02
「急にどうしたの?」
「気になっただけ。楽しい? 友達はできた?」
「うん。もちろん。楽しいよ。友達も、ちゃんといる」
嘘だ。ああ、嘘だとも。
楽しいわけがない。行っても、嫌がらせをされるだけなのだから。
友達もいるはずがない。入学当初は話し相手もそれなりにいたが、今では皆が春菜から距離を取っている。
理由は単純だ。嫌がらせをされている人と仲良くしようとは思えないのだろう。春菜もそれを責めるつもりはない。春菜が同じ立場なら、見て見ぬ振りをしていたと思うから。
だから、責めない。けれど、少し、寂しい。
「春菜?」
母の声に、春菜ははっと我に返った。
「何でも無いよ。ちょっと考え事をしてただけ。明日、小テストがあるから、ちょっとね」
「そう。それならいいのだけど……。それじゃあ、あまり邪魔しちゃ悪いわね」
母はそう言うと、食器を片付け始めた。春菜も手伝おうとしたが、笑顔の母に止められてしまった。
「いいのよ。勉強をしてきなさい。片付けはやっておくからね」
「うん……。分かった」
小テストがあるというのも、嘘だ。けれど、今更嘘だったなどと言えるわけもなく。春菜は頷くと、逃げるようにその場を後にする。
二階に上がり、自室へ。入ると、ふーちゃんがベッドに寝転がって漫画を読んでいた。この幽霊、人の家で寛ぎすぎではなかろうか。
「何やってるの……?」
「あ、おかえりー。漫画借りてるよ」
そう言いながら、ふーちゃんが指を軽く振る。すると漫画のページが捲られた。目を瞠る春菜に、ふーちゃんが自慢気に教えてくれる。
「サイコキネシスってやつだよ。幽霊なら誰でも仕える基本能力なのだ!」
「へえ……。ポルターガイストじゃなくて?」
「そうともいう。むしろそれが正しい」
「だよね……」
何とも可愛らしいポルターガイストだ。春菜は漫画を読むふーちゃんに頬を緩めながら、その隣に腰掛ける。するとふーちゃんが、こちらを見ずに口を開いた。
「ねえ、春菜」
「なあに?」
「どうして嘘をついたの?」
問われて、言葉に詰まる。何のことか、なんて聞くまでもない。どうやらふーちゃんは、夕食の会話を聞いていたらしい。
今更誤魔化しても意味はないだろう。そう考えて、春菜は嘆息しつつ答えた。
「心配させたくなかったから……」
「ふむふむ。それはとてもいい心がけだと思います。でもだったらどうして、自殺なんてしようとしたのかな? 心配させるどころじゃないよ」
「それは……」
何も言えなくて、春菜は俯いてしまった。
自分でも分かっている。やっていることがめちゃくちゃだ。けれども、心配させたくなかったというのは嘘偽りない本心だ。ただ、そう言ったところで、この幽霊は信じてはくれないだろう。
そう考えて黙り込んでいると、ふーちゃんが大きなため息をついた。呆れられてしまっただろうか。
「まあ、いいや。多分、衝動的なものだったんだろうし」
「え……?」
「わたしも詳しくはないけどね。昔、そんな話を聞いたことがあるよ。本当に追い詰められてたってことなんだろうね」
そう言ったふーちゃんは、とても優しげな笑顔だった。
「なあに、安心しなさい! これから先は、このふーちゃんがついてるからね! 何があっても、わたしは春菜の味方だよ!」
「ふーちゃん……」
「だからはーちゃんって呼ぶね?」
「あ、それは却下で」
「何故」
ぷくう、と可愛らしく頬を膨らませるふーちゃんを見て、春菜は思わず笑ってしまった。
さて、とふーちゃんが手を叩く。音は鳴らなかったが。
「まず春菜がやることはね!」
「うん」
「とりあえず髪を切れ!」
「え?」
首を傾げる春菜に、ふーちゃんは窓を指差す。外はすでに暗くなっているので、鏡の代わりになるだろう。春菜は困惑しつつも、窓の前に立った。
「私が思うに、いじめは何かしらきっかけがあるものじゃないかな。もちろん、それはいじめを正当化する理由にはならないよ。どんな理由があっても、いじめをする側が絶対に悪い。それでもやっぱり、何かはあったんだと思う」
「そう……かな……?」
「で、春菜はとりあえず暗い。陰気。言い方悪いけど、見た目根暗すぎる」
「ひどくない!?」
「事実だし。ほら、窓を見て。映ってる自分を見て。どう思う?」
ふーちゃんの言葉に憤慨しつつも、春菜は窓を見る。そこに映る自分の姿を見る。
春菜は日本人らしい黒い髪だ。後ろ側は肩口で切り揃えられている。前も長くて、目を隠してしまうほど。人の目をあまり見なくていいので楽なのだ。
けれど。ふーちゃんの言いたいことは理解した。確かに第一印象は悪いと思う。
「幽霊ライフで図書館によく本を読みに行ったんだけどね」
「いや何やってるの……」
「気にしちゃだめ。面接とか、そういった本も読んだの。そこに書いてあったよ。第一印象が大事だって。第一印象が悪くなると、人の評価って零の下から始まるんだよ」
「マイナス?」
「それそれ。評価は下げるのは簡単だけど、上げるのはとても難しいの。マイナス評価はそう簡単には覆らないよ。いじめの標的になった理由の一つだと思う」
なるほど、と春菜は頷く。ある程度は理解できた。もちろん、納得はできないが。そう言うと、ふーちゃんもそれには同意してくれた。
「納得なんてしなくていい。原因をちょっと考えてみようってだけの話。最初に言ったけど、いじめをする奴が全面的に悪い。死ね。納豆まみれになって死んじゃえ」
「突然の暴言にびっくりだし意味が分からないよ」
「うん。わたしも分からない。まあとりあえず、今後のためにもイメチェンしようぜ!」
「それは……」
必要なことだろう。それは分かる。分かるが、まるで自分が負けたかのようで……。
「うん。あのね、春菜。いじめの対策とかうんぬん以前に、必要だと思う」
「どうして?」
「どんな仕事をするにしても、人と関わることになるんだよ? 今から人の視線に慣れる努力をしよう。人からの評価を気にしよう。なんか、人の視線なんて気にしない自分はかっこいい、とか馬鹿なことを言うやつもいるけど、それ協調性がない子供なだけだから。山にこもって自分一人で生活できるようになってから言えってやつだよ」
「どう見ても年下の幽霊からそんなこと聞くとは思わなかったよ」
「本で読んだ」
「台無し!」
どうやらふーちゃんの知識は基本的には本のものらしい。本の知識を鵜呑みにするのもよくはないと思うが、けれど今のところ間違っているとも思わない。
壁|w・)誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。