63 私の精神が強い?
そう考えたとき、はたと気づくマリーリ。
(そういえば、グロウがキューリスが私に薬を盛っていたと言っていたけど、このことだったのね。……でも、私はキューリスの言いなりになった覚えはないわ)
記憶を遡っても一切彼女の言うことを聞いたり従ったりした覚えもない。
それとも記憶を弄られているのだろうか、まさかそんな効果も? と自分で自分の考えに慄くマリーリ。
「私にもその『魔女の秘薬』が使われていたのよね?」
「あぁ、しかも相当量使われていたらしい」
「もしかしてその薬って記憶の改竄とかもできちゃうの……?」
もしそうだとしたら……と思うとマリーリはキュッと胸が苦しくなる。
キューリスの言いなりになり、よくないことをしていたら。
しかもそれが記憶にないとしたらと思うと、とても恐ろしいことだった。
「いや、そう言った効果はない」
「へ? で、でも私……キューリスの言いなりになった覚えはないのだけど……」
マリーリがそう口にすると、突然ギルベルト国王がぷっと噴き出し、謁見の間に響くほど大きな声で笑い始める。
何がなんだかわからないでいると、ジュリアスが「ギル」とギルベルト国王を窘めた。
「いやぁ、すまないすまない。だが、久々に大笑いさせてもらった。……なるほど、こういう部分がキューリスを執着させたのだろうなぁ」
「えっと、どういうことでしょう?」
「マリーリはほとんど効いてなかったんだ」
「その、薬が?」
「あぁ。まぁ、正確に言えば非常に効きが悪かったというべきか。言っただろう? 人によって効能が違うと。大抵の者は使用者に従うのだが、稀に効きが悪く効能が出ない人もいるらしい。それがマリーリだ」
「なる、ほど……?」
言われて確かによくキューリスからお茶会に誘われて、そのたびに「犬の真似をしなさい」とか「その髪を切りなさい」とか言われたような気がするが、マリーリはてっきりキューリスが冗談を言っているのだと思って受け流していたのだが、まさかあれは本気だったとは。
マリーリがその話をすると、ギルベルト国王はさらに笑い転げて、ジュリアスがすかさず「ギルベルト!」とさらに大きな声で諌めた。
「いやぁ、マリーリ嬢は本当に素晴らしい。はぁー、涙が出た。さぞあの傲慢なキューリスは屈辱的だっただろうなぁ。とはいえ、さすがにいくらなんでもやりすぎであったが」
「やりすぎ?」
「キューリスはマリーリ嬢を屈服させるために、誰彼構わず『魔女の秘薬』を使い始めてな。『魔女の秘薬』は使用者の言いなりになるだけでなく、副作用として気分が高揚としたり鬱々としたりと精神面に害をなすんだ」
(やっぱり、私がネガティブになったのって……)
マリーリがジュリアスに顔を向けると、頭を優しく撫でられた。
「マリーリには致死量と言っても過言ではないほどの薬が使われていたんだ。だが、それで本当に今まで無事だったのは、マリーリの精神がそれほど強いということさ」
「私の精神が強い?」
「あぁ。普通だったらとっくに自殺していてもおかしくない量だ。マリーリを襲ったブランもちょうどその副作用が出ていたときだったようだが、あのあとはもう自分が何をしたかさえも覚えてなくてな。それはそれで大変だったんだ」
「ブラン……。もしかして、私のせいで……」
キューリスが自分への嫌がらせのためにブランを利用していたと知って、マリーリは申し訳なく思う。
そしてキューリスのせいとはいえ、自分にしたことも許せないがジュリアスにボコボコにされたことも考えるとなんだか複雑な気持ちであった。
「ブランに同情する必要はないぞ。元々ヤツはマリッジブルーとか言って周りの令嬢に粉をかけてたからな」
「そうなの? てか、何でジュリアスがそんなこと知ってるの」
「そこは気にするな」
ジュリアスにまたはぐらかせれて「むぅ」と膨れるマリーリ。
すると、「そんな顔しても可愛いだけだぞ」と頬を指で押されてさらにむくれた。
