8 ふわふわ子守唄
「ありがとう、ミヤ」
「どういたしまして。貸し一つですよ」
「ふふ、今度美味しいお菓子を取り寄せておくわ」
「よろしくお願いします」
ミヤからホットミルクをもらい、マリーリがふぅふぅと息を吹きかけると「相変わらず猫舌ですねぇ」と目を細められた。
「しょうがないじゃない、熱いの苦手なのだもの」
「いえ。可愛らしいな、と思いまして」
「だったらそう言ってよ」
「私は捻くれておりますから」
ふふふ、と微笑むミヤ。
確かに、彼女はちょっと……いやだいぶ素直じゃない。
元々彼女は人買いに売られていた身の上だ。
そのため過去に色々とあったらしく、あまり話してはくれないから詳細はわからないが、どうにも人間関係でつまづいたらしい。
マリーリからしたら社交的で人当たりがよくていつも明るいイメージではあるが、以前そうミヤに伝えたら「マリーリさまにそう思っていただけたならそれで十分です」とニッコリと笑われ、それ以上何も言えなかった。
「ほら、早く寝ないとお肌に悪いですよ?」
「そうなんだけど、なんだか眠れなくて……」
「もう、困ったお嬢さまですねぇ。今日は特別サービスで子守唄を歌いましょうか?」
「そ、そんなに子供じゃないもの。必要ないわ」
「そうですか〜? じゃあ、私はもうお暇致しますね?」
「う。……やっぱり歌ってちょうだい」
「ふふ、マリーリさまったら素直じゃないんですから」
そう言いながら、ミヤはマリーリを寝かせると頭を撫でながら優しい声音で子守唄を歌い始める。
マリーリはミヤのこの歌声が大好きだった。
どんなにつらくて苦しくて悲しいことがあっても、このミヤの子守唄はそんな感情を包み込んでどろどろに溶かしたあとに綺麗に流してくれる。
最近はマリーリも成長してあまり聴く機会がなかったが、聴いているうちに「あぁ、そうだ、この歌声だ」と久々の子守唄にだんだんと強張っていた心が解れていく。
そして、身体がふわふわと甘い眠りに包まれていった。
「おやすみなさい、マリーリさま。明日も貴女にとって素敵な一日になりますように」
ミヤがマリーリの額に口づける。
マリーリがすぅっと夢の世界に旅立ったのを見届けると、ミヤは微笑ましげに口元を緩めたあと、優しく愛おしそうに彼女の髪を撫であげるのだった。
◇
「おはよう、マリーリ」
「え、ジュリアス!?」
朝食後、さて刺繍の続きをしようと思っていたらまさかのジュリアスの訪問に、はしたないほど大きな声を上げてしまった。
マーサがそれを窘めるように、ごほん、と咳払いをすると、マリーリの背筋がピシッと真っ直ぐになる。
「え、えっと、ジュリアス。ご機嫌よう」
「あぁ、ご機嫌よう。夫人、マリーリをお預かりしても?」
「えぇ、どうぞどうぞ」
「では、お借りしていきますね」
「え? どういうこと? あの、ちょっと……っ」
ジュリアスに肩を抱かれてそのままマリーリは外に出る。
それを微笑ましく見送るマーサとミヤ。
そして二人が見えなくなると、マーサはチラッと隣で微笑んでいるミヤを見た。
「ミヤ、貴女が手を回したのでしょう?」
「なんのことでしょうか? ふふ、さすがジュリアスさま、お察しがよいようで」
「全くもう。本当、貴女はマリーリに甘いのだから」
「奥さまにだけは言われたくありませんわ」
◇
「ジュリアス、どこに行くの?」
バルムンクに乗せられたと思えば、そのままどこかへ走り出すジュリアスに、不安げに尋ねるマリーリ。
どんどんと家から遠ざかっていくので、勝手にそわそわしてくる。
「うん? 気晴らしにブレアの地にでも行こうと思ったんだが」
「ブレアの地って、あの……ジュリアスの赴任先の?」
「あぁ、ちょっと遠いが……下見がてら行こうと思ってな」
「でも、何で私も?」
「一緒に来てくれるんだろう? それとも心変わりでもしたか?」
「し、してないわよ! ただ、私が行ってもいいのかしらと思っただけで」
マリーリは昨夜の両親の話し合いを思い出す。
婚約破棄の件は難航しているようだったし、まだ破棄が確定してない段階でジュリアスと共に出かけて自分だけならまだしも、ジュリアスが悪く思われてしまうのは嫌だった。
「ふがっ、ちょっと、何をするのよ!」
突然ジュリアスに鼻を摘まれて変な声が出てしまう。
抗議すれば、ジュリアスは愉快そうに笑っていた。
「マリーリはマリーリのままでいい」
「どういうこと?」
「難しく考えなくていいということだ。マリーリはマリーリらしくいてくれ」
「何よそれ……」
ジュリアスはそれ以上何も言わなかった。
(私らしくって、どういうことかしら)
わからないが、わからないなりに貶されているわけでないことはわかる。
(慰めてくれているということかしら?)
ジュリアスはあまり多弁ではないほうだから、そう都合よく解釈するマリーリ。
ギュッと手綱を握るジュリアスの手にマリーリは自らの手を重ねると、ジュリアスはちらっと彼女を見たあとにふっと微笑む。
その表情があまりに美しく、まるで本に出てくる王子様のようだとドキドキした。
(やだ、早く私の心臓おさまって……!!)
祈るように願いながらマリーリは俯き、赤くなった顔を見られぬように努めるのだった。




