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「いい子ですわね」
手を振る春菜に夏樹と二人で振り返しながら、秋世が言う。夏樹はああ、と頷いて、
「あいつはいいやつだよ。金持ちとか元首相の孫とか、そんなこと何も気にせずに付き合ってくれるさ」
「そうみたいですわね」
それは今日だけでも十分に分かった。最初はどこか遠慮のある態度だったが、いつの間にか、本当に自然体で会話をしていたものだ。秋世の方が驚いてしまったほどである。
「春菜ならあんたとも良い友達になってくれるはずだ」
「…………」
秋世の頬が引きつった。まさか、と思いながら口を開く。
「気付いて、いたのですか?」
「気の置けない友達でも欲しかったんだろ? あんたの周りはあんたを持ち上げる人ばかりだからな。面倒そうだったから、無視してた」
「…………。ひどい人」
「悪かったよ」
くつくつと、夏樹が笑う。呆れつつも、秋世も自然と笑っていた。
「夏樹さんは、あの子への嫌がらせについてはどこまで知っているのですか?」
「あー……。椎橋ってやつが中心ってことぐらいしか知らないかな。あんな陰湿なことまでしてるとは思わなかった」
あの汚れた教科書のことだろう。あれには秋世も驚き、そして呆れたものだ。随分とくだらないことをしているな、と。
「念のために、色々と調べたいと思います。協力してくれませんか?」
あの子は友達になってくれただけでなく、夏樹との接点も作ってくれた。恩返し、というわけでもないが、もしもの時に備える程度はしてもいいだろう。
夏樹は何度か目を瞬かせ、そして獰猛な笑顔を浮かべた。
「おう。いいぜ。何でも協力してやるよ」
ありがたいが、その笑顔はとても怖い。
・・・・・
テスト前日。春菜は思う。これ、もしも悪い点を取ってしまったら、ものすごく怒られるのではないかと。
夏樹が作った小テストを秋世が採点して、その二人で何かを相談している。現在春菜は、二人から勉強を教えてもらっている状態だ。学年成績ツートップの二人から、だ。これで結果が悪ければ、二人から絶対に呆れられる。何も言われなくても、春菜自身が落ち込む。
二人の反応を待っていると、やがて夏樹と秋世が頷いて、春菜へと言った。
「まあ、これで大丈夫だろ。あとは当たって砕けるだけだな」
「砕けてどうするのですが」
秋世が呆れたように言って、夏樹は知ってて言っているのだろう、けらけらと楽しそうに笑う。最近は秋世の前でもよく笑うようになったと思う。
「もし悪い点だったらごめんね……」
「いやいや、心配しすぎだから。例えそうだったとしても、気にしないから」
「ええ、そうですわ。その時は先生と相談して、次の試験まで待ってもらいましょう。二度目の失敗がないように、徹底的に教えてあげますから」
「それはそれで気が滅入りそう。申し訳なさ過ぎて」
そんなことがないようにしたいところだ。
「それじゃ、とりあえず解散とするか。前日はちゃんと寝ておいた方がいいからな」
「いいですか、春菜さん。夜更かしなんてしてはいけませんわよ? 絶対の絶対、約束ですわよ?」
「う、うん。了解です」
見抜かれていたのだろうか。今日はこの後、徹夜で勉強するつもりだった。ふーちゃんにも止められていたが、この二人からも止められてしまったのでやはりやめておこうと思う。
いや、でも、徹夜じゃなくて夜更かし程度なら……。
「おい春菜。妙なこと考えてないだろうな?」
「明日寝不足の顔で来たら、本気で怒りますからね」
「あ、はい……」
こわい。
三人で水やりをして、夏樹の車で家まで送ってもらう。もうこれが恒例になっていて、母も何も驚かなくなってしまっていた。
「いつもすみません」
「いえいえ、お気になさらず」
母と山口さんの会話もいつも通りだ。
「じゃあ、春菜。また明日、学校でな。ちゃんと寝ろよ?」
「うん。ありがとう、夏樹。分かってるから」
ひらひら手を振って離れていく夏樹を見送ってから、部屋に入る。
さて、まだ時間はあるし、もう少し勉強を……。
「いや、だめだから」
勉強道具を取り出そうとしたところで、ふーちゃんから待ったがかかった。少しぐらいいいじゃないか。そう思ってふーちゃんに文句を言おうとして、明確に怒気を見せるふーちゃんからすぐに目を逸らした。
「夏樹たちと約束したでしょ。見てないからって破るのはどうかと思う」
「い、いや、でも……」
「春菜?」
「う……」
ふーちゃんに睨まれて、春菜は仕方なく勉強道具を鞄にしまった。不安は残るが、ふーちゃんの不興を買ってまでやることでもない、はずだ。不安だけど。
「そんなに不安なら、カンニングする?」
「え?」
「わたしがこっそり他の人の答えを見に行って、教えてあげるよ。わたしを見聞きできるのは春菜だけだからね」
いや、それは。とても、心が揺らぐ提案だけど。それは、ちょっと、とても……。
「だ、だめ! いらない! それはだめ!」
それは間違い無く、夏樹たちへの裏切りだ。それだけは、してはいけないことだ。
春菜の叫びに、ふーちゃんは満足そうに頷いていた。
「うんうん。そうだね。分かってる大丈夫! じゃあ、ゆっくり休もうね」
なんだろう。言質を取られてしまったような気がする。けれど、なんだか勉強をする気も失せてしまった。
今まで根を詰めていたのもまた事実。だから、未だに自信は持てていないが、夏樹たちの言葉を信じて素直に休むことにした。
壁|w・)誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。




