プロローグ
不定期更新になりますが、宜しくお願いします。
「奥様、アンロム王国の王都が陥落したそうです」
「そうですか」
使用人のアヌシーは少し興奮した様子で私の部屋に駆け込んで来た。
彼女にとってアンロム王国の最後はお伽噺に感じているのだろう。
正義のランネム王国に滅ぼされた悪のアンロム王国として。
「あの奥様?」
「なんでしょう?」
「国王陛下の最後ですが」
「聞きたくありません」
アヌシーの方に見える左目だけを向け、素っ気なく返す。
ネクシルの最後なんか知りたく無い。
王都が陥落前、私はハンナに手紙を書いていた。
アヌシーに代筆を頼んだのだ。
(右手が不自由の為書く事が出来なかった)
再びランネム王国に戻り、国王ジョージの正妃となったハンナ・ランネムに、
[どうかネクシルを助けて欲しい。貴女の元夫である彼の命を救いたいのは私も一緒]と。
「そうですか、アブドル様と息子のラブドル様の事は?」
「死にましたか」
「はい」
続いて夫であるアブドルと庶子ラブドルの死を聞いた。
全く愛の無い夫婦で有ったが、ここまで胸がざわめかないとは。
今更ながら冷めきっていた夫婦だったと実感する。
「最後は捕らえられ、親子共々『俺達は悪くない』そう喚きながら首を跳ねられたと」
「分かりました、もう下がっていいわ」
「失礼します」
話すのを止めはしなかったが愉しそうにアブドル達の最後を話すアヌシー。
私が今もアブドルの妻なのを知っているのに。
彼女とは8歳からの付き合いだが、屋敷の周りにいるランネム王国の兵にすっかり洗脳されてしまったのだろう。
アヌシーが出ていき、1人残された部屋で今までの経緯を思い出す。
私が居るテンプシーの町はアブドルに乗っ取られた私の実家、サニット公爵領の1つ。
僻地でランネム王国と国境を境とする危険な土地。
だからこの町に不具者となった私をアブドルは閉じ込めたのだろう。
アンロム王国の防波堤、自分の盾にする為に。
奴の狙いは外れ、ランネム王国はテンプシーの町を避けて侵攻した。
アンロム王国もこの町を盾にする事無く、隣の町でランネム王国を迎え撃った。
示し合わせていたのだろう。
私の元婚約者アンロム王国、国王ネクシルと彼の親友ランネム王国、国王ジョージとの間で。
そういえば最後にアブドルと話をしたのはいつだったか?
確か1年前だ。
せめて息子の命を助けるようランネム王国に頼んでくれと言われたのだ。
最後まで馬鹿な男。
誰が私の実家を乗っ取った男の愛人との子供を救うと?
噂ではアブドルの愛人(側室)、いや正室になったイリスは夫と息子を捨て側近の男と亡命を試み、ランネム王国に捕まり2人共処刑されたと聞いた。
「どうして...」
どうしてこんな事になってしまったの?
私の人生は何だったの?
私とネクシルはジョージやハンナ達と同じ王立学園で学んだ親友だったのに。
5歳で婚約したサニット公爵家の一人娘、私マリア・サニットとアンロム王国王太子ネクシル・アンロム。
同じ頃婚約したランネム王国の王太子ジョージ・ランネムと同国侯爵令嬢ハンナ・アナスタシア。
私とハンナは国は違えど、同じ王太子の婚約者同士。
共に15歳で私達の国に留学してきたハンナとジョージが不自由しない様に気遣う内に彼等と親友になった。
幸せと友情が永遠に続くと信じて疑わなかったあの頃。
しかし、それは突然崩れた。
ランネム王国との戦争が私達を引き裂いたのだ。
その後、私とネクシルの運命は翻弄された。
最初の戦争は私達の国アンロムが勝利を収め、ジョージ達のランネム王国が負けた。
和議でネクシルとハンナが婚姻を結び、私の婚約は取り消された。
思い出すだけで...
「ネクシル...貴方を一人にしないからね」
車椅子の私は机の引き出しから短刀を取り出す。
両足は既に2度目の戦争で失なわれ、右手も残されてるのは薬指と小指だけ。
使える左手で短刀を握り、首筋に当てた。
5歳の時ネクシルから贈られた婚約の印。
これだけは決して手放さなかった、ネクシルと私との愛の印なのだから。
首筋に当てた刃を一気に引き下ろす。
途端に血飛沫が部屋を染めた。
「奥様!!」
アヌシーの声が聞こえる。
私の異変に気づいたのか...
「ネクシル...愛してる」
アヌシーに抱き抱えられながら消え行く意識。
愛しい人の名を呼び、私の意識は消失した。