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2 帰ってきた幼馴染

「マリーリ、マリーリ……っ!」


 もうすぐで家に着きそうなときだった。

 聞き覚えのある声で呼び止められ、振り向くとそこには幼馴染で侯爵令息で騎士のジュリアス・バードがいた。


「何よ、ジュリアス帰ってきてたの」

「あぁ、さっき遠征から帰ってきてな。お前がすごい勢いで走ってくるのが見えたから声をかけたんだ、が……泣いてるのか?」


 ジュリアスはマリーリの顔を見るなりギョッとした表情をする。

 まさかあのじゃじゃ馬で気の強いマリーリが泣いているなどとは思わなかったのだろう。

 普段は落ち着いていて無愛想な彼も、さすがにびっくりしたようだった。


「そう、おかえり。じゃあ、用がないなら私は家に帰るわ」

「ちょちょちょ、待て待て。その姿で帰る気か? さすがにそのままだとご家族に心配されるぞ」

「そのままって、何よ。そんなに私の姿が酷いって言いたいわけ?」

「自分の姿をよく見てみろ。服は泥だらけだし、顔も汚いし、腫れてるしで……」

「どうせ、私は酷い顔よ」

「別にそんなこと言ってないだろう。とにかく来い」

「ちょっと、どこに連れて行く気!?」


 腕を無理矢理引っ張られて、マリーリは抵抗する。

 昔は幼馴染みとして仲が良かったジュリアスだが、彼が寄宿舎に入ってからというものすれ違いが多く、こうして話すのは久々のことでマリーリも戸惑った。


「ちょっとその辺気晴らしに散歩でもしよう」

「ジュリアスと? 嫌よ」

「っどうして」

「どうしてもよ」


 ぷい、と顔をそらすマリーリに、困惑するジュリアス。

 なぜか拒絶されるとは思ってもみなかったのか、普段は何を考えているのかわからないほど落ち着いているのに、顔は無表情ながらも焦っているのがわかる。

 だが、急に何かを思い出したのか、はたまた閃いたのか、突然雰囲気が明るくなったかと思えば、ジュリアスは意地の悪い笑みを浮かべて口を開いた。


「……あぁ、ちなみに今日はバルムンクでここまで来たんだが、せっかくだから乗せようと思ったのに、本当にいいのか?」


 バルムンク、という名にマリーリは思わずジュリアスの顔を見る。

 バルムンクというのはジュリアスの愛馬である。

 乗り心地はとてもよく、駈歩(かけあし)状態のバルムンクはまるで彼と一体化したかのように、風をきって走り抜けるのがとても心地よいのだ。


「ずるいわ、バルムンクで私を釣るなんて」

「よし、決まりだ。ほら、行くぞ」

「まだ、いいとは言ってないわ」

「よく言う。バルムンクに乗りたいと顔に書いてあるぞ」


 そう言ってジュリアスに手を差し出される。

 ジュリアスと手を繋ぐのなんて、いつぶりだろうか。

 マリーリが躊躇っていると、ジュリアスが強引に手を繋ぐ。

 そして、バルムンクのところへと引っ張ってくれた。


(ジュリアスの手ってこんなに大きかったかしら)


