1 婚約破棄させていただきます!
「やん! もう、お昼からするの? ねぇ、こんなところでこんなことしてたらマリーリにバレちゃうんじゃない?」
「大丈夫だよ。あのじゃじゃ馬は、その辺の野原でも駆けずり回っているだろ? 呼んでもないのに日中ここに来ることなんてないし、バレやしないさ」
「まぁ、酷い。あれでも貴方の婚約者でしょう?」
「そりゃそうだが、あのじゃじゃ馬だぜ? 誰が相手にするもんか。見た目も大したことないし、じゃじゃ馬で気だけ強くて……、どうせ家のことだってまともにできやしないだろ。オレは男爵家の金さえ入ればそれでいいんだよ」
「本当クズねぇ……」
「そのクズが大好きなのは誰だい?」
「ふふふ、わ・た・し……」
男爵令嬢、マリーリ・フィーロは怒りで震えていた。
母の頼みという口実で、結婚式用にと刺繍をしたハンカチを持って婚約者である伯爵令息のブラン・グシュダンに会いにきたというのに、この漏れ聞こえる会話は一体どういうことだろうか。
応接間に通されたはいいが、待てど暮らせどブランが来ないからおかしいと思い、失礼ながら彼の自室へと行けば、否が応でも聞こえてくる会話。
あからさまに自分を揶揄する……いや、ほぼ悪口の数々に、マリーリは怒りで頭に血が上る。
しかも、どう考えても浮気である。
毎日慣れないながらもブランのために頑張って縫った刺繍入りのハンカチを、彼女は怒りのままに握りしめた。
中からは今まで聞いたことないような甘い、睦み合うような声に嫌悪感で肌が騒めく。
もうマリーリの我慢も限界だった。
バーンっ!
「そっちがその気なら、こちらから婚約破棄させていただきます!!」
「きゃあああ!!」
「な、何だ!? え、は、マリーリ!? なぜここに!!?」
勢いよくドアを開けると、そこには乱れた姿の男女が二人。
一人は婚約者のブラン、そしてもう一人も見覚えのある女性だった。
「キューリス……? 貴女、何で……」
まさか親友であるはずの子爵令嬢のキューリス・パキラが浮気相手だったなんて、とあまりに信じられない光景に、マリーリはその場で固まってしまった。
「いや、これは違うんだ!」
「もう、いいでしょう? ブラン。バレたならこの際しょうがないわ。私達、こういう関係なの」
キューリスがしな垂れるようにブランに抱きつく。
その光景を見て、ウッと吐き気をもよおし口元を押さえるマリーリ。
「キューリス!」
「往生際が悪いわね、ブラン。ここまで見られてしまったなら今更でしょう? それに婚約破棄してくれるというのだもの、都合がいいじゃない」
「それは……」
ブランが何とも言えないような情けない目でマリーリを見つめる。
それを受け止めながら、「何で、こんなこと。どうして、どうしてキューリスがブランと?」とマリーリは狼狽しながらもまっすぐ彼女を見つめて問いただした。
「そもそも、マリーリと仲良くしてたのはブランのことを知るため。でなきゃ、変わり者の貴女と仲良くするわけないじゃない?」
「そんな……」
「ふふふ、いい顔。本当、貴女に合わせて話をするの大変だったのよ? やれ乗馬だ、射撃だ、って。はしたないことばかり。でもこれでやっと解放されるなんて、めでたいわ? しかも婚約破棄までしてくださるなんて、どうもありがとう」
今まで知ってるはずのキューリスとはまるで違う姿に絶句する。
まさか突然婚約者と親友を同時に失うだなんて。
マリーリは胸の中が真っ黒いモヤモヤが今にも口から出そうなのを必死で我慢する。
(泣くな泣くな泣くな、私……っ!)
ここは泣く場面ではない、きっと今泣けばキューリスが喜ぶだけだと、グッと奥歯を噛み締めると、キッと睨むようにキューリスを見つめた。
「私のお古だけど、もらってくれてありがとう。ブランさま、このことは両親にも報告させていただきますから!!」
「マリーリ!」
「ブラン。いいじゃない、ほら、続き……しましょう?」
マリーリは踵を返して、後ろでおろおろしていた使用人達を振り切ってグシュダン家を飛び出す。
いつの間にか手に持っていたはずのハンカチが消えたことに気づかず、涙を目元にいっぱい蓄えながらも、それを溢すことなく必死で自宅まで走るのだった。
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