49 あの、ご冗談ですよね?
脳内で考えていたはずの様々な思考がパーンと一気に弾け、霧散した。
それくらい衝撃的なグロウの言葉に、マリーリは目を丸くする。
「……はい? あの、ご冗談ですよね?」
「いや、本気だ」
さすがにそんな冗談信じないぞ、と躱したつもりだったのに、なぜか追撃されて戸惑うマリーリ。
しかもグロウの瞳にまっすぐ見つめられてドギマギしてしまう。
「な、な、な、なぜ? えっと、お会いしてからそこまで経っていませんよね? そもそもグロウさまに見初められる要素は何も……」
「普通と違うのがいい」
「はい?」
思わず素っ頓狂な声が出る。
普通と違う、って変わり者って意味だろうが、それがいいとはどういうことだとマリーリの頭の中ははてなマークでいっぱいだった。
「乗馬も絵画も女があまり嗜まないものを好むという、人と違う部分がいい」
「それは、……どうもありがとうございます。でも、それ以外どこも魅力的な要素はないかと」
「そういう物怖じしないところもいい。それに、そもそもキミの以前の婚約時はあまり会って間もない相手と婚約したと聞いたが?」
(なぜそれを知っているんだ)
自分のことをどこまで知っているんだろう、と少々怖くなるマリーリ。
わざわざ調べたのだろうか、それにしたってなぜ、と途端に不安になる。
「それは、そうですが。……でも今はジュリアスと婚約中でして」
「婚約といえどまだ契約の途中、ということだろう? ひっくり返そうと思えばいくらでもひっくり返せるさ。おれの権力を使えば、な」
「そんな……」
脅しとも言える言葉に慄くマリーリ。
なぜこうも自分に執着するのか、グロウであれば色々な女性が選り取り見取りだろうに、とますます不信感が募る。
「何が不満だ? ジュリアスよりも地位は高いし、資産もいい。顔の好みはあるだろうが、悪くないと自負している。それに、あいつは未だにキミを好きだともなんとも言ってもいないのだろう?」
「そ、れは……」
事実にギュウ、と胸が苦しくなる。
確かに、好きだとか愛してるだとかそう言った類のことは言われたことがない。
好意らしいのは見え隠れしているが、それも正直自信があるとは言えなかった。
(愛されてる、とは思うけど……たまに見せる表情とか拒絶とかを考えると、私はジュリアスにとって一体どういう立ち位置なのだろうか)
ずっとマリーリが疑問に思っていることだった。
彼の真意が見えないことによる焦燥感。
けれど、だからと言って何かをすることもできずにただモヤモヤとしてるだけ。
マリーリにとって、ジュリアスがどう思っているか気になる事柄ではあるが、それと同時に知ってしまったときの恐怖や不安感も同時に襲いかかってきた。
「であれば、おれがマリーリを愛そう。大丈夫だ、何も心配はない。不自由もさせない。騎士道に誓ってキミを大切にする。どうだ? 悪い話ではなかろう?」
「……っ」
優しく手を握られる。
初めてグロウに触れられ、ぞわっとした悪寒が走った。
手つきは優しいのに、なんだかとても怖くて、マリーリは震える。
「マリーリさま、ご来客です」
凛としたミヤの声にハッと我にかえって、グロウからの手を弾く。
「あ。す、すみません」
「いや、気にするな」
「えっと、ミヤ。どなたがお越しに?」
慌てて手を払ってしまったことを謝るも、グロウは興味なさそうにふいっと視線をそらした。
「ジュリアスさまの「やぁ! マリーリ! 久しぶりだね!!」」
ミヤが口を開いたのに合わせて言葉を被せてくる男。
久々に見た彼は記憶よりも幾分か老けたような気がしたが、相変わらずのイケメンぶりであった。
「ブルースさま! お久しぶりです!!」
ガタッと席を立つ。
まさかこんな急に来客が立て続けに来るなんて、と驚きつつ、久しく会っていなかった彼に会えてマリーリは声が弾んだ。
「ジュリアスと婚約したんだろう? 随分と大きくなってお兄さんびっくりだわ。って、あら、グロウくんもお久しぶり」
「……どうも」
「何しに来たの? ジュリアスはまだ忙しくしてるんじゃなかったっけ? いけないなぁ、家主に隠れて奥様に会いに来ちゃうだなんて」
「別にそんなんではないですよ。おれはこのあと用事があるので失礼します」
「え、っ……ちょ、グロウさま!?」
マリーリが声をかけるもそのまま家を出て行ってしまうグロウ。
できればちゃんと先程の告白を断りたかったのだが、と思いつつも帰ってしまったなら仕方がないと諦める。
だが、一体何の用事だったのか未だに理解できなかった。
「ところでブルースさま、本日いらっしゃるご予定などありました?」
「いんや、思いつき。ブレアの地の近くまで来たからついでに寄っただけだよ。マリーリとジュリアスが婚約したと聞いて本当はもっと早く来たかったんだけど、最近どうも忙しくてね」
「なるほど、わざわざどうもありがとうございます。そういえば、奥様やお子さんはお元気です?」
「あぁ、元気だよ。さすがにちょっと夜泣きは勘弁してもらいたいが」
「まぁ、それも元気な証拠ですね。今度ぜひともお会いしたいです」
「うんうん。連れてくるよ。……ところで、グロウはなぜ来たの?」
「それが、私にも……」
ブルースに聞かれてもマリーリにはてんで心当たりはない。
最後の謎の告白も本気だったのかどうか、やはり揶揄われていたのではないか、と思うくらいだ。
「ふぅん、そうなんだ……」
「ブルースさまはグロウさまとお知り合いだったんですね」
「あぁ、親父が城によく出入りしてたから僕も必然的に彼のことは知ってるよ〜」
ブルースとジュリアスの父であるフィリップ侯爵は由緒正しい血筋で昔から陛下にお仕えしている執政官の一人だ。
そのため言われてみればそういう繋がりがあるのかと納得するマリーリ。
「一応彼のことは生まれたばかりの頃から知ってるけど、随分とまぁ捻くれちゃったみたいだね」
「捻くれた?」
「うん、そうそう。ジュリアスとはまた違った面倒くささがあるよね。まぁ、グロウはブラコンだからねぇ。ギルベルト陛下のことを敬愛してるんだけど、ちょっとそれがもう盲目的すぎて」
「盲目的……」
(そんな人がなぜ私に告白なんか……)
「ジュリアスもそれくらい僕のこと慕ってくれないかなぁ〜」
「ジュリアスはジュリアスでブルースさまのこと好きだと思いますけど」
「えーー、嘘だー! 会ってもいつも無愛想なんだぞ、あいつ。煩い、とか邪魔だ、とかばっかりで兄を慕う気持ちが欠片もない!」
「ジュリアスは素直じゃないですから」
「ま、そういうことにしとくけど。とにかくマリーリが元気そうで何よりだ。ジュリアスと上手くやってる?」
「えぇ、まぁ程々に? ブルースさまもお元気そうで何よりです」
「何だよ、程々にって。詳しくお兄さんに教えなさい?」
その後お互いの近況を話しつつ、日が暮れてからブルースは帰宅した。
先程までマリーリが感じていたはずの不安感はほとんどがどこかへと飛んでいったが、まだ小さな蟠りだけは心の奥底で燻っていた。




