから。覚えてくれてなかったのは残念だけど元気出して」


人魚姫「でも私……自分で言うのもなんだけどこんなインパクトある見た目してんのになあ…………」


友子「まあ人魚だもんね」


人魚姫「逆にどうやったら忘れるかな!?この私を!!一回見たら脳裏に焼き付いて離れないよ普通!!何なら捕獲するでしょ!!写メ撮ってネットに晒すでしょ!!」


友子「客観視がすごい」


王子「ごめん、ちょっといいかな?」


人魚姫「王子君!?」ギュルン


友子「今黒目戻ったんかい」


王子「…………食堂どこかな?探してんだけど見当たらなくて……」


友子「うちの学校食堂ないよ?」


王子「あーそうなのか………参ったなあ……弁当持ってきてないや」


友子「…………そうだ!姫!王子君に弁当のおかず少し分けてあげなよ!!」


人魚姫「えっ!?」


王子「いやいやいや!そんな悪いよ!」


友子「遠慮しないで!姫の手作り弁当すごく美味しいんだから!いいよね姫?」


人魚姫「……うん」


王子「いやあ、でもなあ……」


友子「さあさあ、姫ちゃんの今日のお弁当のメインおかずはどれかな?」


人魚姫「あっ……これ、鯖の竜田揚げ」


友子「魚なんだ」


人魚姫「ほら私、共食いとか気にしない派だから」


友子「派閥あんのか」


人魚姫「あの……王子君良かったらこれ………」


王子「いや、ごめんね。やっぱり遠慮しとくよ」


人魚姫「そんな……」


友子「えー!お腹空いてるでしょ?せっかくなんだし食べなよー!姫ちゃんの手料理ほんと美味しいよ?」


王子「……………いや、あの………ごめん実は魚介類苦手で」


人魚姫「!!」ガーン


友子「あっ……そうなんだ……」


人魚姫「…………」


王子「ほんとごめん」


友子「ううん!いいの!私も強引だったから……ごめん……姫も、なんかごめん…………姫?」


人魚姫「…………」


友子「白目剥いとる……!」


人魚姫「………忌まわしき……この鱗帯びたる御体に……咲く花一つはタンポポのみとせ………」


友子「辞世の句読んじゃダメー!!!戻ってきてーーーー!!」


王子「??」



……………………。



 そんなこんなあってその日の夕方。人魚姫はなんとか一命はとりとめたものの失意の中フラフラになりながら帰宅しました。


人魚姫「ただいま……」


姉「ミアエミアエトウザイリキシズ……」


人魚姫「お姉ちゃんただいま……」


姉「ドントコイドントコイコニシキヨリキリ……」


人魚姫「お姉ちゃん……」


姉「ハッケヨイ!!!!」


人魚姫「何やってんの」


姉「あら、姫じゃない。いつの間に帰ってたの」


人魚姫「ミアエミアエあたりから」


姉「ちょっと待っててね。今魔法でご飯作るところだから」


人魚姫「それ魔法だったの」

 


 人魚姫は、同じ人魚の姉と二人暮らしです。この姉は綺麗な長髪の美人なのですが、たいそうなオカルトマニアで自分には魔法使いの才能があると信じて疑わず日夜怪しい魔法の研究に没頭しています。



人魚姫「もういい加減魔法の研究なんてやめてよお姉ちゃん……そんなのファンタジーの世界だけだよ」


姉「あなたそれ私たちが一番言っちゃいけないやつよ」


人魚姫「人魚で魔女になろうなんて属性盛り過ぎよ……」


姉「属性とか言わないで」


人魚姫「ハァ…………」


姉「……どうしたの?元気ないじゃない」


人魚姫「お姉ちゃん……どうして私たち魚類なんだろう………」


姉「魚類……ではないんじゃない?」


人魚姫「魚介類ではあるでしょ」


姉「正確に分類するなら両生類が近いんじゃないかしら」


人魚姫「余計やだよ」


姉「一体急にどうしたの?人魚なんてSレア属性よ自信持ちなさい」


人魚姫「実はさ…………」



 姫は王子と出会った二週間前のこと、そして今日の事を話しました。



姉「なるほど……それで落ち込んでたってわけね」


人魚姫「私、自分のヒレをこれほど憎む日が来るとは思わなかったわ」


姉「姫……あなた人魚やめたいの?」


人魚姫「そりゃやめれるもんならやめたいよ。普通の女の子になって王子君に振り向いてもらいたいもん」


姉「…………わかったわ。お姉ちゃんがなんとかしてあげる」ゴソゴソ


人魚姫「何やってんの」


姉「私の魔法で本物の魔女を呼んであげるのよ」カキカキ


人魚姫「またそうやって……本物の魔女なんか呼べるわけないでしょ?お姉ちゃんはただのオカルト好きの偽物の魔女なんだから。もっと言うなら拗らせサブカル女子なんだから」


