47 おい! 止まれ!
「ジュリアスは?」
「王城です」
「また?」
「最近お忙しいようですよ〜」
「むぅ」
あのジュリアスに大好きと言ったあの日以降、彼はとても忙しくしていてマリーリは全然彼と会っていなかった。
朝は起きたらもういなくなっているし、夜まで起きて待っていても待てど暮らせど帰ってこず、いつの間にか寝落ちて自室へ運ばれている始末。
聞くところによるとジュリアスによって寝てる間に運ばれているとのことで、彼の負担になっては意味がないとマリーリはジュリアスの帰りを待つのをやめた。
(まさか、自分が告白したことで避けられてる……?)
そんな不安なことを思うが、「ジュリアスさまは毎日マリーリさまの寝顔を見に行ってますよ」とミヤに言われて、ますますわけがわからなくて、仕事が忙しいのだと思い込むようにした。
「貴女よりも早く起きるなんてね、アステリア」
ジュリアスからもらったひよこはもう羽の生え変わりも終わり、可愛らしいひよこの見た目から成長し、立派な鶏になっていた。
つい先日初めて卵を産んで感動して、その感動をジュリアスに伝えたかったのだが、結局未だに言えずじまいだ。
「マリーリさまは今日は絵画になさいます? それとも乗馬? 射撃? どうなさいますか?」
「うーん、まずは絵を描いて、それから乗馬でもしようかしら」
「承知しました。そろそろ完成しそうです?」
「えぇ、もうすぐよ。家に飾れるかどうかは別としてね」
「またまたそんな謙遜なさって〜。とにかく楽しみにしてますから頑張ってくださいね」
「はいはい。ミヤも家のことお願いね」
ミヤと別れ、アトリエに到着すると大きなキャンバスを引っ張り出してくる。
そこには赤や黄色やオレンジ、白など色とりどりの大きなダリアが描かれていた。
「うーん、あともうちょっと……何か物足りないのよね」
マリーリは筆を取ると、絵を眺めながらゆっくりとキャンバスに筆を滑らせていく。
「でもこれを本当に家に飾るのかしら」
我ながらまぁまぁなできだとは思うが、実際に飾るとなると恥ずかしいと思いつつも、ジュリアスにここまで立派なアトリエを作ってもらって画材を用意してもらったとなると見せないわけにはいかないだろう。
だから妥協はしたくないと、真剣な眼差しで筆を動かしていく。
そのまま集中し、マリーリはミヤに呼ばれるまで絵を描き続けていた。
「ふぅ、できたぁ〜」
「相変わらずお上手ですねぇ〜」
「ミヤ! いつの間に!!」
「さっきから昼食だとお声がけしてましたよ?」
全然気づかなかった、とマリーリは苦笑する。
集中すると周りの音や気配など気にならず、自分の世界に入り込んでしまうのはマリーリの欠点であり、長所でもあった。
「これ、乾いたら飾りましょう」
「いいけど、どこに?」
「そりゃあ、エントランス入ってすぐの誰もが見えるところに!」
「えー、嫌よ。恥ずかしいもの」
「そんなことありませんよ〜! ジュリアスさまだって褒めてくれますって〜」
「そ、そうかしら?」
「そうですよ〜! ふふ、早く飾るのが楽しみですね!」
「えぇ」
(ジュリアスが褒めてくれたらいいなぁ……)
絵画はマリーリにとって唯一の特技みたいなものだ。
馬術も射撃も得意ではあるが、女性ゆえに誇れるものではないのだが、絵画のみは女性だとしても周りから一目置かれる趣味であった。
最近では女性作家も増えているというのも一因ではあるだろうが、マイノリティの塊みたいなマリーリがこうして他の人から受け入れられるということは嬉しかった。
「ところで、もうお食事できてるので、お片付けなさってくださいね〜」
「わかったわ。すぐに支度する。ねぇ、ミヤ」
「何です?」
「せっかくだし、今度は貴女を描かせてよ」
「えー、嫌ですぅ〜!」
「え、どうして?」
ミヤなら喜んで食いつきそうなのに、と不思議に思っていると「私を先に描いたってバレたらジュリアスさまに嫉妬で殺されちゃいますよ〜」と言われて耳を疑った。
「えー、ジュリアスが嫉妬? ミヤったらもう、冗談でしょ?」
「冗談だと思うマリーリさまがジュリアスさまのどこをどう見ていらっしゃるか知りませんけど、結構あの方嫉妬深いんですよ? この前だって私がマリーリさまとお風呂入ったって知ってチクチクチクチクと……」
「えぇ!? 本当に?」
ジュリアスが嫉妬するとこなど想像できなくてびっくりするマリーリ。
そもそも女性であるミヤにまで嫉妬する必要があるのだろうか? と混乱した。
「マリーリさまに関しては盲目的ですよ、ジュリアスさま」
「そ、そう?」
「当事者なんですから、もっと気づいてください」
「そんなこと言われたって……。え、もしかして、だから先日ジュリアスとお風呂一緒にって?」
「ふふふふ」
まさかそんな裏があっただなんて知らず、マリーリはもう訳がわからなかった。
(嫉妬してくれてる、ってことは好いてくれてるって思ってもいいのかしら)
そう思うと我ながら単純だが、素直に嬉しく思うマリーリ。
早くジュリアスに会いたい、と思いながら、マリーリは機嫌よくアトリエ内を片付けるのだった。
◇
「では、ちょっとその辺散歩してくる!」
「あまり遠くは行かないでくださいね〜」
昼食を終え、今度は乗馬だ。
アルテミスの毛並みをブラシで整えたあと、食後の散歩と領内の見回りも兼ねて一周してくるのが日課になっていた。
毎日回っているとはいえ、毎回景色が異なり、出会う領民達も同じ人もいれば異なる人達もいて、領内であったことや家族であったことなどみんなから色々な情報を得られるこの日課はマリーリにとっても好きな時間だ。
「アルテミス、行くわよ」
呼応するように嘶くアルテミスに跨がり、手綱をひく。
彼女に毎日乗り、毎日世話をしているからか、信頼度は上がってきていてだんだんとマリーリの手綱さばきもさまになっていた。
(うん、今日もいい調子)
家の周りを軽く何度か走ったあと、家の門を抜けて駈歩で領地を走っているときだった。
「おい! 止まれ!!」
何やら大きな声が後ろから聞こえて、アルテミスを止める。
マリーリがキョロキョロと周りを見回すと、一台の馬車があった。
(誰かしら、どこの馬車?)
あまりこの辺りでは見かけない見覚えのない馬車にゆっくりと近づくと、再び「おい」と声をかけられる。
馬車についている家紋を見ようにも、どこにも見当たらずにマリーリは大いに戸惑った。
「あの、どちらさまでしょうか?」
「貴様、あのジュリアス・バードの妻を名乗る者だな」
「はい。……って、グロウさま!?」
そこにはなぜか王弟のグロウが馬車から顔を出していた。
グロウさまが一体自分に何の用事なのか、とあたふたするマリーリだったが、「家へ案内しろ」と言われる。
「我が家、ですか?」
「そう言っているだろう。さっさと案内しろ」
マリーリに言うだけ言って馬車の中へ顔を引っ込めるグロウ。
(何なのよ、一体)
マリーリは訳もわからないまま、見回りは中断してアルテミスに乗りながら自宅へとグロウを案内するのだった。




