18 では、一足先に我々はバルムンクで行こうか
「随分と遅かったが大丈夫だったか?」
「えぇ、ちょっとお母様を引き剥がすのにてこずってね」
「あぁ、マリーリの母上はことさらマリーリのことを溺愛してるからな」
「そうね。それは否定しないわ」
あれからミヤとグラコスの二人がかりでマリーリからマーサを引っぺがし、マーサはそのままおいおいと泣き崩れて家にこもってしまった。
あまりの泣きようにマリーリが心配になっていると、「マーサを待っていたらキリがないからもう行きなさい」とグラコスに促されて、ようやくジュリアスの元へと行くことができたのだ。
「準備はもう大丈夫か?」
「えぇ、いつでも行けるわ。荷車にも荷物を積み終えたし、ミヤ達も荷車に乗ってついてくるそうよ」
「では、一足先に我々はバルムンクで行こうか」
そう言ってジュリアスに抱えられるとバルムンクに乗せてもらう。
そして、ジュリアスもバルムンクに乗ると、グイッと背を預ける形で抱きしめられた。
「不安か?」
「うーん。不安は不安だけど、楽しみのほうが大きいかも」
「はは、マリーリらしいな」
「今まであまりさせてもらえなかったこと満喫しないとね」
「程々にな。あまり無茶をされると俺の心臓がもたない」
「そ、そんなに無茶はしないわよ!」
「だといいが。さて、せっかくだ、挨拶回りもせねばならないし、駆け足で行くか」
ジュリアスがバルムンクの横腹を蹴ると一気に加速し、クンと後ろに引っ張られるようにマリーリはジュリアスにぶつかる。
見上げるといつも無愛想なジュリアスにふっと優しく微笑まれて、カッと耳まで熱くなるマリーリ。
本当に、何度見ても顔がいい。
この顔を見慣れていたはずの過去の自分は、どういうメンタルをしていたのかと問いただしたくなるほどにはジュリアスの顔はよかった。
「大丈夫か?」
「え、えぇ。大丈夫よ」
言いながらマリーリが身体を起こそうとするも、手綱を押さえる手とは反対の手が腹に回ってグッとジュリアスのほうに引かれる。
そして再び彼に背を預けるように倒れると、「無理して身体を起こすことはない」と諌められてしまった。
(とは言われても、この体勢は距離が近すぎでしょ)
胸がドキドキと早鐘を打つ。
今まで後ろから抱きすくめられ、背中をこうして預けたことなどなく、慣れない体勢での密着に居た堪れなくなっていると、頭上から「気分でも悪いのか?」と尋ねられて顔を覗かれた。
間近で見るジュリアスの整った綺麗な顔に、再び顔が真っ赤になる。
それを見てジュリアスが「熱でもあるのか?」と自らの頬をマリーリの頬にくっつけて、彼の頬の柔らかさと冷たさに、マリーリの心臓は今にも爆発しそうだった。
(ジュリアスのほっぺた柔らかい……! というか、近い近い近い……!)
いつの間にかバルムンクも駆け足だったスピードがだいぶ緩み、並足くらいの速さになっている。
ジュリアスが自分を気遣ってくれていることに嬉しく思いつつも、顔に出さないようにマリーリは必死だった。
「……いえ、気分は悪くないわ」
「ではどうした? さっきから俯いてばかりだが」
「いえ、ちょっと……」
「随分と歯切れが悪いな」
(恥ずかしいからだなんて言えない)
ジュリアスを意識するようになってから、羞恥を感じる機会がだんだんと多くなっている気がする。
これから先一緒に過ごさなくてはいけないというのに、これで大丈夫なのだろうか。
マリーリは不安になりながらもその不安は今更であった。
(そもそもジュリアスと結婚するということはずっと一緒にいることだし、それに、結婚するということは子をなして……子を……)
確実に今想像すべきことではないことを想像してしまって、ぼふっと顔が沸騰しそうなほど熱くなる。
まるで爆発してしまったみたいに羞恥で頭が真っ白になり、はしたない妄想をしてしまった自分を恥じた。
「マリーリ、大丈夫か?」
「ひゃあ! え、えぇ、大丈夫よ、ふふふ、ふふ……」
「気持ち悪いな。何か変なものでも食べたか?」
顔を顰めて不審そうな表情をするジュリアス。
あからさまに引くような表情に、慌ててマリーリは否定した。
「失礼ね! 違うわよ! さすがの私でも拾い食いはしないわ!!」
「そうか? 昔はよく落ちてたどんぐりとかその辺に生えてた草やキノコを食べようとしていたマリーリが?」
「もう! だから、そういう昔の話持ってこないでって言ってるでしょ!」
「ははは、いつものマリーリに戻って何よりだ」
「本当、意地悪なんだから」
「……マリーリ限定だがな」
「え?」
「何でもない。行くぞ」
「え、ちょっと、またスピードアップしないで!!」
ぐわんぐわんと大きく視界が歪む。
不意打ちのスピードアップのせいで頭がまた後ろに行ってしまって、後頭部をジュリアスにぶつける。
だがさすが騎士として鍛えているだけはあってマリーリがぶつかったくらいではどうってこともないかのように涼しい顔のジュリアス。
というか、むしろそのまま後ろから抱きすくめられるようにしっかりと身体を固定されてしまった。
「え、ジュリアス?」
「ほら、ぼんやりお喋りしていると舌を噛むぞ」
「も、もうちょっと、お手柔らかに……!」
「何を言う。バルムンクの本気はまだまだこれからだぞ」
「え、ちょ、あーもー!!!!!」
「ははは、風が気持ちいいな!!」
せっかく整えた髪も乱れてしまいつつも、久々に心の底から愉快そうなジュリアスに自分も嬉しくなりつつ、それを外には出さないように努めながら跳ねるように駆けるバルムンクにマリーリは身を委ねるのだった。




