リセマラ初日
毎週月曜日更新を目指します。よろしくお願い致します。
ここはコヤット村。世界の中心からほど遠い場所にあるこの村は、人口100にも満たない静かで小さな村だ。
そんな村の静寂を青年の大きな声が突き破った。
「あーーっ!!!」
外の明るい日差しで目を覚ました僕は、針が止まった目覚まし時計を手に愕然とする。
「寝坊した!何で今日に限って!?」
今日、僕は16歳の誕生日を迎えて、成人を迎えた。成人すると、酒やタバコなど様々なことが許可されるようになるのだが、僕にとってはそのどれもがどうでもよかった。
ただ一つ、スキルを得るための儀式を受けられるようになること以外は。
スキルは、使えばたちどころに火を起こしたり、水を生み出したりすることができる不思議な力だ。人々は狩りや生活に、スキルを大いに活用していた。
子供達は、大人がスキルを使う様子を見て、あこがれを抱いて育つ。
だから、成人を迎えた誕生日に、新成人のほとんどがスキルを得るための儀式を行う。
僕も例に漏れずに成人を迎えた今日、村外れのほこらで儀式を受けることになっていた。寝坊さえしなければ、今頃は儀式を受けているはずだったのだが・・・。
「・・・怒っているかなぁ。」
僕はほこらで待ちぼうけをくらっている人物のことを考えながら、寝間着を着替えてほこらへと急ぐ。
ほこらへ到着すると、扉の前に一人の女性が立っていた。
「ごめんティア!」
僕は平身低頭、全力で謝る。
そこにいた女性は、僕の幼馴染みのティア。このほこらの神官であり、今日は僕の儀式の進行を見守ってくれるということで待ち合わせをしていたのだ。
しかし、僕は予定より大幅に遅れてしまった。最大限の言い訳を考えながら来たものの、最終的には男らしく全力で謝ることにしたのだ。
「いいのよ、フィリス。事故にでもあったのかと心配してたけど、無事でよかった。」
彼女は遅刻したことに対して怒っている様子はなく、それどころか優しげに微笑んで声をかけてくれた。
「じゃあさっそくはじめましょうか、ついて来て。」
彼女は挨拶もそこそこに、ほこらの中へと入っていく。
おかしい。いつもの彼女なら文句の一つや二つは言ってくるはず。それなのに、怒っていない?
彼女の様子を不審に思いながらも、ただでさえ待たせてしまった彼女をさらに待たせるわけにも行かないので、すぐさま彼女のあとを追う。
中では、儀式の準備はすっかり整っており、きれいな紋様が書かれた床の上に、透き通るような水晶球が安置されていた。
「じゃあ早速はじめましょう。まず、この水晶球に手を触れてくれる?」
僕は促されるまま水晶球に触るも、彼女が本当に怒っていないのか気が気ではなかった。
「ティアは遅刻したこと、怒ってないの?」
「ええ。だから儀式を進めましょう?」
彼女はまたもや微笑みを浮かべ、儀式の進行を促す。
笑顔が逆に怖い。本当は怒っているが、今日は誕生日だから多めにみてやろうということなのだろうか?うーん・・・。
しかし、ここでまたあれこれと考えて時間を無駄に過ごすことで彼女の怒りを買うおそれもあると考えた僕は、様子を見ながら先に進むことにした。
「それで、どうすればいいの?」
「とっても簡単よ。儀式の準備は私がしといたから、フィリスは水晶に手をかざしたまま『スキルリリース』と詠唱する。ただそれだけよ。」
なるほど、確かに拍子抜けするほど簡単だ。僕は彼女の言葉を繰り返し、詠唱を行った。
「スキルリリース!」
僕の詠唱に呼応して、目の前の水晶球がゆっくりと回りはじめる。
その早さをだんだん増してゆく水晶球は、その速さがピークに達すると強い光を放ち、10個の光の玉を生み出して動きを止めた。
「じゃあ、光の玉に触れてみて?」
光の玉に触れるように促すティア。
僕は促されるまま、そのうちの1つにそっと手を触れると、どこからともなく不思議な声が頭の中に響いた。
『ノーマルスキル:スピーディ 対象のスピードを小アップ』
「どう?ちゃんと聞こえた?」
「えっと・・・ノーマルスキル:スピーディ、対象のスピードを小アップだって」