 子供のときは自分よりも小さかったはずのジュリアスは、いつの間にか追い越されていたなぁ、と感慨に耽る。

 幼馴染としてしか認識していなかったが、ジュリアスも男なんだな、と思いながらバルムンクの元へとやってきた。


「さぁ、乗るぞ」

「え、ジュリアスも乗るの?」

「当たり前だろう。俺の馬だぞ?」

「そ、そうよね。あ、でも私が一緒に乗っても大丈夫かしら。バルムンク、重いのではなくて?」


 遠慮がちに言えば、ふわっと抱き上げられてバルムンクの背に乗せられる。

 まさかジュリアスにそんなことをされるだなんて思わず、口をパクパクとさせていれば、「そんな殊勝なことを言うなんて、マリーリらしくないぞ」と笑われた。


「わ、笑うことないでしょう!」

「とにかく大丈夫だ。バルムンクはそんな柔な馬じゃない。それにマリーリが乗ったくらいじゃ大して重さは変わらないさ」

「そ、そう……?」

「あぁ、軽すぎてびっくりしたくらいだ。ちゃんとご飯を食べているか?」

「失礼ね、食べてるわよ。お母様から心配されるくらいにはね」

「そりゃ結構。だが、もっと身をつけた方がいいぞ」

「余計なお世話よ!」


 そんな軽口を言い合いながら、ジュリアスはバルムンクを走らせる。

 走らせると言っても常歩(なみあし)だからそこまで速くはないのだが、それでも普通に歩くよりは速い。


「馬に乗っていると景色が違うわね」

「そうだろう? 気分転換にちょうどいい」

「確かに。いい気晴らしになるわね」


 風を浴びるのは気持ちいい。

 いつの間にかたっぷり溜め込んだ涙も綺麗さっぱりどこかへ行ってしまった。


「ねぇ、ジュリアス」

「なんだ?」

「騎士ってどうやったらなれるの?」

「……何だ、藪から棒に」

「いえ、私でも騎士になれるかなーって」

「さすがに、いくらじゃじゃ馬のマリーリでも、それは無理だろう」

「何でよ。やればできるかもしれないじゃない。乗馬だってできるし、射撃も得意よ? それなりに動けるし、力だってその辺の令嬢よりはあるわ?」

「だったら試してみるか?」


 そう言うと、ジュリアスは適当な野原でマリーリを下ろす。

 そして、ジュリアスの腰に巻いていた剣を「構えてみろ」と手渡される。


「構えてみろって……どうやって?」

「ほら、貸してみろ。こうして両手で持って、持ち上げるんだ」


 ジュリアスが先にお手本を見せてくれる。

 まっすぐ剣先は上を向き、身体はぶれることなく綺麗な構えだった。


「わかったわ。私だって、できるところ見せるんだからね」

「あぁ、お手並拝見といこうか」


 再び渡された剣を両手で握ると、「ふんんんんんん」と声をあげながら剣を持ち上げようと試みる。

 だが思うように動かず、剣先が地面から離れることすらできなかった。


「お、おかしいわね」


 また、「ふぬぬぬぬぬぬ」と今度は歯を食い縛りながら持ち上げようとするも、一向に剣は上がらない。


「いつまでやる気だ?」

「も、持ち上がるまで……っ!」

「一生かかっても無理だと思うぞ」


 ジュリアスの言葉に負けん気が出てきて頑張ろうとするも、何度やっても持ち上がらず。

 結局マリーリは剣を持ち上げることができなかった。


「ほら見ろ。だから言っただろ」

「だって、なら私はどうすればいいのよ……」

「どうすれば、ってそのままでいいだろう? そもそも、何で急に騎士になりたいだなんて言い出したんだ。そろそろ結婚するんじゃなかったのか?」

「婚約破棄した」

「ふーん……って、は? 聞いてないぞ。いつの話だ」

「たった今さっき」

「たった今さっきだと!? どういうことだ」


 ジュリアスの問いただすような口調に、ムッと口を閉ざすマリーリ。

 正直彼女も自分でどこからどこまで話せばいいのか、よくわからなかった。


「ブランが、キューリスと浮気してて」

「浮気だと? あのブランが? キューリスって?」

「キューリス・パキラ。子爵令嬢よ。しかも、最近まで仲良くしてたはずの友人」

「友人がブランを寝とっていたということか?」

「えぇ、そうよ。笑いたきゃ笑いなさいよ。本当もう、最悪……」


 思い出して、先程まで引っ込んでいたはずの涙が滲み出てくる。

 すると、大きな手がマリーリの頭を包んだかと思うと、ぽんぽんと軽く叩かれたあとにぐいっとジュリアスに身体ごと抱きしめられた。


「髪が乱れるでしょ!」

「マリーリもそんなことを気にするようになったのか」

「煩いわね。私だって年頃の娘なのよ。……例え、変わってるって言われてもね」


 ぽつり、とそう溢すと、ジュリアスは何を思ったか、マリーリの髪をぐっしゃぐしゃにかき乱した。


「ちょ、ジュリアス!」

「らしくないぞ、マリーリ」

「煩いわね! 私だって、好きでこんな風なわけじゃ……っ!!」

「だが、たまにはいいんじゃないか? 我慢は身体によくない。泣きたいなら泣け。俺以外、誰も見てないから」


 ジュリアスの言葉に、うっと涙が迫り上がってくる。

 不器用なジュリアスのくせに生意気だ、と思いながらももう堰をきって溢れ出してきた涙は止められなかった。


「ジュリアスに見られるだなんて最悪」

「言ってろ」


 そう言いながらも優しく抱きしめて背を撫でてくれる。

 それがとても心地よくて、安心できて、マリーリは涙が枯れるまでその場で泣くのだった。

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