04
初めての美容院では、勝手が分からないので店の人にお任せした。あまり目立ちたくないと告げると、ざっくりと前髪を切った後に整える程度にしてもらえた。短くなった前髪に不安はあるが、自分としては概ね満足できる結果だ。
サービスとして春菜に合うだろう化粧のやり方なんてものも教わったけど、これは自分でできるのか、少し分からない。お化粧難しい。
「切ってきたよ」
母に見せて何故か何枚も写真を撮られた後、自室に戻ってきた春菜はふーちゃんに報告する。ふーちゃんは漫画の続きを読んでいた。しょんぼりしていたのは何だったのか。
ふーちゃんは春菜を見て、とても満足そうに頷いた。
「うん。すごくましになった。やっぱり前髪があるかないかで、印象ががらりと変わるね」
「そう、なのかな……。よく分からないよ」
「んふふー。春菜は美人さんだよ。だからもっとちゃんと、化粧とかもしよう?」
「が、がんばる……」
「うん! がんばれ! さて次は……」
ふーちゃんがちらりと、壁に掛かった時計を見る。いつの間にやら午後九時だ。
「微妙な時間だねえ……」
「うん……」
寝るには早いが、かといって何かをするにしては遅い時間。明日の予習でもしておこうか。
「ちなみに春菜は何時に寝るの?」
「十時ぐらいかな……。起きるのは六時くらいだよ」
「おー。早寝早起き。いいことだね! 早起きは三文の得があるんだよ! でも今だと三文程度だと何の価値もなさそうだけどね!」
「そういう意味じゃないから」
苦笑しつつ、せっかくなので春菜はゲームを引っ張り出した。普段はあまりやらないパーティゲームだ。首を傾げるふーちゃんに、春菜が言う。
「コントローラーのボタンを押すのはできるでしょ? やらない?」
「やる!」
本当に嬉しそうに笑いながら、ふーちゃんは準備を手伝ってくれた。
「今日は様子見。実際のところ、どんないじめをされているのか、私は知らないからね。ちょっと大変だと思うけど、がんばれる?」
「うん……。大丈夫」
学校へと歩きながら、春菜はふーちゃんと小声で会話をする。ふーちゃんは春菜の隣でふわふわ浮いているのだが、周囲からの反応はない。やはり他の人には見えていないらしい。
「春菜」
「うん……」
「あまりにひどいようなら、助けてあげるからね」
「……っ! ありがとう、ふーちゃん」
「いえいえ」
その言葉だけで、安心できる。本当に、自分にはもったいないほどに良い幽霊だ。悪霊だと言ってしまった昨日の自分が情けない。
春菜の通う高校は、お金持ちが通う名門の私立高校だ。小中高一貫の学校で、春菜は高校からの編入組になっている。本来なら学費も相応なのだが、この学校は成績優秀者へは返還不要の奨学金を出してくれる。春菜もそれに申請して、今のところは問題なくもらえている。
けれど。いやだからこそ。お金とは別の問題が起きているとも言えるのだが。
高等部の校舎に入り、綺麗な廊下を歩いて行く。教室に入ってすらいないのに、自分の場違い感はなかなかのものだ。
耳に入ってくる雑談も一般の高校生とはまた違うものが多い。どこぞの株価がどうとか、国がどうとか、話題が専門的だ。
こんな話題ばかりだからこそ、二年生になる春菜は未だになじめずにいる。気楽にゲームの話とかしてみたいものだ。
春菜が教室に入ると、視線が一斉にこちらへと向いた。そして誰もが関わるまいと目を逸らす。いつものことだ。
だが今回は、何故かほぼ全員からもう一度見られた。いわゆる二度見というやつだ。目を丸くする春菜を見る彼らもまた、同じように目を丸くしている。
一体どうしたのだろう。春菜はクラスメイトの様子に戸惑いながら、一番後ろの自分の席に向かう。そこに鞄を置くと、クラスメイトたちが息を呑むのが分かった。
本当に何があったのか。困惑する春菜の隣に浮かぶふーちゃんが、楽しそうに笑いながら教えてくれた。
「みんなびっくりしてるんだよ。春菜の髪が短くなってるから」
「え? でも、それだけなのに……」
小さな声でふーちゃんへと言えば、にこにこしつつ頷いて、
「それだけひどかったってことだね」
「…………」
何かが心に突き刺さったような気がした。ぐさっと。
そうか。そんなにだったのか。そうなのか。どうしてかな、少し泣きたい。
「まあ、反応していない子もいるみたいだけど」
ふーちゃんがそう言うので、椅子に座りながらクラスメイトたちを視線だけで確認してみる。
こちらをちらちらと見ながらひそひそと話している生徒がとても多いが、確かに我関せずとばかりに見向きもしていない人もいた。そして二人とも、ある意味ではとても有名人だ。
「あの二人、知ってる?」
ふーちゃんの問いかけに、小さく頷く。むしろこの学校に通う生徒で、あの二人を知らない人はいないのではないだろうか。
「そっか。それじゃあ、あとで教えてね」
何故。そう思うが、必要なことなのかなと頷いておいた。
春菜が自分の席に座って、しばらくして。春菜の右隣の席に、誰かが座った。
「……っ」
びくり、と春菜の体が震える。誰が座ったかなんて、見るまでもない。だから、存在を消そうとするかのように、春菜は息を潜める。何も言ってくれるなとばかりに。
けれど、当然ながらそれは無駄なことだ。姿を消せるわけではないのだから。
「おはよう、漆原さん」
その声に、春菜は息を呑む。返事をしないという選択肢はない。それをしてしまえば、後がとても怖いことになる。
恐る恐る顔を上げ、隣に座る女生徒へと引きつった笑顔で挨拶をした。
「お、おはよう。椎橋さん……」
春菜が椎橋と読んだ女生徒は、鋭い目でこちらを睨んでいた。威圧感すら覚えるその目は、春菜の顔を見た瞬間にんまりと歪む。まるで獲物を見つけたかのように。
「へえ……。漆原さん、髪型変えたんだ?」
「えと……。うん……」
「ふうん……。かわいいじゃん」
「あ、ありがとう……?」
驚いた。褒められるとは思わなかった。こんなにあっさりと態度を変えるなんて。
そう思った瞬間、
「はっ。それで男に媚び売ろうってか?」
「え、いや、そんなこと……」
「むかつくなあ。すっごくむかつく」
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ではでは。