「とにかく、ブランの一件でキューリスが『魔女の秘薬』を使用していることが判明したのはいいんだが、いかんせん証拠がなかなか押さえられなくてな。しかもブランの一件でキューリスを拘束できるかと思えば、突然オルガス公爵家に養子に入るとなって余計にややこしく。それで彼女を捕まえるために俺含めて数名が囮としてキューリスの護衛という名目で彼女の周りを探っていたんだ」
「そういうことだったの」
「マリーリ嬢には色々と隠していてすまなかった。結婚が延期になったのもジュリアスに囮をさせるためだったのだが、ジュリアスが頑なに嫌だと、マリーリ嬢と一緒に暮らしたいのだと抵抗してな。それで表向きはジュリアスと夫婦ということで同棲するということで了承したんだ」
まさかそんな理由で結婚が延期になったのだと知って、素直に驚くマリーリ。
そして当事者であるにも関わらず、自分には事実を伏せられたことを考えると少々腹立たしく思えた。
「でも、それならそうと最初から言ってくれれば無駄な心配しなくて済んだのに」
恨めしげにジュリアスに文句を言えば、「そうは言っても本当のことを言ったら単身でもキューリスのところに出向いて説得だの喧嘩だのしようとするだろう?」と言われ、マリーリは図星をつかれて「うぐ」と言葉に詰まる。
(言われてみればそうかもしれない……)
確かにマリーリ自身、実際その状況になったらやりかねないと、それ以上言い返すことはできなかった。
「まぁ、キューリスの最初の狙いは俺ではなく別の人物だったんだが、あのギルの即位記念日で一緒に行ったときにキューリスに会っただろう? それから狙いが俺に変わってしまって、そのせいで色々とマリーリを傷つけることになってしまった。すまない」
「ううん。私もジュリアスのこと信じるって言ったのに、信じきれてなくてごめんなさい」
「いや、マリーリが謝る必要はない。そもそもキューリスと会う可能性があったのに俺達を一緒に呼び出したギルが悪い」
「またすぐジュリアスはそうやって我を悪く言う。まさかあそこで遭遇するとは思わなんだ。人数も人数だったしな。いやぁ、運が悪かった。でも結果的にジュリアスが本腰を入れたおかげでだいぶ早く片付いたことは幸運だった」
そう言ってギルベルト国王はニヤリと笑う。
その笑みはあまりにも黒く、察しの悪いマリーリでさえ「もしかして、わざと私をキューリスと合わせることでジュリアスにキューリスをけしかけさせて、ことを早く済ませようとした?」と勘繰ってしまうくらいには悪い笑みであった。
「それで、ジュリアスは今までずっとキューリスに従っているフリをしていたの?」
「そうだ。正確に言えば俺も薬は盛られていたがマリーリ同様効きにくい体質だったようでな。……まぁ、それはそれでかかるフリもなかなか大変だったのだが。連日遅くまで帰れなかったのは従っているフリをしながら家探ししてたんだが、どうにも『魔女の秘薬』が見つからなくてな」
「そうだったの」
「も、もちろんキューリスに何もしてないし、何かされてないからな!」
「別に疑ってないわよ」
「……なら、いいんだが」
マリーリの言葉に、ホッとした様子のジュリアス。
マリーリもまた、ジュリアスの様子に何もなくてよかった、と安堵した。
「いやぁ、それにしてもキューリスを拘束したときは見ものだった! あの衝撃的な顔は今思い出しても笑える」
「悪趣味だぞ、ギル」
「そうは言うが、マリーリ嬢についに勝ったと言わんばかりに勝ち誇り、自信満々にジュリアスとの婚姻誓約書だと信じて署名した書類がまさか自分の罪を認める書面だと知ったときのあの驚愕の顔! 人間怒るとあぁも顔を真っ赤にして醜くなるとはなぁ」
そう言ってニヤニヤとするギルベルト国王。
そして、「あ、この人は敵に回したら絶対ダメな人だ」と素直に思ったマリーリは、ちょっとだけキューリスを気の毒に思ったのだった。




