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さすがにふーちゃんの、自分に取り憑いた幽霊のことは話せないが、それ以外のことは全て話した。話して、しまった。
自身がいじめ、嫌がらせを受けていること。そのいじめについて、友達に相談したこと。その友達から友達を作るように言われて、藤堂夏樹を勧められたこと。つまりは、いじめから逃げるために夏樹を利用しようとしたということ。
それら全て説明して、そして夏樹へと深く頭を下げた。
「騙して、ごめんなさい」
「…………」
沈黙。夏樹は何も言ってくれない。ただ、じっと、花壇を見つめているだけだ。
どれほどそうして、頭を下げ続けていただろうか。やがて、夏樹が小さく笑ったのが分かった。
「夏樹……?」
「あー……。うん。春菜、顔上げろ」
逡巡しつつも、顔を上げる。そしてすぐに、額が何かに打たれた。
「いたっ……」
なんだろう。額を押さえながら、夏樹を見る。夏樹はいたずらっぽく笑いながら、右手を振っていた。どうやらいわゆるデコピンをされたらしい。
「これでチャラにしてやるよ」
そう言って、夏樹は屈託なく笑った。
「てかさ。ぶっちゃけ、知ってた」
「え?」
「昨日、春菜については調べたからな」
いつの間に、と思ったが、すぐに心当たりを思い出した。
春菜の住所を調べた時があった。どういった方法を使ったかは分からないが、あの時に一緒に調べられていたとしてもおかしくはない。
「春菜を送ってから、春菜の状況について説明されたよ。多分、あたしを利用しようとしてるってこともな」
「あ……」
「その上でどうするかは、あたしに一任してもらえたけどな」
それはつまり、今日の朝にはもうすでに知っていたということだ。
「知ってたのに……、話しかけてくれたの?」
「おう。それとこれとは話は別だ」
にやり、と頬を緩める。その表情の変化一つだけでも様になっている。なんだか、格好いいと思ってしまった。
「春菜は、あたしと友達になるのは嫌か?」
「い、嫌じゃないよ!」
「うん。まあ、トイレでも言ってたしな」
「そう! だから……だか、ら……?」
いや、待て。この子はいま、なんと言った?
トイレ? トイレでの話? それは、つまり、椎橋との話を聞かれていたといことで……。
かっと、顔が熱くなるのが自分でも分かった。
「ど、どこにいたの!?」
「ふっつーに、個室に」
「う、あ……! ……っ!」
何とも言えない恥ずかしさ。その場でうずくまって頭を抱えてしまう。まさか、いたとは思わなかった。聞かれていたとは思わなかった。なんだよもう。
そんな春菜の様子に、夏樹はくつくつと愉快そうに笑う。
「あたしもさ。春菜と友達になりたいからさ」
顔を上げる。夏樹を見る。少しだけ顔を赤くして、照れているらしい夏樹がこちらを見ていた。
「利用しようとした、なんて、あたしにはどうでもいいよ。そうだとしても、春菜はあたしに近づいてくれたからな。逃げることもしなかった。あたしは、周囲からどう思われているか、これでも自覚してるんだ。怖かっただろ? その勇気だけで、十分さ」
それに、と夏樹が続ける。
「こうして、正直に話してくれたしな」
満面の笑顔。何だろうこの子。男前すぎる。すごく格好いい。女の子に対して言うと失礼すぎるから言わないけれど。
「改めて。あたしと、友達になってくれよ」
そうして差し出された夏樹の右手を、春菜は迷うことなく握り返した。
「うん……! よろしくね!」
・・・・・
なんだか妙な子と友達になったな、と夏樹はちらりと振り返り、手を引く相手を見る。春菜は夏樹に手を引かれるまま、少し恥ずかしそうな様子だった。
夏樹が春菜と出会ったのは、ゲームセンターが最初だ。クラスメイトなのでもしかするともっと前にも会ったことがあるかもしれないが、少なくとも夏樹が春菜を認識したのはそれが最初だった。
最近よくやる格闘ゲームを今日も遊んでいたら、不意に声が届いた。ふうん、という小さな声。周りの音がうるさいゲームセンターなので聞き逃しそうになったが、夏樹の耳は間違い無くそれを聞いた。
まるで失望したかのような声。短気な夏樹はすぐに頭に血が上った。そうして振り返り、夏樹のゲームを見ていたのが春菜だった。
夏樹はゲームが好きだ。そして、それなりの腕だと自負している。故にプライドがあった。
どれだけの腕が見てやろうじゃねえか。そう考えて、向かい側の席に座らせて、乱入させた。
そして、負けた。ストレートで負けた。
意味が分からなかった。最初は確かにいい勝負をしていたはずだ。にも関わらず、気付けば夏樹の動きに全て対応されるようになって、途中からは手も足も出なくなった。
まさか自分よりも上手い奴がこの地区にいるとは思わなかった。それも、自分と同じ学校で。
そこから春菜に興味を持ち、連れ歩いて一緒に遊ぶことにした。
一緒にゲームをして、話をして、買い食いをして。彼女と過ごす時間はとても楽しく、有意義なものだった。こんなに楽しく過ごせたのはいつぶりだっただろうか。
春菜と別れ、帰りの車内。春菜が自分を利用しようとしているかもしれないと聞いて、幻滅しなかったと言えば嘘になる。けれど、それは大して気にならなかった。
利用しようとしていたとしても、実際に声をかけてきたのは、春菜本人で、一緒に過ごしたのもやはり春菜本人だ。気が合った、というのは間違い無い事実だ。
それに、よくよく考えればとても勇気がある行いだ。夏樹は自分が周囲からどう見られているかをよく理解している。理解した上で、人よけに丁度良いからと訂正していない。
そんな夏樹に、春菜は近づいてきた。それだけで、夏樹からすれば称賛に値する行いだ。
だから気にしない。利用したいならすればいい。それだけで得がたい友人を得られるのなら安いものだ。
そう思っていたにもかかわらず、春菜はあっさりと正直に話してきて、こちらの方が拍子抜けしたものだ。
春菜は怒られるか、もしくは嫌われるだろうと思っていたようだが、そんなことはあり得ない。むしろ、こうして正直に話してくれたことで、もっと気に入ったぐらいだ。
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ではでは。




