39 一体どういうことなの?
「どうして、キューリスがここにいるの?」
「あら、なぜって? 私もここにお呼ばれされているからよ」
「え、でもパキラ家は先日のブランとのことで拘束されたって……」
先日のブランとの一件でグラコスとジュリアスが訴えたことで芋づる式にグシュダン家の不正事業が暴かれ、それに関わった人々や家はみんな次々と捕らえられた。
その中にパキラ家も入っていたと聞いていたはずなのに、なぜキューリスがここにいるのか、とマリーリは眉を顰める。
「あら、ごめんなさいね。今の私はパキラ家ではないのよ」
「え?」
「キューリス・オルガス公爵令嬢。それが今の私の名前よ」
「オルガス公爵令嬢!? ど、どういうこと?」
「まぁ、相変わらず大きな声ではしたない。名前の通りよ? オルガス公爵様の養子に入ったの、私」
「養子……?」
(このタイミングで養子に……? しかも公爵家に?)
頭の中が混乱する。
(ブランとの一件で揉めていたはずのキューリスがなぜ公爵家へ? しかもオルガス公爵と言えばさっきジュリアスが会いに行った人物だし、そもそも彼は大臣という要職に就いているはずでは?)
いくら社交界に出なくなったとはいえ、マリーリもそれくらいは承知していた。
とても有能な方で、先王からの覚えもよいと聞いていたが、それなのになぜ不正をしたと言われるパキラ家の子女であるキューリスを養子として招くのか、マリーリには理解ができない。
(一体どういうことなの?)
「とにかく、私は正式にこちらに呼ばれているの。なのになぜ貴女がここに? あぁ、もしかして新しい男でも漁りに来たのかしら?」
ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべるキューリス。
今まで見たことないほど蔑むような表情に、握り込む拳に力が入った。
「違うわ。キューリスと一緒にしないでちょうだい」
「あら。まだそんなこと言えたの、貴女。……本当、忌々しい。てっきり部屋にこもって怯え苦しんでるかと思ったのに」
「何ですって?」
「いえ、こちらの話。でもまさかのこのここんな晴れの場にやってくるだなんて、ねぇ? 今日は陛下の御前よ? そんな醜い顔で上がるなんて不敬にも程がなくて?」
「……っ」
「ふふ、言い返せないでしょう? だって本当に醜くて、下品で、はしたない売女のような顔だものねぇ。その髪だって人の生気や生き血を啜って変わったなんて噂もあるくらいだし」
今まで見知ったキューリスがまるで別人のように侮蔑の言葉を吐き続ける。
自分が悩んでいると言ったことを全て悪辣に詰られ、マリーリはギュッと胸が詰まった。
「知ってる? マリーリの噂」
「……知らないわ、そんなの」
「新しい男ができたから婚約破棄をして、それで自暴自棄になったブランが自ら破滅したって話」
まるっきり違う話に目が眩む。
よくない噂をされているとは聞いていたが、ここまで改変されてるとは思わず、目の前が真っ暗になる。
「そんなの事実じゃ……っ」
「そう、事実じゃない。でもみんながそう思って広まれば、事実じゃないことも事実になるのよ?」
「そんな……っ」
「ねぇ、もうこういう場に出ないほうがいいのでは? マリーリにとってつらいだけよ? ふふ、私は優しいから忠告してあげたの。感謝してちょうだい」
キューリスはニコニコと人の良さそうな笑みを浮かべる。
だが、明らかにその瞳の奥では自分を蔑み嘲笑っているのが見てとれた。
「どうして、どうしてこんなことを言うの?」
「どうして? 貴女には遠回しに嫌味を言っても理解できないおつむだと気づいたからかしら。いくら言っても貴女の頭がお花畑すぎて、なんでもいいように受け取るでしょう?」
「そんなこと……っ! そもそもキューリスはどうして私のことが嫌いになったの? 私が貴女に何かした……!?」
いくら思い返しても理由が見つからない。
何か彼女の不興を買うようなことを言ったか、それとも何かをやらかしてしまったか。
嫌味なども言われた記憶がなく、確かにちょっと「ん?」と思うようなことを言われたような気もするが全部自分が悪いのだと大して気にしていなかったのが悪かったのかと、マリーリは過去の自分を振り返る。
だが、キューリスの答えは想定外のものであった。
「ふふ、嫌いになるのに理由が必要かしら? ……まぁ、そうね。しいて言うなら貴女が憎いから、かしら。能天気で、バカで、苦労もしてなくて幸せそうにヘラヘラしてる人を見るのが私大嫌いなの。だからそういう人を見るとつい虫唾が走って、絶望させてどん底に落としたくなっちゃうの。うふふ、私の悪いところね」
恍惚的な笑みを浮かべながら邪悪な言葉を吐き続けるキューリス。
そこにはマリーリが親友だと慕っていたキューリスはどこにもいなかった。
(もしかして、最初からそのつもりで近づいたってこと……?)
ブランもそれでわざと自分から奪ったのだと気づいて、マリーリはふるふると震える。
結果的にはブランと結ばれなかったことは感謝せねばならないが、かと言ってこうも理不尽な理由で辱められる覚えはなかった。
「……そう、随分と趣味が悪いのね」
「ふん、まだ言い返せるの? いい加減堕ちるとこまで堕ちてしまったほうが気が楽になるわよ?」
「さっきからどういう意味?」
「目の前から消えてってこと」
「どうして貴女にそんなこと言われなくては……っ!」
「あらやだ、キューリス。こちらどなた?」
声を張り上げたその時、どこからか令嬢達がやってくる。
その瞳はキューリスと同じでマリーリを見下し、侮蔑するような瞳だった。
「あぁ。ほら、あの噂のグシュダン家の子女よ」
「え? あの噂の? キューリス関わるのやめなさいよ、同類だと思われてしまうわよ」
「そうよ。ふしだらだと思われてしまうわ?」
「あらやだ、確かに。私ったらつい慈悲で声をかけてしまったわ」
「本当、キューリスは優しすぎるわね」
「ふふふ。……ということだから、早く視界から消えてちょうだいね」
「やだ、キューリス。ストレートに言い過ぎよ」と、くすくすくすくす笑う令嬢達。
その様子は酷く高慢で、マリーリの心はズタズタだった。
(どうして、こんなこと言われないといけないの。どうして)
泣きたい気持ちをグッと抑えると、これ以上何も言い返せず、静かにその場を離れる。
背後で相変わらず嘲笑する声が聞こえたが、振り返ることすらせずに、マリーリはただそこを離れることだけを考え、自分の涙を誰にも見られない場所を求めて彷徨うのだった。