僕は聞こえたままを伝える。
「ふむふむ。」
すると、ティアは本を手に何やらメモをとりはじめる。
「えっと、何を書いてるの?」
「後で説明するから、いまは気にしないでいいわ。それで、触れてみてわかったと思うけど、この球一つひとつにはスキルが宿っているの。さっきみたいに触れると儀式を行っている人物、今回ならフィリスだけがスキルの詳細を知ることができるってわけ。」
「つまり、いまここには全部で10個のスキルがあるってことか。」
「そういうこと。ちなみに、スキルにはレアリティがあることは知ってる?」
「もちろん。」
スキルには、大きくわけて3つのレアリティが存在する。
中でも最も出やすいのはノーマルスキル。ノーマルスキルは、出る確率が高いがその効果のほどは知れている。小型のモンスターとの戦闘や生活に役立つスキルが多くあるといったところだ。
続いてレアスキル。レアスキルは、ノーマルスキルよりも出る確率が低いが、複数を対象にステータスを向上させることができたり、攻撃を行うことができるなどノーマルスキルよりも高い効果を持つ。有名な冒険者ともなれば、レアスキルを複数所持していることが多い。
続いて、ウルトラレアスキル。ウルトラレアは、ほとんど確認されていない。その効果はもはや、気候すら操ると言われている。これまでウルトラレアスキルを引いた人間は数えるほどしかおらず、そのいずれもが歴史に名を残している。
「知ってるなら説明は省くわね。じゃあ他の球にも触れて、結果を教えてくれる?」
言われたとおりに光の玉に次々と触れ、結果を彼女に共有する。
『ノーマルスキル:ファイアブレッド 相手に向かって火球を打ち出す。』
『ノーマルスキル:フィストアップ 腕力を少しの間、向上させる。』
『ノーマルスキル:ウォーターバレット 相手に向かって複数の小さな水球を打ち出す。』
『ノーマルスキル:バーティカル 短剣スキル。短剣スキル。垂直方向に小威力の斬撃を飛ばす。』
『ノーマルスキル:ライトニングボルト 威力は高くないが電撃を放つ』
『ノーマルスキル:ストンプ 自分の足元を中心に小範囲に衝撃を起こす』
『ノーマルスキル:料理上手 料理の出来を少しだけ向上させる』
『ノーマルスキル:メディテーション 使用すると魔力の回復速度が速まる』
『ノーマルスキル:切れ味アップ小 装備している武器の切れ味が少しだけ上がる』
「ぜ、全部ノーマルスキル・・・。」
根拠はないけれど、少なくとも一つはレアスキルを引けるだろうと思っていた僕は落ち込みを隠せなかった。
「そんなの当たり前よ。最初からレアスキルを引ける人なんて稀。で、当然この結果には納得いかないでしょ?」
「当たり前だよ!」
「じゃあ、もう一度水晶に手を触れて『リセット』と詠唱してみて?」
「リセット!」
ティアに言われたとおりにすると、光の玉は消えてなくなった。
「それで、次はもう一度最初の言葉を唱えてみて。」
「えっと、スキルリリース!」
すると、先ほどと同様に光の玉が現れた。そのうちの1つにもう一度触れてみる。
『ノーマルスキル:クリーンアップ 衣服についた汚れを落とす』
そこにあるのは先ほどはなかったスキルだった。
「さっきのスキルと変わってる。これが引き直し?」
「そういうこと。『リセット』することで、スキルを引かなかったことにして、引き直すことができるの。満足するまで何度でも、ね。」
この世界に、スキルを得る方法は2つある。しかし、最初から強力なスキルを手に入れたい新成人たちはみな、好みのスキルが出るまで儀式を繰り返し行う。この行為は、好みのスキルが引けるまで、マラソンのように延々とリセットと儀式を続けることからリセットマラソン、通称”リセマラ”と呼ばれている。
「フィリスも、レアスキルがひけるまでリセットを繰り返すんでしょ?」
「もちろんそのつもり。」
僕には大きな夢がある。夢を叶えるためには絶対に強力なスキルを引きたい。けれど、なんで彼女は僕が儀式を繰り返すことを気にするんだ?
