42 マリーリにヒントをやろう
「どうしましょう、どの子も素敵で悩んじゃう!!」
「まだ来たばかりだ。ゆっくり見て回るといい」
「そうは言ってもこのあと野駆けするのなら、あまりゆっくりと見ていられないでしょう? あぁ、どうしよう……っ!」
厩舎に着くと、そこは馬の楽園だった。
どれもこれも凛々しく悠然としている馬たちが至るところにいて、マリーリは目を輝かせて胸をときめかせる。
ポニーのアポロニアス以来初めて自分用の馬を持てると思うと、はしゃぐマリーリ。
あの子もいい、この子もいい、と見るたびに興奮した様子でジュリアスを引っ張っていく。
「馬は逃げていかないから落ち着け」
「そうだけど! あー、どの子も素敵ねぇ。うぅん、でもこのままだと一向に決められないわね、どうしましょう」
さすがにみんな買う! なんてことは許されないことはわかっている。
というか、万が一そんなことを言ったらジュリアスはともかくグウェンからの雷は必至だ。
そもそも家の厩舎もそこまで大きくないし、どう考えても管理しきれないのはわかっているからやはり一頭に絞らなければならない。
「うーん、うーん」
「すぐには決まらなさそうだな」
「それは、やっぱり、こういうのは大事でしょう? ずっと一緒にいるなら相性がよくてお互いにいい関係を築きたいし」
「ははは、なるほど? では、そうだな。一つマリーリにヒントをやろう」
「ヒント?」
「あぁ。彼らの目を見るんだ」
「目?」
目を見る。
言われてマリーリは馬達の目をじっくりと見つめた。
すると、ふいっと逸らす子もいれば、ジーっと物珍しそうにこちらを見つめる子がいたり、視線がまるで合わない子もいたりした。
「バルムンクもこうして選んだの?」
「いや。バルムンクは、俺が出産に立ち会ってな。母親が酷く難産だということで借り出されたのだが、そのとき俺があいつを取り出したんだ」
「え、そうだったの!?」
「あぁ、だからバルムンクは特別だ」
「なるほど。ということはやっぱり信頼関係大事よね」
再び、ふむむむと馬達を見つめるマリーリ。
その姿を微笑ましく眺めるジュリアス。
マリーリはジーッとひたすら馬の目を見ながら歩く。
「マリーリ。馬を見るのも結構だが、足元も気をつけろよ」
「わかって……きゃ!」
言われたそばから木の根か何かに躓き、転びそうになるのをジュリアスによって支えられる。
わかってる、と言いかけた手前、恥ずかしくて顔を上げられずにいると「困った妻だな」と笑われた。
「仕方ないから手を繋ぐぞ」
「え」
「嫌なのか?」
「嫌じゃ、ないけど……」
そう言うと手が重なり、そのまま指を絡められる。
こうして指を絡めて手を繋ぐことなどなかったマリーリは、顔を赤らめて口をぱくぱくとさせていて、まるで鯉のようになっていた。
「ほら、見るんだろう?」
「え、あ、うん」
「そんなあほ面していたら馬にもバカにされるぞ」
「誰があほ面ですって!」
「はははは」
文句を言いながらも手は握ったままで。
二人はゆっくりと歩きながら、マリーリの馬探しをするのだった。
◇
「よし、決めた。この子にするわ!」
「ほう、決め手は?」
「この子、人懐こいのか私にくっついてくるの!」
マリーリが手をかざすと、撫でてくれと言わんばかりに顔を差し出してくる馬。
目を細め、すりすりと彼女に頬を寄せる姿は確かに懐いているようだった。
「なるほど。よし、ではこの馬を買おう」
「ありがとう、ジュリアス」
ジュリアスが馬主と購入手続きをしている間に、マリーリは馬をゆっくりと撫でる。
毛色は黒く、艶やかな毛並みで悠然と立つ姿はとても凛々しかった。
マリーリを気に入ったのか、しきりに何度も「撫でて、撫でて」と力強くぶつかるように鼻や頭を寄せてきて、マリーリは微笑みながら何度も何度も撫でてやる。
バルムンクは白馬なので、見た目的にもバランスが取れているだろうと思いながら、尻尾をこれでもかと振り乱している馬を微笑ましく思った。
そこへ手続きを済ませたらしいジュリアスが戻ってくる。
「随分と懐かれているな」
「でしょう? 可愛いのよ、この子」
「はは、妬けるな」
「え、何か言った?」
「いや、何でもない。ところで名は決めたのか?」
「うーん、前回がアポロニアスだったからなぁ……。女の子みたいだし、アルテミスにでもしようかしら」
「これまた随分と大層な名前だな」
「いいじゃない、覚えやすくて」
ぷぅ、とマリーリが膨れると「拗ねるな」と膨らませた頬を押し潰される。
その勢いで口に溜め込んだ空気が飛び出し、「ぶっ」と言ったマリーリを見てジュリアスがケタケタと笑った。
「もう! 一体誰のせいだと……!」
「俺のせいだな。とにかく行くぞ」
「えぇ!? ちょっと待ってよー!!」
ジュリアスがバルムンクの手綱を掴み引き連れていくのを、慌ててマリーリもアルテミスを連れて追いかける。
そしてマリーリはアルテミスに乗ることができるように装備を整えてもらうと、二人は馬主に礼を言って厩舎をあとにしたのだった。




