51 ジュリアス、何で……?
「ようこそお越しくださいました。バード伯爵」
「お招きいただきどうもありがとうございます、オルガス公爵」
(あぁ、自分が言い出したことだけど。胃が痛い)
今日はオルガス公爵家のパーティーだ。
本当はジュリアスだけで行く予定だったのだが、たまたま招待状を見つけたマリーリが無理を言ってここまでやってきたのだった。
(でも、招待状にも夫婦で、って書いてあったものね)
恐らくキューリスが仕向けたのだろうが、わざわざ招待状にはジュリアスのみならず『ご夫婦でぜひお越しください』と記載されていた。
だからマリーリは一人で行くと言い張ったジュリアスをどうにか説得できたのだが、きっとこれはキューリスからの宣戦布告なのだろうと想像する。
(キューリスの護衛をしてるかとか、自分の目で確かめないと)
グロウに言われたからといって一人でメソメソしててもしょうがない、と意気込んでやってきたのはいいのだが、やはり実際敵陣に足を踏み込むというのは気が引けた。
事実だったらどうしよう、でも自分で確かめずに周りからの言葉だけで判断するのもよくないし、とモヤモヤと相反する思考にぐらぐらしながらも、マリーリは必死に背筋を伸ばして前を見る。
「マリーリ、大丈夫か?」
「えぇ、大丈夫よ」
「……なら、いいが」
「バード卿。オルガス公爵がお呼びです」
「わかった。すまない、ちょっと行ってくる。マリーリはどうする?」
「適当にやってるから大丈夫よ。心配しないで」
「そうか? すまない、すぐに戻る」
そう言って、申し訳なさそうにしているジュリアスに笑顔で手を振る。
彼が見えなくなったあと、マリーリは溜め息をつくのではなく、ぱんぱんと自身の頬を叩いた。
(しっかりしなさい、マリーリ。ここは敵陣よ、気弱になったら押し負けるわ)
弱気な心をグッと飲み込み、まるで戦闘にでも向かうくらいの気概で立つマリーリ。
というのも、先日の酔っ払いの件をジュリアスは綺麗さっぱり忘れているようだが、マリーリはあの出来事がきっかけで決心ができた。
例え好きだと言われてなくても、こうして仲良しならいいではないかと。
なんなら友達夫婦という感じでもいい、恋愛感情だけでなくても夫婦として成立するのではないかと考えを改めたのだ。
(いつまでもくよくよしてるなんて、私らしくないわ)
そう自分を鼓舞するように言い聞かせていると、不意に目の前に美しいドレスを着た女性三人が現れた。
「あら、貴女がマリーリ?」
「えぇ、そうだけど。何か?」
「ちょっとこちらに来なさいな。話があるの」
「話、ですか?」
(私にはないんだけどなぁ)
そんな本音を言えるはずもなく、ここでこのまま見合っていても場の空気を悪くしそうだと、マリーリは諦めて小さく嘆息する。
下手に抗って騒ぎを起こしてしまってはジュリアスの面目が潰れてしまうだろうと「わかりました」と渋々彼女についていく。
「それで、話とは……?」
「何よ、その態度」
「私達が誰だか知らないの?」
「えーっと、すみません。存じ上げません」
「はぁ!?? 信じられない!! 私はカラ・ミラー、この子はマゼンダ・ヒューズ、そしてその子はニカ・スターよ」
ミラーにヒューズにスター……いずれも侯爵令嬢か、と名前を聞いてやっと理解する。
「えーっと、御令嬢方が私に何の御用でしょうか?」
「あー、何その感じ。ウザいわね」
「もっと謙りなさいよ」
「そうする理由がありません」
「なっ……! 本当、キューリスの言う通り生意気な娘ね」
(あぁ、やはりキューリスの差し金か)
突然呼び出しだなんておかしいと思ったのだが、想定内の人物の名にちょっとホッとする。
「何よ、その顔。バカにしているの?」
「いえ、そんなわけでは」
「だったらなんでそんな余裕そうな顔なの?」
「元からこういう顔なだけです」
「さっきから減らず口ばかり!」
「そうおっしゃられても、私には何かを咎められる理由はありませんので」
わなわなと震え始める三人。
マリーリは臆することなく彼女達と対峙する。
「恥を知りなさい! ここは男漁りをする場ではなくてよ!」
「えぇ、ここは高貴な方々の社交場なの。成金の令嬢ふぜいが来るところではないわ」
「どう誑かしてバード伯爵に取り入ったのか知りませんけど、あの方はキューリス嬢が見初められた方。貴女の出る幕はありませんわ」
「そう言われましても……」
ジュリアスとは婚約済みだし、一応形式上は妻と名乗っている以上彼女達の言っていることはどれも的外れである。
そもそもなぜ急にこうも高貴な令嬢方がキューリスを庇うのか、マリーリには理解できなかった。
ブランのときもそうだが、今度はジュリアス狙いだなんて、私への嫌がらせ以外何でもないだろう。
「そう? 貴女がその気ならこちらに来なさないな」
「いいものを見せてあげる」
「いいもの、とは……?」
「いいから早く来なさいと言っているのよ!」
◇
「ほら、ご覧なさい? 本当二人はお似合いねぇ」
「……っ!!」
三人の令嬢に連れられ、来た先にはキューリスがいた。
その隣にはジュリアスがいて、キューリスはしなだれかかるようにジュリアスにくっついている。
勝ち誇ったように「随分と余裕こいてましたけど、これが現実よ」と彼女達はくすくすと嘲笑していた。
(ジュリアス、何で……?)
視線の先にはオルガス公爵と談笑しながら仲睦まじく寄り添う彼等。
ジュリアスも珍しく人前で楽しげに笑っているのが見てとれる。
ふとマリーリの視線に気づいたらしいキューリスがこちらを向くと、ニィッと口元を歪めて微笑んだ。
そしてさらに密着するようにジュリアスにくっつき、ジュリアスもキューリスを引き寄せるように腰を抱いていた。
お互い顔を見合わせてクスクスと笑い合う姿は、まるで恋人同士か夫婦のそれである。
(何なのよ、これ……)
訳がわからない。
悪夢でも見ているのだろうか、と頬を詰まむも痛みがじんわりと広がる。
私はまた騙されていたのだろうか、と視線の先で繰り広げられるの親密そうな二人の姿に、先程まで奮い立たせていたはずの心がバキバキに折れていった。
(胸が苦しい。上手く息ができない)
「ほら、調子に乗っているから」
「ふふふ、いい顔」
「残念ねぇ、信じてたのに……」
「貴女はしょせんお飾りの妻ってことなのよ」
くすくすくすくす、と嘲笑う彼女達にもう悪態をつく余裕すらなく、視界が真っ暗になったマリーリは静かにその場を離れたのだった。




