1日の終わり
供養完了。
その後、俺は2件の訪問を終えて会社に戻ってきた。2件ともお客さんは普通の人間の姿だった。ただ、夫がケンタウロス化したご夫人から専用のトイレを頼まれてしまい随分困った。庭に小屋を建てる方向で話は落ち着いたが、今後の生活を考えると大変そうだ。当の本人は普通に出勤したそうで逞しい。
会社の中には朝と変わらず静かだった。といっても中にいたのは社長と二ノ宮さんだけで、あとの3人はまだ営業から帰っていなかった。
「戻りました!」
「オカエリ」
二ノ宮さんの声にビクッとしてしまう。普通にしてれば怒らせるようなことはない筈だけど、どこに虎の尾があるか分からない。
2件分の見積書を作っている間も二ノ宮さんが気になって何度も目が合ってしまった。その度に彼女は怪しく微笑み、俺の心臓は鼓動が速まった。これ、絶対なにかされてるよね?
確認するように社長を見ると、社長はぼんやりと熱に浮かされたような表情だ。絶対何かされてる!早く退社しないと!
俺は慌てて見積書を作り終え、郵送するついでに退社した。
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晩酌をしながら眺めるテレビはさすがにどの局も人類のモンスター化についての特番だった。
"日本のトップ、河童化!記者の質問に激昂し、暴れて逮捕"
衝撃的なテロップが流れる。どうやらモンスター化した人間も普通に捕まるらしい。映像では河童が簡単に取り押さえられていた。モンスター化しても弱いやつはいるのだ。
続いて海外の映像だ。海を挟んだお隣の国からは軍隊がモンスター化した住民を連行している様子が届いていた。勿論すんなり従う住民ばかりではない。抵抗した住民は銃器で容赦なく処理されていた。随分と思い切った対応だ。
別の国からはモンスターの権利を主張するデモ行進の様子が届けられていた。モンスター化した住民だけでなく、普通の人間もデモに加わっている。一部が暴徒化しているようだがモンスターだから仕方ない。
チャンネルを変えるとモンスター化した人向けのファッションコーディネート企画が行われていた。モンスター化した女優が大きいサイズ専門店に行ってあれこれ試着していた。まだ1日目なのに企画を考えた人は日常を大事にしているのだろう。
そういえば隣のババアの死体はどうなったのか。血痕ごと綺麗になくなっていたのだ。ババアが好きだった公共放送ではその辺についても特集しているかもしれないな。俺は観ないが。
今日は疲れた。明日も仕事だ。メーカーに大きいサイズの便器について相談しなければいけない。ああ、管理会社に連絡するのを忘れていた。夏が来る前に玄関をなんとかしないとな。俺は暑がりだからエアコンの効きが悪いのは耐えられないのだ。
ふとテーブルの上を見ると、スマホが震えている。
"やっと繋がったわ!あんた、大丈夫なの?"
"全然平気。そっちは?"
"それがおとーさんがモンスターになってしまったんよ。なんか猿のモンスターらしいんやけど、おとーさん、猿顔やったろ?全然見た目変わらんからみんなで大笑いよ"
"おとん、怒らんかった?"
"へーきよ。元々全然怒らん人やから、本人も笑ってたわ"
"それならよかった。ジジイになって刑務所は辛いやろーし"
"ほんとよ。あんたも気をつけてね。明日も仕事やろ?"
"もちろん仕事よ。モンスター化で体格変わった人が多いからこれから忙しくなりそう。トイレも風呂も新しくせんといかんから"
"結構なことやねー"
"わからんもんよ"
"あんた、お酒ばっかり飲んどったらいかんよ"
"飲んでない飲んでない"
"ほんとかね?"
"ほんとほんと"
"知らんからね。おやすみ"
"おやすみ"
俺は多少の罪悪感を感じながら、また酒をちびちびと呑むのだった。