54 大丈夫、私を信じてちょうだい
「キューリスが?」
「それは確かなの、メリダ」
新人メイドのメリダはそそっかしいところがあるのでそうミヤが尋ねると、首がもげてしまうのではないかと思うくらい何度も大きく頷くメリダ。
(キューリスがなぜ我が家へ?)
しかもアポイントもなしに突然やってくるなんてどういうことだろうか、とマリーリは警戒心を募らせる。
「誰かと一緒に来てるの?」
「いいいいいいえ! ご本人さまだけです!」
(単身でわざわざ来るってどういうこと?)
さらに謎が深まるが、このまま放っておいてもしょうがないと、マリーリは編み物にセットを机に置くとスクッと椅子から立ち上がった。
「わかったわ。支度するから待たせておいて」
「マリーリさま!? 追い返したほうがよいのでは?」
「追い返したって追い返せないわよ。わざわざ来たってことは私に何か言いたいってことでしょう? 大丈夫。今の私なら問題ないわ」
今なら大丈夫、と謎の自信が湧いてくる。
前回は仮初の虚栄心であったが、今ならどんなことを言われても何をされてもジュリアスを信じられるという自信がマリーリにはあった。
「そうは言っても、先日の一件だってあの女が!」
「もう、ミヤは心配性ね。大丈夫よ、もうメソメソしたりしないわ。何を言われても平気」
「ですが……っ」
「もう、そんな泣きそうな顔をしないで。それに、私にはミヤもみんなもついていてくれるでしょう? 大丈夫、私を信じてちょうだい」
「わかり、ました……」
ミヤは何か言いたそうではあったが、それ以上何も言わずに大人しく引き下がる。
そんな彼女にギュッと抱きつくと、マリーリはミヤの頭を撫でて「しっかりと私の勇姿を見てちょうだい」と笑えば「承知しました」と苦笑するミヤ。
「そうと決まれば髪をしっかりと結って、しっかりとばっちりお化粧しましょう!」
まずは見た目からでも戦闘態勢を整えようと、ミヤははりきる。
そして色々と念入りに準備を始めるミヤに今度はマリーリがおろおろし始めた。
「え、でも待たせると言ってもあまり待たせたままでは……」
「いいんですよ! ここはマリーリさまのお家なんですし、彼女はあくまで招かれざる客。たっぷり待たせて精々イラつかせてやりましょう!」
ミヤの言い分に、思わずぷっと吹き出すマリーリ。
そんなこと思いつきもしなかったので、「ミヤを敵に回したら怖いわね」とマリーリは微笑むのだった。
◇
「我が家に何の御用、キューリス」
「随分と待たせるのね、マリーリのくせに。しかもエントランスで待たせるだなんて失礼ではなくて?」
階下を降りながらマリーリが声をかければ、いつものあの媚びる表情はどこへやら、キューリスは非常に苛立った様子でキッとマリーリを睨んだ。
「そもそも突然アポイントもなしに来たのはそちらではなくて? 淑女たるものその辺の礼儀も身についてないとは、ねぇ?」
「っ! 随分と大きな口を叩くのね」
「当然のことを言ったまでのこと。で、要件は何なの?」
まさかマリーリがこんな態度を取るとは思っても見なかったのだろう、キューリスは酷く憤慨した様子だった。
そして「どうして、まだこんな反抗的な態度を取るのかしら。もう気が滅入っていつ死んでたっておかしくないのに、なんなのこの女は」「だいぶ長い間あれだけの量を盛ったはずなのになぜあれが効いてないの」などと小さな声でぶつぶつと何やら文句を言っている。
「何? 何か言った?」
「いえ、別に。要件ですって? それは、この家を見に来たのよ。ゆくゆく住むであろう我が家になるのだから」
「どういうこと……?」
「あら、愚鈍だからわからない? ジュリアスさまと結婚するのはこの私、ってことよ。貴女はもうすぐ追い出されるのよ、マリーリ」
「寝言は寝てから言ってちょうだい」
「ふふ、現実から目をそらしたいのよね。でも、残念。これが現実よ? そのうち正式な書面が届くから」
(キューリスは一体何を言っているのだろう)
ジュリアスを信じきれていないときであればきっとキューリスの言葉を真に受けていたかもしれないが、冷静になった今は彼女の言葉が破綻していて理解に苦しんだ。
そもそもブランのときでさえ色々と揉めたというのに婚約破棄がスムーズにいかなかったからこそ、こうしてジュリアスと正式に婚約を結んだ今、それが簡単でないことなどわかりきっていた。
「キューリス、貴女……頭おかしいんじゃないの?」
「はぁ!? さっきから聞いていれば失礼なことばかり……! 私は今や公爵家の娘なのよ!?」
「だから? いくら身分の違いがあれど、どちらが道理に悖るかは一目瞭然ではなくて?」
「言わせておけば……!」
キューリスが手を振り上げた瞬間、マリーリの前にミヤが立ちはだかる。
そして、キューリスが手にした扇子が勢いよくミヤの頬を打った。
「ミヤ!」
「何よ、貴女。そこをどきなさい」
「いいえ、どきません!」
ミヤは頬を赤くし、金具で引っ掛けられたのか僅かに血が滲んでいた。
「ふん、忌々しいメイドね。あぁ、貴女はマリーリのお気に入りの。そういえば、父親に身体で取り入って捨てられたのですっけ? 憐れな卑しい娘」
(何でキューリスがそのことを知っているの!?)
事実から歪曲された情報ではあるが、マリーリは自分さえも最近まで知らなかったはずの情報をキューリスが得ていることに愕然とした。
それと同時に彼女は自分達を貶めるためだったら何だってするのかと、怒りに変わっていく。
「恐れながら、オルガス公爵は噂によると我が子に手をつけた鬼畜生であるとかないとか。貴女さまはお手つきは免れましたか?」
「なぜ、それを……っ」
「貴女さまだけが全部知っているというのは思い上がりもいいところです、ということですよ」
「下賤な売女が私に意見するなどと……!!」
ミヤの言葉に激昂するキューリス。
わなわなと身体全体が震え、目に見えて憤っているのがわかった。
パンっ!!
キューリスが再び手を上げたと同時にマリーリがキューリスの頬を平手で叩く。
勢い余ってしまったせいかマリーリは加減ができず、キューリスはそのまま床に崩れ落ちる。
「な、な、な……っ!」
まさか自分がはたかれるとは思っていなかったのだろう、キューリスは衝撃のせいかマリーリを見上げて口をパクパクとさせている。
「私はいくら蔑まれようと構わないけど、私のメイド及び使用人達を貶すことは許さないわ!」
マリーリが今までにないほど大きな声で言い放つ。
それに合わせて使用人達が次々とマリーリを囲むように彼女の周りに群がり、キューリスからの壁となるべく立ち塞がった。
「何なのよ、こいつら! どいつもこいつもマリーリマリーリと、腹立たしい!! こんな不細工で粗雑でバカのどこがいいって言うのよ! 私のほうが見た目も家格も資産も何もかもが上じゃない!! ……いいわ、今すぐにでもお義父様に頼んでこんなヤツら牢獄に入れてもらうわ! 公爵令嬢の私に楯突いたこと後悔させてやる!!」
キューリスは顔を真っ赤にさせ、まるで子供のようにジタバタと暴れる。
(どうしよう、つい怒りに任せて言ってしまったけど、彼女の今の父親は大臣よね。やりようによっては白を黒へと変えることもできる……っ)
マリーリが我に返り、この騒ぎをどう収拾させようかと考えていたそのときだった。
「何だ、この騒ぎは!!」