姉「この子はほんと姉妹だからってズケズケと……でもお姉ちゃんはお姉ちゃんだからどんな酷いこと言われても妹のために………よし!描けた!!」


人魚姫「……何これ土俵?」


姉「魔法陣よ魔法陣!さあ塩を撒くわよ!」バッシャーン


人魚姫「もう何もかもが土俵にしか見えないんだけど」


姉「さあ姫!中心に西の方に立って!私は東方に立つから!」


人魚姫「なにが悲しくて私このタイミングでお姉ちゃんと相撲を…………」


姉「魔法だって言ってるでしょ!私が長年研究してきた大相撲魔法の集大成を見せてあげる!」


人魚姫「ウッ……ウッ……若い娘が彼氏も作らず一日中家に籠って何をしとるかと思えばこんな研究を………………」


姉「悲しい涙やめて!!………詠唱いくわよ…………ニシヒメノウミヒガシアネホウマッタナシミアエミアエ………」


人魚姫「ハァ…………」


姉「ハッケヨイ!!」


魔女「のこった!!!」


人魚姫「え!?」


姉「!!!!」


魔女「……おぬしらか?ワシを呼んだのは」


人魚姫「お……お姉ちゃん!お姉ちゃんすごい!!ほんとに魔女がきたよ!行事の位置に現れたよ!木村庄之助じゃないよ魔女だよ!!お姉ty」


姉「…………」


人魚姫「白目剥いとる……!」


魔女「今度はこんな小娘どもにこのワシが呼び出されるとはのう……この世界にワシが降りてきたのは……三日ぶりじゃぞ……」


人魚姫「割と最近来とる」


魔女「フフフ……大相撲魔法とはまた随分古風な魔法を使ったものじゃのう………」


姉「…………ハッ!………はい……大相撲魔法で私が呼びました。まさか本当に魔女が来るなんて……半分ネタでやったのに」


人魚姫「ネタでやったのかよ」


魔女「フフフ……まあよい……ワシを呼んだと言うことは何か願いがあったんじゃろう?」


姉「はっ、はい!私じゃなくてこの子の願いを叶えて欲しくて……!」


人魚姫「お姉ちゃん……!」


魔女「ほう……なんじゃ。なんでも言ってみろ」


人魚姫「……同じクラスの王子君を私のモノにしたいです!」


姉「えっ」


人魚姫「なに?」


姉「なんかこう……足を生やして人間になりたいとかじゃないの……?そんな欲望に正直にいく?」


人魚姫「いやこっちの方が手っ取り早いじゃん。めんどくさいよそんなん。人魚アドバンテージ捨てないで済むならそれに越したことはないよ」


姉「なんてロマンのない」


魔女「なるほどなるほど……現代っ子じゃのう……」


人魚姫「できますか?」


魔女「よかろう……ただし、王子がお前に惚れるのは二日間だけじゃ………二日を過ぎれば王子の心は元に戻る。その二日の間にお前が真実の愛を手に入れることができたならその後もお前達は幸せに暮らせるじゃろう……」


人魚姫「なるほど……」


魔女「それと、代償としてお前さんの一番大切なものを一ついただくぞ」


人魚姫「いくらほしいの?」


姉「なんで即答でそれなのよ」


魔女「フフフ……何を失うかは明日になってのお楽しみじゃ……さあどうじゃ契約するか?」


姉「待って!大切な妹にそんなリスクのあることさせない!!魔女様ごめんなさいやっぱりこの話は」


人魚姫「拇印でいいです?」


魔女「はいこれ規約ね。読んだら押して。ティッシュあるからこれで拭きんさい」


姉「聞けよお前ら」


人魚姫「お姉ちゃん私、本気なの……!何を失うことになろうとも王子君と一緒になるチャンスがあるなら……それに……たとえ失敗して、王子君や一番大切な何かを失ったとしてもお姉ちゃんはずっとここにいてくれるでしょ?だから私は大丈夫。お姉ちゃんと一緒なら」


姉「姫…………」


魔女「契約成立じゃ!!魔法の期限は明日の日の出から二日後、つまり明後日の日没まで!!それまでにせいぜい王子のハートをゲッチュするんじゃな!」


姉「古い」


人魚姫「ほらおばあちゃんだから」


魔女「さらばじゃあ!!」



 魔女はそう叫ぶと、あっという間に消えてしまいました。



人魚姫「さあ寝よっか!」


姉「姫…………」


人魚姫「大丈夫だよお姉ちゃん!私頑張るから!」


姉「うん、いや、あの……一つ気になったんだけど………」


人魚姫「なあに?」


姉「一番大切なものを失っても私はいるからって……ちょっと感動したけど………それつまり私は確実に二番手以降ってことじゃ」


人魚姫「さあ寝よっか!」


姉「………お姉ちゃんは辛いわ……」



 大相撲の呼び出しに(いざな)われ現世へと降臨した行事もとい魔女。鯖の竜田揚げによってもたらされた人魚姫の傷は癒えるのか?そして彼女は真実の愛をゲッチュできるのか?物語は怒涛の中巻へ…………。



……………………。



母「とりあえず今夜はここまでにしときましょうか」


娘「まさか本当にそのナレーション通りだったとは」


母「上巻ここまで読んでみてどうだった?」


娘「……いくら同性とはいえ血を分けた家族同士で一人の女を取り合う姿はなんとも醜く、又、ひどく滑稽で」


母「カラマーゾフの兄弟の感想ではなくてね」


娘「ああ間違えちゃった。てへっ」


母「中身おっさんなんじゃないかしらこの子」


娘「じゃあママお休みなさい」


母「はいおやすみなさい」


娘「また明日、中巻読んでね」


母「………えぇ、もちろん」



……………………。



母「…………無印にしとけばよかったわ……」


 



すみません。この話めっちゃ長いです。

明日と明後日で完結します。

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