「良かった。そうだとおもってたのよ。実はフィリスに頼み事があるの。」
なんだか嫌な予感がする。けど、聞かない訳にはいかないか。
「た、頼み事って?」
「実はね、教会本部からある調査依頼が来ているの。その内容はね・・・。」
彼女の話を要約するとこうだ。
昔から「スキル」は、神から与えられたものとして神聖視され、その真理を暴くことは禁忌されていたため、謎に満ちた部分が多く残されている。しかし、神官庁のトップが代替わりしてから、神から賜わったスキルについてより理解を深めようという動きが少しずつ広がり、神官庁主導のもと各地でスキルの研究が行われるようになったそうだ。
そして、手始めとして各地にちらばる神官にはスキルブックの作製が命じられたらしい。スキルブックとは、文字通りスキルに関して記すための本のことで儀式の際に、習得者から情報をもらい、スキルの名前と効果を書き留めさせるものだそうだ。
しかし、コヤット村は『ド』がつくほどの田舎であり、過疎が進んでいた。この指令がティアの元に届いた時、既に村人の多くはスキルを所持していたか、まだ儀式を行うには若すぎる幼子しかいなかった。
このままでは、ほとんど白紙の状態でスキルブックを提出するしかないと半ば覚悟していたティアだが、たった一人だけガチャをこれから行う人物に心当たりがあった。それがフィリスだ。
つまり、僕への頼みというのはしばらくリセマラを繰り返して、スキルブック埋めに協力しろということらしい。
元よりリセマラをするつもりだったから引き受けてもいいけど、1つだけ気になることがあった。
「ちなみに、どのくらいリセマラを繰り返せばいいな?」
「私が良いって言うまで?」
「エッ?冗談でしょ?」
彼女は微笑みを浮かべたまま返事がない。あ、これ冗談じゃないな。
「いやー、それはちょっときついんじゃないかなー。もし、ウルトラレアスキルが出たとしてもティアがダメって言えばリセットしなきゃいけないってことじゃん?」
「あら、良いのよ私は別に?フィリスが嫌ならやらなくても。でも私のことをあれだけ待たせておいて、そんなことを言っちゃうのかなーフィリス君は?」
嫌な予感が的中した。遅刻したことについて怒らなかったのは、この頼み事を僕に引き受けさせるためだったのだ。
しかし、ティアが良いって言うまでリセマラをっていうのはあんまりだ。なんとか妥協点を見い出して、ティアを説得しなければ!
「いいのよ別に、このまま儀式の用意を片していますぐやめても?」
「わかった、やる、やるよ!でもリセマラを終わる条件をもう少し緩めてよ!」
「あら、どんな条件ならいいっていうの?聞くだけ聞いてあげる。」
「そ、そうだね・・・例えば、レアスキルを同時に2つまたはウルトラレアスキルを引いたら終わりっていうのでどうかな?」
僕は、もとより『レアスキルの2つ以上同時取得』を目標にしていた。僕が知る偉大な冒険者が、2つのレアスキルと1つのウルトラレアスキルを所持していた。彼という存在に近づきたくて、少なくともレアスキルを2つは持っていたかったのだ。
「いいわよ、それで。」
彼女は少し考え込む様子を見せたが、僕の条件をそのまま受け入れた。
「えっ、いいの!?」
「ええ。じゃあこれからよろしくね?」
「う、うん。よろしく。」
すんなりと彼女が提案を受け入れたことを不審に思いながらも、ティアが良いというまでよりも良いことは間違いないのでとりあえず胸をなでおろす。
「今日は遅くなっちゃったし、とりあえずいま引いたスキルを記録したら終わりにしましょう。まだまだ先は長いわけだし。(ボソッ)」
「そうだね、また明日から頑張るよ!」
僕の耳には最後のティアのつぶやきは聞き取ることができなかった。
かくして、僕のリセマラ生活は始まったのである。
【本日新しく記録したスキル】
全てノーマルスキル
・スピーディ
対象のスピードを小アップ
・フィストアップ
腕力を少しの間、向上させる
・ウォーターバレット
相手に向かって複数の小さな水球を打ち出す
・バーティカル
短剣スキル。垂直方向に小威力の斬撃を飛ばす
・ライトニングボルト
威力は高くないが電撃を放つ
・ストンプ
自分の足元を中心に小範囲に衝撃を起こす
・料理上手
料理の出来を少しだけ向上させる
・メディテーション
使用すると魔力の回復速度が速まる
・切れ味アップ小
装備している武器の切れ味が少しだけ上がる
・クリーンアップ
衣服についた汚れを落とす
・兜割り
ヒットした相手の防御力を下げる
・エンカレッジ
対象の防御力、攻撃力、体力、魔力のいずれかを上げる。上がる項目はランダムで決まる
・タウント
小範囲の敵の注意を引きつける
・運搬上手
荷物を持っているときに体力の消費が軽減される
・熱耐性
暑さへの耐性が増す
・隠密
自身の気配を抑え、周囲に気づかれにくくなる
・パワーブレイク
ヒットした相手の攻撃力を下げる
・ソードマスタリ
刀剣類の扱い方が上手になる
・ウインドカッター
小さな風の刃を生み出して放つ
・ショートスリーパー
少しの睡眠時間で十分な休息を得ることができる